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オイドは決着を着ける

「見えたぞ」


 隣で眠るローレンとディジーを起こす。

 この2人には緊張感が無いのか?


「あらもう着いたの?」


「余り手強いのは居ないみたいね」


 ローレンは愛剣を手繰り寄せ、ディジーは外に向け意識を集中させていた。


「100人ってところかしら?」


「その中で手練れは?」


「半数くらいね、後は雑兵よ」


 2人はまるで散歩に出かけるみたいに暢気な態度を崩さない。

 しかし、ヒュフテの連中は何を考えているんだ?

 町にこんな奴等を潜ませるとは。


「分かってると思うが」


「大丈夫よ」


「先ずは話を聞いてから、でしょ?」


 ローレン達はゆっくり頷く。

 いきなりの乱闘で奴等を斬ったんじゃ話にならない。

 ここは堪えて馬鹿共の話を聞こう。


「着きました」


「ありがとう」


 馭者は俺の顔を見て小さく頷く。

 彼等も熟練の戦士、町の異様な空気に気づいている。


「始まったら如何しましょう?」


「襲い来る者は斬れ、魔法も構わん」


「畏まりました」


 馬車を降りながら馭者と交わす会話。

 口を使わない、囁く声は周りに聞かれる心配が無い。


「さてと」


 大きく背伸びをする。

 身体を(ほぐ)しながら視線を前に移した。


 一軒の建物に懐かしさと忌まわしさ、二つの気持ちが去来する。

 俺が生まれ育った家、奪われた我が家。


「おお参ったか!」


 門の前に立つと一人の男がやってきた。

 玄関前で待ち構えていたな?


「久しぶりです、アント・ヒュフテ男爵」


 慇懃に頭を下げた。

 男の顔に虫酸が走る。

 ローレン達は視線を合わさず無言で頭を下げた。


「そんな他人行儀は止めよ、儂等は親子でほ無いか。

 見よ奥方達も困っておるではないか」


「...はあ」


 全く、こいつも『他人では無い』か。


 確かに他人では無い。

 我が領を奪い、伝来の土地、そして誇りを地に落としたこいつらは仇以外の何者でも無い。


「そうよオイド、貴方は私達の息子よ!」


 男に続いてケバケバしい衣服に身を包んだ女が現れた。

 ヒュフテの妻、名前はなんだったかな?思い出せない。


「さあ入られよ、ご婦人達もどうぞ」


 上機嫌だ、立場を分かってるのか?

 王家からの視察も兼ねているのだ、ここまで来る間で手にした情報だけで充分奴等を裁けるのに。


「さあさあ」


 門が開き、ヒュフテは俺の袖を掴む。

 媚びた笑み、だが目は笑って無い。

 所詮は謀略好きの末端貴族。

 しかも利用されてばかり。


(....無能のこいつは後ろ楯に踊らされ、俺の家は...)


 怒りがこみ上げる。

 殺気が出ては行けない。

 ローレン達も耐えてくれてるんだ。

 王家の名代として役目を果たそう。


 男に続いて屋敷に入る。

 そこは俺の知る実家では無かった。

 壁は薄汚れたシミと刻まれた傷跡だらけ。


 調度品の類いは全て消え失せていた。

 俺が追放された10年前は有ったのに。


「さあ、先ずは積もる話でもしようではないか!」


 着いたのは大食堂。

 大きなテーブルは昔使っていた物。

 これも艶は失われ、ささくれだった木片がまで見える。

 食堂ですらこの有り様。

 もう俺の知るウェイン家の屋敷では無い。

 父上と母上の想い出は消え失せたのだ!


「オイド様...」


 ローレンは俺の肩に手を置いた。

 その瞳には涙が滲んでいる。

 俺の為に泣いてくれるのか。


「...貴方」


 ディジーはテーブルの下でそっと手を握った。

 ローレンと同じく目には涙が。


「は!死に損ないのオイドが!

 どんな卑怯な手で女を落としたんだ?

 お嬢さま等知ってるか?

 こいつはずっと俺に勝てなかったんだぜ、ただの一度もな!」


「ナッツか」


 真っ赤な顔をしたナッツが俺達を見ながら笑い声を上げる。

 手加減してたに決まってるだろうが。

 俺が勝ったら飯抜きになるから仕方なかったんだ。

 ナッツの好色な瞳はローレンとディジーを捕えていた。


「ナッツ止めなさい!」


 ナッツの母が慌てて止める。

 馬鹿らしい。

 余りの馬鹿らしさにローレン達も...駄目だ、殺気が溢れ始めてる。


「遠路よく見えられた!

 儂もそなたの活躍を嬉しく思う!

 これも10年前にオイドの事を思っての事だった。

 手紙でも書いたが我がラムズボトム領は...」


「ふざけるな!!」


「ローレン?」


 アントの言葉を遮りローレンは立ち上がった。

 やはり限界だった。


「ラムズボトム領はオイド様の、ウェイン家の物!

それを踏み荒した貴方達の所業許すまじ!!」


「...ディジー」


 続いて立ち上がるディジー。

 いつもの理知は消え失せ、溢れる魔力で手にした杖から炎が迸っていた。


「やれやれ」


 仕方ないので俺も立ち上がる。

 そろそろ限界だったし。


「なあヒュフテ」


「な、貴様...」


「あの綿花は誰の入れ知恵だ?

 見た所、ハラル王国の品種では無かったぞ?」


「何をオイド!」


「黙れ!貴様に聞いてない!!」


 口を挟もうとしたナッツを睨みつける。


「あぁ...」


 椅子から崩れ落ちるナッツ、所詮は甘々の坊っちゃん育ちか。


「な、何の事だ...」


 声を振るわせるヒュフテ、気を失わないだけ褒めてやろう。

 隣ではヒュフテの妻がひっくり返っていた。


「あれはジャンゴ王国の綿花だ。

 貴様、ジャンゴ王国と謀り無断で交易を企んだな?」


「うぐ...」


 ヒュフテは身体を震わせる。

 言質は要らない、これが充分な答えだ。


「税を納めないだけで無く、無断で行った此度の事、最早言い逃れは出来まい!

 貴様の領を召し上る!」


「ば、馬鹿な!!

 貴様に何の権限が有って!」


「我々は国王陛下の名代だ、今回の沙汰は俺が決める様に命ぜられているのだ!」


「な、何だと!?」


 目を剥き立ち上がるヒュフテ。

 ここまでの権限を与えられていたのを知らなかったのか。


「貴様も貴族の末席に居るのだ、やるべき事は分かってるだろ」


「....死ねというのか?」


 項垂れるヒュフテに俺は頷いた。


「ふざけるな...」


 小さく呟くヒュフテは小刻みに震えていた。


「ふざけるな!儂にはジャンゴ王国が着いて()るのだ!」


 ヒュフテの声と同時に扉が開き、男達が入ってきた。


「ローレン」


「はい」


「ディジー」


「はい、貴方」


 2人を見つめニッコリ笑うと素晴らしい笑みが返って来た。


「始めるか!」


「ええ!!」


 ローレンと先頭の男達に切り込む。

 素早い反応を見せる男達だが。


「...馬鹿な」


 敵は次々と倒れ伏す。

 後ろから繰り出されるディジーの攻撃魔法。

 その隙を俺とローレンが突く。

 声を出さない、出すまでもないのだ。


 蹂躙、こんな奴等に遅れを取る我々では無い。


「終わったな」


 剣を鞘に収める。

 食堂の中には俺達の他に誰も生きてる者はいない。

 ヒュフテの妻は目を剥き息絶えていた。


「偶然当たったみたい」


 そう言ってディジーは横を向いた。


「まあ、当然の報いでしょ」


 ローレンはディジーと小さく頷く。

 そう言う事にするか。


「ヒュフテとナッツは?」


 2人の姿が見えないのは気が着いていた。

 本当は逃がしたんだ、奴には俺がケリを着けたい。


「私達はヒュフテを追います」


「分かった」


 食堂を出てローレン達と分かれる。

 俺はある部屋に向かった。

 床に続く血の痕はローレンが斬り飛ばしたナッツの右手首から流れる物。


「ほう」


 扉の前で立ち止まる。

 ここは俺が使っていた部屋。

 もっともヒュフテ家に乗っ取られてからナッツの部屋になったが。


「ふーん」


 扉を蹴破り中に入る。

 ナッツは女に手首を縛って貰っていた。


「...オ、オイド」


 俺の顔を見て声を震わせる女。

 ナッツは俺の顔を見るなり、また気を失った。


「どうして此処に?」


「ナッツ達が貴方達を襲うって聞いて、知らせようとしたら」


「閉じ込められた、と」


「...うん」


 項垂れる女。

 どうしてだろう?

 10年振りに会ったが何の気持ちも湧いて来ない。


「フーリー」


 名を呼んでみた。


「はい...」


 フーリーは小さく身体を震わせた。

 酷く腫れ上がった顔は痣だらけ。

 身体も傾き、左足は変な方向を向いて固まっていた。


「何故、何もしなかった?」


「え?」


「ヒュフテ家の事だ、馬鹿な事をしてたら何故知らせなかった?

 王国に手紙を書くとか方法はあっただろ?」


「そんな...私にそんな事」


 小刻みに身体を震わせるフーリー。


 自分でも意地が悪いと思う。

 こんな身体になるまで暴行を受け続けたんだ。

 抵抗する気力なんか失っていただろう。


「結果は結果だ。

 ヒュフテ家は断絶だ。

 嫡子のナッツ、そして妻のお前もな」


「分かりまし...」

「ふざけるな!」


 突然の叫び声。

 ナッツはフーリーの首を右腕で抱え、残った左手にはナイフが握られていた。


「退け!

 フーリーがどうなってもいいのか?」


 ナイフの先をフーリーの首筋に当てるナッツ。

 器用な事だ。


「...ナッツ、もう終わりにしましょ。

 こんな人生...」


「ふざけるな!

 お前が居なければ俺が今頃コイツみたいになれたんだ!」


 このバカ何を言ってるんだ?

 口に出すのもアホらしい。


「俺はこんな所で終わる人間じゃねえ!

こんな馬鹿な所で!」


「馬鹿な所?」


 思わず声が出た。

 コイツまさか?


「ラムズボトムだ!

 こんな糞田舎!

 何をやっても上手く行かねえ!

 畑も商売も!!」


 ナッツの言葉に身体が動く。

 怒り?

 違う、聞くに堪えなかったのだ。

 ラムズボトム領に生きた人間として。


 声を出す事なくナッツは倒れる。

 喉を切り裂いたから当然か。


「俺は戦場で地獄を見てきたんだ。

 貴様には想像出来ない程の地獄をな」


 ナッツの口から聞こえる奇妙な音、気にせず続けるか。


「成すべき事を成す努力もしないで上手く行かない?

 当たり前だ、誰がお前に与える?

 屑なお前に」


 怒りの目。

 懐かしいな、コイツはいつもこの目で俺を見ていた。


「そんな目とはさよならだ」


 ナッツの両目を切り裂く。

 部屋に血の臭いが充満する。

 呻き声を上げ続けるナッツを蹴り飛ばした。


「あ、貴方本当にオイドなの...?」


 フーリーは怯えた顔で俺を見る。

 そうだろうな、虫すら殺せなかったし。

 今更説明なんか...もう俺は昔の俺じゃないし。


「貴方が変わってしまったのも私のせい...」


 フーリーはナッツのナイフを取り首に当てる。

 俺はどうしたら良いのだろうか?

 フーリーがこの先、生きられる可能性は低い。


 逃がす選択肢は無い。

 反逆者の縁者は例え何も知らなかったとしても連座になるのが決まり。

 ましてやフーリーは一部を知っていたのだ。


「あなた」


「オイド様」


 後ろから聞こえた声。


「ローレン、ディジー終わったのか」


「はい、関係者に引き渡しました」


「関係者?」


 誰だろう?

 俺達以外に居たかな?

 護衛...いや彼等は違う。


「ハラル、ジャンゴ、両国のです。

 それより貴女」


 ディジーはフーリーの前に立った。


「早くなさい、何を躊躇ってるの?」


 ディジーはフーリーに言った。


「ディ...」

「オイド様、ディジーに任せて」


 ローレンが俺を遮る。

 何を考えてるんだ?


「貴女みたいな人、虫酸が走ります。

 運命に翻弄されたと言い訳ばかり」


「あ、貴女に何が分かるの!」


 ディジーの容赦ない言葉にフーリーが返す。


「それじゃ貴女に私の何が分かるの?

 オイド様や私達は戦場で地獄を見てきたのよ?

 貴方達が安穏な生活を営んでる時に」


「そ、それは」


「さっきオイド様に怯えてらっしゃいましたね?

 どうしてそうなってしまった?

 私のせい?

 自惚れないで。

 オイド様はみんなを、ハラル王国を救う為に生きて来たの、お分かり?」


 ディジーはフーリーのナイフを取り上げる。

 次の瞬間フーリーの身体が崩れ落ちた。

 催眠でも掛けたのだろう。


「私も同じ考えよ、オイド様」


 ディジーとローレンの言葉が胸に響く。

 こんなに俺の事を2人は。

 よし、フーリーは俺の手で...


「オイド様、フーリーの処置をお任せ頂けませんか?」


「お願いします」


 何をいうのだ。

 王命に逆らう事になるのを貴族令嬢の2人が知らない筈は無い。


「分かったよ」


 真剣な2人に俺はフーリーの事を任せた。

 彼女達を信じよう。

 それは最善では無い。

 しかしそうする事がハラル王国にとって不利益を伴わないと感じていた。



 ナッツは知らない間に死んでいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 汚物は消毒だーツアーもご夫人2人には雑魚征伐にしか過ぎないんで、割と熟睡なんですね。 [気になる点] 前の話のバカと言い、今回のバカと言い、王国への反逆者として族滅で良いんじゃあ。 [一言…
[一言] せめて彼女が何故オイドを拒んだのか事情を聞いてやれよ汗
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