オイドは敵兵を治療する
1ヶ月を掛け、我が大隊はようやくアントワープに到着した。
局地的な戦闘を想像していたが、意外にも戦場は広範囲に及んでいた。
「オイド様危ない!」
「いや大丈夫...」
引き継ぎの将兵を連れ前線を視察していると、いきなり飛んで来た敵の矢にローレンは素早く反応して俺を突き飛ばす。
そんな事しなくても、あんな矢くらいなら剣で薙ぎ払えたのだが。
「オイド隊長、後ろ!」
「分かってる...」
ディジーが草陰に隠れていた敵に火炎魔法を叩き込む。
そんな大事にしなくても奴等の気配ぐらい察知していたのだが。
「オイド様はダメですね」
「本当に、私達副官が付いて無いと危なかしっくて」
一体何なんだ?
ローレンとディジーは凄い笑顔で俺を見ている。
確かに俺は二人と比べたら頼りないかもしれない。
しかし俺を知らない人から見たら、全く役立たずに見えてないか?
視察を終え、作戦本部に引き揚げる。
前任の将兵達と今後の合同作戦を立案する。
「敵の配置からすると、この騎兵隊は...」
テーブル一杯に広げられた地図。
その上には建物や敵の軍勢を模した駒が置かれている。
俺は手にした指揮棒で敵軍の駒の1つを指した。
「これは偽装ですね、ここは正面から行かず我が大隊のヨメ1中隊にお任せを、迂回して背後を突きましょう」
「そうだね」
右隣に居たローレンが俺と同じ指揮棒で続きを言う。
何故だろう?
俺が間違った作戦を言い掛けたのを副官がフォローしたみたいに見えないか?
ちなみにヨメ1中隊とはローレンが元々率いてた中隊の事。
新しく俺の大隊に組み込まれたから区別しやすい様にだと。
よく分からん。
「後はこの倉庫を我が隊で...」
めげずに話を続ける。
こんな事はよくある事さ。
「ここの倉庫は我が大隊のヨメ3中隊が焼き払いますわ、ここにある食糧を火炎魔法で燃やせば敵も終わりでしょう、ね、オイド隊長」
「うん」
今度は左隣に居たディジーが俺の言葉を引き取ってしまう。
俺の指揮棒は行き先を失って図上を彷徨うのだった。
「さすがは新しく新設された第八大隊のローレン様とディジー様です。
これで1年の膠着を一気に崩す事が出来ますぞ!」
前任の大隊長が感激の表情で俺達...いやローレンとディジーを見る。
結局俺は何一つ発言出来なかった。
でも俺の作戦も二人と大差無いから良しとしよう。
「お二人共、どうぞこちらに」
「いやあの...」
「私はオイドの...」
前任の大隊長はローレンとディジーの袖を掴み、隣の部屋に連れて行こうとしている。
確か隣は隊長の私室だ。
豪華な食事でも用意されてるのかな?
間違っても向こうの隊長も変な気は起こさないだろう。
過去にそんな奴が居たそうだが、二人共一瞬で瞬殺したと聞いた。
貴族の令嬢だが一級の兵士であるから当然だ。
「行って来たら?
俺はもう暫くここに居るから」
そう言いながら二人に目で合図を送る。
『こんな手合いの人間は身分でしか人を見ない。
爵位を持たない俺が行ったら窮屈で敵わない、そいつも俺が来たら迷惑だろ?
だから頼む』
「分かったわ」
「後でお願いね」
「了解だ」
とりあえず分かってくれたみたいだ。
しかしディジーは何のお願いなんだろ?
ローレンは俺とディジーを交互に睨んでるし。
「それでは片付けます」
作戦室に居た将兵が地図上の駒を箱に入れ始める。
俺はまだ片付けろとも言ってない。
仕方ない、あの大隊長の副官だ。
バリバリの貴族意識を持っているのだろう。
「ん?」
敵、味方の駒が取り払われ、真ん中に残されていた建物の駒に俺の視線は止まる。
「ここは?」
建物に指揮棒を指した。
「何ですか?」
「この建物だよ、敵のキャンプじゃないみたいだし」
「さあ?」
こいつ、知ってるのに知らん振りか?
「言え!」
「は...はい!」
少し威圧を込め睨み付ける。
奴は身体を震わせながらコクコクと頷いた。
「こ、此処は敵の救護所です」
「救護所?こんな前線の真ん中に何故だ?
中に入ったりしなかったのか?」
「わ、分かりません。
私達も気味が悪くて一度も入りませんでした...」
脂汗を掻きながら兵は説明する。
嘘は言ってない様だ。
何かある、敵が極秘裏に葬り去りたい何かが...
「分かった、もう良いぞ」
兵を解放する。
腰を抜かした様だ、情けない奴め。
翌朝、俺は信用出来る自分の部下を引き連れ例の建物に潜入した。
ローレンやディジーは既に昨日の作戦で居ない。
取り残された俺達はちょうど良かった。
「こちらです」
古参の部下が建物の扉を開ける。
中は広いが薄暗く、酷い臭いがした。
「...う」
「こ、これは」
「酷いな...」
灯りに照らされたのは夥しい死体の山。
手当てもせず、ここに放置されたのが分かった。
「誰か息のある者は居ないか探すんだ」
部下に命じながら俺も死体に近づく。
死体は1ヶ所に集められている。
つまり誰かが死体を運んだという事だ。
「...こ殺してくれ...」
ベッドの隅から聞こえる掠れた声。
警戒は緩めない、罠の可能性もある。
「隊長...」
部下の1人が顔を背ける。
全身を蛆に食われた敵兵が数人集まっていた。
「ふむ」
見た所、この兵達は戦闘でこの救護所に集められたのでは無い。
それは入った時から感じていた。
「毒か」
「...の様ですね」
部下にも分かった様だ。
糞尿と腐敗臭に混ざっているが、この臭を嗅いだ事がある。
ジャンゴ王国に伝わる毒薬。
ローレンも一度食らった事があったな。
「無様な...事だ...」
敵兵の1人が呻く。
その声から察するに女の様だが、痩せ衰えた身体には蛆虫がはい回っていた。
「息の有るものを集めよ」
「オイド様」
「隊長、了解です」
部下達は俺が何をするか分かっている。
治癒魔法の精度を高めるのに部下達は協力してくれた。
何しろ俺が魔法を使えるのは極秘事項だ。
これまでに戦場で敵味方拘わらず治癒魔法をゴッソリ使って来た。
(基準はあるが)
助かった連中は何があったか理解出来なかっただろう。
幸いにも俺の部下達を含め、誰1人秘密を洩らしたりしなかった。
息のある人間を1ヶ所に集めた。
俺達が殺してくれる、そう考えているのだろうが、そんな事はしない。
「完全治癒」
渾身の力を込め、治癒魔法を発動させる。
一度にこれだけの人間に使うのは初めてだ。
しかも直接手を触れずに、失敗のリスクはあったが事態は一刻を争う。
「糞...」
凄まじい疲労が俺を襲う、しかし休む訳にいかない。
「...これは」
「信じられない...」
集めた敵兵から聞こえる歓喜の声。
何とか成功した様だ。
集められた敵兵は全て元の姿に戻った、全員裸なのは仕方ない。
「オイド様!」
「オイド!!」
後ろから声が聞こえる。
ローレンとディジーだ。
どうやら作戦は無事に完了したのか。
「すまん...後で説明する。
連中を頼んだ」
ローレンとディジーに身体を預け、俺は意識を手放した。




