妻達は呆れた
馬車の窓から見える田園風景。
一見すると長閑な田舎の景色。
たが戦場を渡り歩いてきた私には、この景色が普通で無い事に気づいた。
「あなた、これは...」
反対の窓から見ていたディジーも気づいた様だ。
オイドは私の肩越しに外を見た。
「...酷いな」
オイド様は目を伏せた。
ラムズボトム領に入ってからオイド様は辛そうな顔をずっとしている。
近隣の町で集めたラムズボトム領の現状が原因だった。
新しい作物を作る為、領民に小麦等以前の作物の作付けを禁じたヒュフテ家。
反発した農家は土地を取り上げられた。
結果は大失敗。
新しい作物は実らず、領民達はラムズボトムを去り、残った領民は領主に対する恨みの声を上げている。
そんな話ばかり聞かされた。
オイド様が追放された前領主の息子と分かると、反応は二つに分かれた。
ラムズボトム領の復興を望む物、もう1つは内乱を危惧する物...
「止めてくれ」
オイド様は馭者に命じる。
私達もオイド様に続いて馬車を降りた。
目の前に広がる畑は雑草が伸び放題。
全く手入れされてない。
この畑も新しい作物の栽培に失敗したのだろう。
「水路は...駄目だ。
こうなったら直ぐには使い物にならない」
オイド様は畑に引かれた水路を見る。
泥が詰まり、水を引くどころでは無い。
「作物を作るのに灌漑がどれだけ大切か分かって無かったのか?」
オイド様は悲しそうに呟いた。
ラムズボトム領は元々それほど豊かな土地では無かった。
それをオイド様の先祖が領民と共に土地を耕し、治水に力を入れてきた。
お陰で実りある町にまで発展させたのだった。
畑のあった場所を改めて見る。
酷い有り様、何の作物を栽培していたのか分からない。
「シッ!」
オイド様は剣を抜き、雑草を一閃する。
雑草が切り裂かれ、枯れた植物が姿を見せた。
「綿ですね」
「ああ」
ディジーがオイド様に呟く。
これは小麦等では無い、綿の草が花を着ける事無く弱々しい状態で枯れ死にしていた。
「この土地が綿花の栽培に適さない事くらい領民は知っていただろうに、おそらく金で雇われた土地を知らない連中の仕事か」
呻くオイド様。
僅か10年でこんな惨状となるなんて。
戦場の打ち捨てられた畑みたいに...
「...行こう」
「「はい」」
寂しそうに立ち上がるオイド様。
私達も彼に続いて馬車に戻った。
「思っていた以上でしたね」
夜になり、馬車を一軒の廃屋に止める。
宿は見当たらなかった。
宿だけでは無い、人の住んでいる建物すら。
「こんなラムズボトム領見たくなかったよ」
オイド様は悔しそうに呟いた。
視線の先には国王陛下から贈られたウェイン家の紋章が入った幟が王家の幟と並んで壁に掛かっていた。
王都から馬で2ヶ月、私達は数名の護衛を連れラムズボトム領にやって来た。
名目上はオイド様の一時帰郷を兼ねたラムズボトム領の視察。
幟を掲げる事で我々は王家の名代であると証明になるのだ。
「父上、母上...」
紋章にオイド様は涙を堪えて呟く。
私とディジーは言葉が見つからなかった。
「宜しいですか?」
「何ですか?」
扉の向こうから聞こえる声。
ディジーが直ぐに立ち上がる。
私には聞き覚えが無い、おそらくララミー家から派遣された者だろう。
「ご主人様にお目通りをしたいとの者が参っております」
「俺に?」
不審な事。
明日、私達はヒュフテ家に会う。
その前日に一体誰だというのか?
「追い返しますか?」
「いや、通してくれ」
オイド様は静かに立ち上がる。
私も誰か気になるし、ディジーも頷いていた。
「おお!オイド元気そうでなによりだ」
ノックも無しで扉が開く。
中から恰幅の良い初老の男が馴れ馴れしい態度で入ってきた。
「...あなたは」
男の顔を見たオイド様の顔が強張る。
少なくとも歓迎される人間ではなさそうだ。
「おいおい、他人行儀だな」
男は気にする様子もなくテーブルに酒瓶を置く。
私でも知る高級な銘柄の品。
「今は他人でしょ?」
オイド様は酒瓶を男に押し付ける。
どうやら歓迎の必要は無さそうだ。
「フーリーの事を言っとるのか?
仕方ない事だったんじゃ、ああでもせんと儂等は殺されとった」
フーリー?
オイド様の元婚約者に関係する者か?
「娘を売り、俺を捨ててまで拘った名主ドゥンさん。
今回はヒュフテ家を裏切った貴方が今更何ですか?」
「へえ?」
「この男が」
オイド様の言葉に私とディジーの殺気が膨れる。
こいつがオイド様の元婚約者の父親か。
「ま、待ってくれ!
やむを得ない事だったんじゃ!
オイドもフーリーと結ばれなかったお陰で、こんな美しい令嬢を二人も娶られた、おまけに貴族の爵位まで。
さ、酒を酌み交わそうでは無いか!
昔の事は水に流して...」
男は震えながら酒瓶を掲げる。
よくもまあ戯れ言をペラペラと。
「分かった」
「オイド様?」
「せっかくの酒だ、一杯だけ頂こう」
オイド様は私達を見ながら僅かに頷いた。
成る程。
「そ、そうじゃ奥方様もどうぞ」
男は震えながらコップに酒を注ぐ。
何かあるとバレバレじゃないか。
「頂こう」
「「はい」」
私達は酒を一気に呷る。
この味、やっぱりか。
でもジャンゴ王国の物じゃないね。
「の、飲んだな愚か者が!」
男は態度を一変させる、先程までとは別人。
「そっちの方がドゥン、お前らしいぞ」
オイド様は呆れた顔で笑う。
私達もだけど。
「笑ってられるのも今の内だ!
その酒には毒が入っておったのじゃ!」
「みたいだな」
オイド様は僅かに残った酒の臭いを嗅いだ。
「お前の金は儂の物じゃ!
ヒュフテの馬鹿共の悔しがる顔が目に浮かぶわ!」
「これはお前の独断か?」
「そうじゃ、馬鹿共がラムズボトムを滅茶苦茶にしおって!
フーリーをくれてやったのに!」
「フーリーか...」
オイドは少し目を伏せた。
感傷を見せるのは良いけど、そろそろ終わりましょ。
「解毒」
ディジーが静かに呟く。
お腹に感じていた違和感が瞬く間に消え失せる。
さすがはララミー家のご令嬢。
こんな男が使う毒くらいなら問題無いわね。
「....な」
顔色が戻った私達に男が後ずさる。
さて次は私の番かな。
静かに剣を抜いた。
「オイド、や止めろ!女を止めさせろ!」
男はオイド様に叫ぶ。
こいつ貴族を呼び捨てるとは何様だ?
「あんたは俺だけじゃない、娘のフーリー、そして領民達をも裏切った。
覚悟しろ」
オイド様が剣を抜く。
なんて凛々しいのかしら...
「止めろオイド!糞が!」
「な、なんですって!」
男の言葉に私の怒りが頂点を迎えた。
「ふん!」
軽く剣を振ると、男の両手足が宙に舞った。
「火炎」
次いでディジーが切り離した手足を燃やす。
素晴らしい精度だ。
床に焦げ目1つ着かないで男の手足だけが灰になるなんて。
「治癒」
オイド様が男の手足に手を翳す。
男の流れ落ちる血はたちまち止まる。
「さてと」
オイド様は芋虫になった男をテーブルに置き、口に酒瓶を突っ込んだ。
「よく飲みな、末期の酒だ」
「ンー...」
激しく顔を揺らす男。
いつまで頑張れるかな?
オイド様は酒瓶を激しく揺する。
あらら、どんどん入っていくわね。
「死んだ?」
「さあな」
男の口から酒瓶を抜く。
これは私達が持参した酒。
当然毒なんか入ってない。
男は白眼を剥き全く動かない。
どうでもいいか。
「行こう」
「「ええ」」
部屋を出る私達。
こんな馬鹿な茶番劇をこれ以上見るのは嫌だ。
馬車は深夜のラムズボトムを静かに進んだ。
ヒュフテ家の家がある町に向けて。