狐に恋した男の子
あれは雨が降っていて·····ジメジメしている日のことだった。
今でも鮮明に憶えている。
はじめて「彼女」を目にした時··········純粋に······とても美しいと思ったのだ。
妖狐がでる。
家のすぐ近くにあるその神社には······昔から、そんな噂があった。
僕はよく·····そこの神社に足を運んでいた。
学校の放課後。帰り道。
誰にも邪魔されず、静かに小説を読むことができるその場所が·········僕は好きだった。
「今日もここにいるんだね」
ある雨の降る日。
いつものように神社に来て·······いつものように小説を読んでいると·········どこからともなく「彼女」が現れた。
まるで··········最初からその場にいたみたいに。
「················」
その瞬間·······僕は声を失った。
読んでいた本の内容すらも········忘れてしまう。
それほどまでに·········自分の目の前に現れた「彼女」は·········美しかった。
狐のような耳と尻尾が生えていたが········不思議と気にはならなかった。
「それ··········面白いの?」
「えっ·····あぁ·····うん······その·······」
緊張して上手く話す事ができない。
「もっとよくみせてよ」
しかし「彼女」は········こちらの緊張などお構いなしに·········本を覗き込もうと身を寄せてくる。
「·········っ」
鼓動が高鳴る。
心をかき乱される。
「ちょっとお話しない?
私·········君のことをもっと知りたいな」
琥珀色の綺麗な瞳にみつめられ·····僕は·····「うん」········と、首を縦に振るしかなかった。
これが·········僕と「彼女」の奇妙な出会いだった。
あれから毎日神社へと通った。
来る日も来る日も············飽きもせずにずっと。
「彼女」と「お話」をするために。
····························楽しかった。
言葉を交わすたびに··········自分の心が跳ね上がるのを感じた。
「私はね。
ここの場所から動くことができないんだ」
「彼女」は、神社から外に出ることはできない。
気が遠くなるほどの昔から··········この神社に縛り続けられており·········とても長い時間·······「彼女」は一人で居たらしい。
「人が来るなんて珍しいからさ···········それも毎日·········だから········君に興味を持っちゃって」
頬を赤く染め、瞳を潤ませながら·····そんなことを言われる。
「················」
「彼女」から向けられるわかりやすい「好意」に·············当然、僕の顔は熱くなった。
女の人と話したりするのが苦手だったため·········こんな経験をするのは初めてだったのだ。
「ふふっ」
学校が終わり····神社に来て····「彼女」と話す。
それが半年間も続き·······ようやく·······僕は·······自分の中にある「恋心」を自覚した。
いつか·······いや·······明日にでも·······この思いは伝えたい。
当たって砕けろ。
やれるだけやってみようと··········僕は、そう決心するのだった。
「もう来ないで」
開口一番。
彼女の口から出されたその言葉に··········頭の理解が追いつかなかった。
「なんで?」·····と、僕が言おうとすると····「彼女」はさらに·····言葉を畳み掛けてくる。
「君のことが嫌いになった」
「君とはもう話したくない」
「君のことを考えるだけでイライラしてくる」
「大嫌い!君はもうここに来ないでっ!」
·············等々。
僕に対する悪口を一通り言った後········「彼女」は消えた。
最初からその場にはいなかったみたいに。
気配もなにも········跡形もなく。
「················」
僕の心は·········ひどく冷静だった。
普通······好きな女の子にあれほど「拒絶」されれば······絶対に傷つくだろう。
だけど········そんなことよりも·········僕には、気になっていることがあった·······。
(なんで·······なんで彼女は·········)
あんなにも哀しそうで·········泣いてしまいそうな表情をしていたんだろう?
翌日。
神社に行っても········「彼女」の姿はなかった。
それに加えて······なにか得体の知れない威圧感のようなものを感じた。
はやく出ていけと········そう言われているかのように。
来ないほうがいいのかもしれない。
やめたほうがいいのかもしれない。
神社に······この場所に·······僕はもう·······足を運んじゃいけないのかもしれない。
でも。
どうしても。
頭の中にこびりついている「あの表情」を·········忘れることができなかった。
「この小説は·······人物の想いの表現が細かくて·····まるで自分のことのように感じられるから·······とてもおすすめだよ」
どこかでこちらをみているであろう「彼女」に向かって···········僕は一人、小説の話をしていた。
周りからみれば·····誰もいないのに一人で喋り続けてる変な人だと·····思われてしまうだろう。
どうでもいい。
もういちど·········「彼女」の声を聞きたいんだ。
もういちど·········「彼女」の笑顔をみたいんだ。
「好き」だと·········伝えたいんだ。
諦めたくない。
気持ち悪いのはわかってる。
自分自身が·············どうしようもないほど···········馬鹿な男だってことは··········。
「彼女」のいない神社に·········何度も·······何度も···········僕は懲りずに行き続けた。
長い月日が経った。
いったいどれだけの時間が過ぎ去ったのか·········僕にはわからない。
多分······いや·······きっと········絶対に··········無駄な時間を過ごしてしまっている。
だけどやることは変わらない。
今日も変わらず······「彼女」に向かって······一人で話をする。
「··········?」
その時だった。
誰かの·········女の人の········すすり泣く声が聞こえた。
遠くじゃない。すぐ近く。自分の。ほんのすぐ傍から。
「················」
·······················「彼女」がいた。
出会った時と同じように。
最初からその場にいたみたいに。
僕の隣で···········涙を流しながら··········表情をぐちゃぐちゃにして···········泣いていた。
「·············か」
「え·······」
「馬鹿っ!!」
怒鳴られる。
「なんで?·········なんで私なんかのところに来ちゃうのよっ!!」
「················」
意味がわからなかった。
どうして「彼女」は怒っているのだろう?
どうして············どうして「彼女」は···········。
そんなことを考えていると·········。
「君は、私に触れることもできないんだよ?
抱きしめることもできないし、手を繋ぐことだってできない!」
「···············」
「人間の女の子と結ばれた方が·········幸せになれるから··········私は今まで·······出てこなかったのに··········」
「···············」
「それなのに君は········何年も何年も·······こんなところに来て·········馬鹿だよっ!!」
「···············」
「そんなことされたら··········出てくるしかないじゃんか··········」
「···············」
あぁ。なるほど。
この瞬間·········僕はすべてを理解した。
おそらく「彼女」は···········気づいていたんだ。
僕が抱いている「気持ち」のことに········。
ずっと·······ずっと·········はじめから··········。
「本当に私でいいの?」
不安そうに「彼女」が聞いてくる。
「いいに決まってる」
「············っ!」
「好きだから·········また話したかったから·········毎日ここに来れたんだ············嫌なら来たりしないよ」
「で·········でも······」
「彼女」は自身を侮辱するように··········言葉を紡いでゆく。
「人間じゃないんだよ?
肉体がないから話すことしかできなくて········見た目は女の人だけど·········性別なんてないから···········女かどうかもわかんないんだよ?」
「···············」
「だから·······やっぱり········私のことは諦めて·······」
「どこが人間じゃないの?」
「!」
「同じように喋って········笑えて········「気持ち」を伝え合うことができて···········それでどこが人と違うのさ?」
「···············」
「僕はあなたを嫌いにならない」
「··········!」
「あなたがどれだけ自分を否定しても·········僕の目の前にいるのは女の子だ············笑顔が可愛くて········話していると時間を忘れるくらい楽しくて··········長い間ずっと会いたかった女の子だ」
「···········!········っ!!」
僕は「彼女」に近づき··········手を差し出す。
「返事が欲しい」
「ふぇっ!?」
少なからず·········「彼女」は僕に「好意」を持ってくれている。
だけどそれは「昔」の話。
「今」はどうなのかわからない。
彼女は顔が真っ赤になり··········どうしたらいいのかわからずあたふたしている。
「う··········うぅ·······」
琥珀色の瞳でこちらを見据える「彼女」。
上目遣いをしながら僕の方に寄ってくると·········差し出している手を·········そっと両手で包み込むようにして···········。
「わ、私も·········君のことが·········」
感じるはずのない「彼女」の手の感覚を感じながら··········僕は、続く「言葉」を待つのだった。




