オイドは故郷に向かう
ローレンとディジー、二人との婚約が決まり3ヶ月が過ぎた。
何しろ国王陛下の前で決まった婚約。
俺に拒否権はなく(嫌では無かったが)あれよあれよ、という感じだった。
一刻も早く結婚したそうなローレン達だが、貴族の結婚には何かと準備が必要。
今日も今日で俺達は国王陛下に呼び出されていた。
「オイド、よく参った」
「は!」
国王陛下を前にひざまづく。
だいぶん馴れ...る訳が無い、背中には汗が滴っていた。
「今日よりオイド・ウェイン男爵と名乗るがいい」
「その名は...」
陛下の仰った言葉に声が出ない、なぜなら、
「安心するが良い、ウェイン家の名は陛下が取り返したのだ。
お前の家名をな」
「...エリック様」
陛下の隣で頷く義父上、
まさか俺の為に。
「アンドラめがヒュフテからウェイン家の家名を買い取っていたのだ。
妾との間に生まれた子に爵位を与えようなどと...爵位の売買は国王の許可無くは禁止されているというのに」
「ディクソン様...」
エリック様の隣でもう1人の義父上ディクソン様が頷く。
心はうち震え、涙が込み上げる。
15年前、無理矢理ヒュフテ家の養子にされ、家名を取り上げられたあの日。
10歳の俺にはどうする事も出来なかった。
5年間の間に、領地と領民、家臣、そして婚約者だったフーリーまで奪われ、ラムズボトム領を追放された屈辱がようやく晴らされた気がした。
「...オイド様」
「良かった...」
俺の両隣に居るローレンとディジー。
二人の暖かい言葉に無言で頷く。
言葉が出ない、声にしたら涙が出そうだ。
「まだだぞ」
「陛下?」
「まだお前の成すべき事は終わっておらん」
陛下は顔を引き締めて俺を見つめる。
いや、エリック様とディクソン様も。
「オイド、お前に手紙が来ておる」
「手紙?」
「うむ、ここに」
陛下が手を差し出すと近習の者が何かを手渡した。
これが手紙か。
「ヒュフテ家からだ」
「...ぐ」
陛下の言葉に息が詰まる。
一体ヒュフテが何故俺に手紙を?
「すまんが中を検めさせて貰った。
検閲は本意で無いが、何しろオイド男爵はジャンゴ王国と色々あったのでな」
「はい」
俺はジャンゴ王国の王女を治癒した。
あれから1年近く停戦協定は守られ、ジャンゴ王国との紛争は起きてない。
だが、あくまで今まではの話だ。
俺の力が世界に知られたら大変な事になる。
ハラル王国が神経質になるのも当然だろう。
「読むが良い」
「宜しいのですか?」
「構わん、今ここで見よ」
「畏まりました」
陛下から手紙を受け取る。
外に押された忌まわしきヒュフテ家の封蝋に破り捨てたくなる。
「失礼致します」
俺は手紙に目を落とす。
ローレンとディジーが心配そうに俺を見ている。
後で二人に渡してやろう。
[オイドへ
此度の戦役での活躍、義父として誇りに思う。
聞くところによれば、膨大な褒賞金と爵位を賜ったとか。
お前の為を思い、王都に行かせた結果と思うと私も鼻が高い。
亡き貴様の両親も草葉の陰でさぞ喜んでいる事であろう。
ついては頼みがある。
我がラムズボトム領は昨年来からの干魃で領民の暮らしが悪化しておる。
領主たる私や息子のナッツも事態の解決に奔走しておるが、未だ事態の解決に到っておらぬ。
よって我がヒュフテ家に金銭を送って貰いたい。
金額については褒賞金の全てを希望する。
未だ独り身と聞くお前にさしあたって困る事はあるまい?
これより貴族としての金も入るのだ。
同じ貴族としてこれから再びの交遊を始めようではないか。
妻やナッツも、そしてフーリーは何よりお前の栄達を我が事の様に喜んでおる。
早急に返答されたし。
ラムズボトム領、
領主アント・ヒュフテ男爵]
「...オイド様」
怒りで目の前が真っ赤に染まる。
ローレンとディジーの心配そうな声が遠くに聞こえる。
これ程の怒りがあるだろうか?
俺は手紙をローレン達に手渡した。
このまま持っていたら破り捨ててしまいぞうだ。
「なんて事を!」
「オイド様を何だと思っているの!」
ローレン達から立ち上る気。
陛下達の前なので必死で抑えてくれているのが分かる。
俺を思う二人の気持ちが嬉しかった。
「ヒュフテめ、税を全く納めないだけでなく、下らぬ事を」
「全くあの家は何かと野心を燃やしますな、無能の輩が」
陛下とディクソン様が呆れた表情を浮かべる。
エリック様は二人の会話に加わらず、静かに俺を見ていた。
「オイド、どうする?」
「どうするとは?
こんな手紙等、取り上げる価値も無いかと...」
「そうでは無い、お前は未だ故郷に縛られておるではないか」
エリック様の様子がいつもと違う。
俺を侮蔑する内容の手紙、いつものエリック様なら激怒して、
『オイド、ラムズボトムに攻め込むぞ!』
そう叫んでいた筈だ。
「お前は元婚約者について全く触れぬではないか」
「...義父上」
「儂は覚えておるぞ、10年前お前が王都に流れ着いたあの日の事を。
入隊の時、貴様は言ったな、
『想い人だった者の為に戦いたい』と」
...そうだった。
10年前、何もかも無くした俺は王都で軍に入隊した。
生きる為じゃなく死ぬ為に。
当時、ハラル王国は各地でジャンゴ王国と紛争を抱えていた。
軍に入れば早く死ねる。
華々しい最後を迎えればフーリーの耳に入るかも。
(フーリーの心に俺を残したい)
そんな気持ちだったんだ。
「貴様、今もそうなのか?
未だその女の事を?」
「いいえ」
大恩人、エリック将軍の言葉に俺は首を振る。
「私の心の中にその者はもう居ません。
今私の心に居るのはローレンとディジー、この二人です」
「宜しい」
「よく言った、オイド殿」
陛下とディクソン様が満足そうに頷く。
「「オイド様」」
二人は俺の両手をそれぞれ握ってくれた。
「ならば行けオイド!
ラムズボトムに行き、過去を精算して来るのだ!」
「は!」
エリック将軍の言葉に俺は頷く。
もう迷いは無い!
「オイド、ヒュフテ家の沙汰に対し全ての権限を与えよう」
「...沙汰?」
陛下が言う、ヒュフテ家の沙汰とは?
「最近何かとキナ臭い噂が絶えない様でしてね、あの連中は」
ディクソン様が吐き捨てる。
ヒュフテの連中が何をしているか今は分からないが調べ上げてやるぞ。
「これよりオイド・ウェイン、ラムズボトム領に向かいます!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「ローレン・ウェイン、夫に従います!」
「え?」
「ディジー・ウェイン、同じく!」
「は?」
ローレン、ディジーまで?
「「「うむ」」」
陛下とエリック様、そしてディクソン様に見送られ王都を後にした。