悲報その1:北条時政さん、ガチでクズだった
「ここは……? めっちゃ書物だか巻物だかが集められてるが……」
「恐らくですが、相模国(註:現在の神奈川県)にあった金沢文庫でしょう。
鎌倉時代の歴史書、『吾妻鏡』編纂に使われた場所ですね。
集まっている方々も、執権である北条氏に連なる文官たちではないかと」
「へー……じゃあコイツらが、これから大河ドラマの元ネタになった史書を書き始めるのか! どんな具合なんだろ」
吾妻鏡。莉央ちゃんいわく、鎌倉時代末期に書かれた、執権北条氏にまつわる歴史書だそうだ。
俺と莉央ちゃんは、物陰からこっそり書記官たちの様子を観察する事にした。
「やるぞ! 俺たちの力で、北条家栄光の歴史を書き綴るんだッ!」
『おおーッ!!』
当初、書記官たちは一心不乱になって、各地の寺社に赴いたり、京都の公家の書いた日記などの史料集めに奔走した。なかなか気合が入っている。ところが……
「……これが、執権北条氏の初代、時政殿に関する資料、全部か……?」
「おいおいおいおい……これ、どう思うよ……?」
「どう考えてもクズ野郎です、ありがとうございました」
待っていたのは、満場一致のクズ認定。時政は一族の暗部で恥部だそうだ。
ってちょっと待て! 大河じゃちょっとお茶目なお父さんキャラやってたじゃん!?
「のっけからエライ評価下してない?」
「無理もありません。北条時政――彼がいたころの北条氏はあまりにも身分が低く、出自さえ定かではありませんでした。
それがのちに執権として幕府の実権を握るようになったのは、娘の政子が源氏の嫡流、源頼朝と婚姻を結べたからに他なりません」
「えぇえ……大河ドラマじゃ時政さん、後白河法皇と双六して気に入られてたじゃん……」
「あれはフィクションです。リアリティを考えるとぶっちゃけありえません。
そもそも京に上った時、時政さんは京の貴族たちから『北条丸』などと呼ばれて蔑まれていましたし」
「ほ、ほうじょうまるって……?」
「犬畜生に呼びかけるような言い方です。要するに、まともに人間とすら見てもらえていなかったんですね」
「……いくら身分が低いったって、あんまりな仕打ちじゃねえか? それ……時政さん一応、頼朝の使者だったんだろ?」
北条時政、初代なのにやっている事がえげつなさすぎて、早くも黒歴史扱いになっていた。
二代目将軍の頼家の後ろ盾であった比企一族を族滅させるやり口も、当主の能員をニセの命令で自宅に招いたところを騙し討ちする所から始まり、その後は比企の屋敷を兵で取り囲んで、頼家の息子ごと焼き殺すという容赦のなさ。汚いなさすが北条時政きたない。
「アカン、開祖なのにロクなエピソードがない……こんなのどうやって良く書けばええんや……?」
「せや! 頼家が病気で倒れた後、弟の実朝が将軍になるって話にしたらええ!
そしたらその決定に不満を抱いた比企氏が、時政をハメようと動いたのを阻止した、ってカンジで言い訳できるやろ!」
実際「吾妻鏡」には、比企能員が頼家と組んで時政を討とうと謀ったのを、時政が先手を打って逆に反撃した……といった体で書かれている。
しかし当時の京都で書かれた「愚管抄」によれば、将軍は頼家の子が継ぐ事になっていたらしい。それを不満に思った時政が謀略を用いて、比企一族ごと頼家の血筋を根絶やしにしたというのだ。
「……書いてあること全然違うくない? どっちが正しいんだよ?」
「ひとつ言えるのは『吾妻鏡』は、北条氏の正当性を主張するために書かれた歴史書です。
歴史書は基本的に『ウチの王家サイコー!』と内外にアピールするために書かれたものだという事を、まず念頭に置く必要があります」
「言われてみれば大河ドラマだと、比企能員ってメチャクチャ悪そうに描かれてたなぁ。
あれぐらい悪人アピールしとかないと、騙し討ちした時政の正当性を主張できないっつー話なんか……」
さらに北条時政は、自身の娘婿であった畠山重忠も、謀略を用いて誅殺している。
しかし坂東武者の人気者だった畠山氏を滅ぼした悪名は、流石に拭いきれなかったらしい。時政は晩年、娘の政子に追い詰められて無理矢理隠居させられてその生涯を閉じた。
「もともと時政は、三代目将軍の実朝をプッシュしてたんだよな。だから比企が邪魔になったってのはまだ分かるけど……
なんでわざわざ、畠山重忠まで滅ぼしちまったんだ? 大河ドラマで見たけど、確か重忠さんって時政の娘を嫁に貰ってたじゃん」
「その謎を解くカギは、時政が行った領国経営の行き詰まりにあります。
彼に滅ぼされた比企氏と畠山氏は、もともとは武蔵国(註:現在の東京都および埼玉県)を治める豪族とその配下だったのです」