女達の事情
「行ったわね」
「ええ」
オイドがエリック将軍と部屋を出る。
今は私とローレンの二人っきり。
幼馴染みの私とローレン。
こうして話す時は親友の気安さが助かる。
「ローレンも思い切った事するわね」
「何の事かしら?」
ローレンはとぼけるが、私には通じないぞ。
「オイドの事よ、ここで殊勲を挙げさせて貴族にするつもりでしょ」
「...ディジー」
先程までの眼光とうって変わり優しい瞳のローレン。
可愛い目をしてる癖に、オイドの前じゃ素直になれないのね。
「それは貴女もでしょ」
「な、何の事かしら?」
まさか知ってるの?
声が上ずり、ローレンと同じ言葉を返してしまった。
「ララミー家もオイドを諦めてないのは知ってるよ。
何よりディジー、貴女が一番」
「...ぐ」
やはりローレンは油断出来ない。
ローハイド家がオイドを取り込む為行った今回の人事を知り、私は実家のララミー家を通じ王国に横槍を入れた。
『私も大隊に加えて欲しい』と。
「でも羨ましいわ」
「何が?」
「ディジーとオイドの間に遠慮が無い事よ。
私なんか、いつまで経ってもお嬢様扱いなんだから」
「仕方ないんじゃない?
だってオイドからすればエリック将軍は父親の様であり、同時に大恩人なんだから」
「そうよね」
タメ息のローレン、気持ちは分かる。
10年前オイドは実家を追い出され、何の伝手もなくこの王都にやって来た。
当時15歳のオイドは覚えがあった剣で王国軍に入った。
そんな彼に目をつけたのがエリック将軍。
将軍は才気溢れるオイドを鍛えた。
それはもう徹底的に、私も何度か二人の鍛練を見たが、オイドが普通の人間なら間違いなく死んでいただろう。
「あれだけ鍛えて貰ったら逆らえないわ」
「お父様も嬉しかったのよ、自分の鍛練について来られるオイドが」
「『貴方も』でしょ?」
「うん」
真っ赤な顔でうつむくローレン。
本当可愛いね、こんな小さな身体なのに剣を取っては向かうところ敵無し、本当凄い。
「優秀な魔法使いを数多く輩出してるララミー家もオイドを買ってるじゃないの?」
「オイドに魔法の才は無いわよ」
「とぼけない、あの治癒魔法をオイドに授けたのはララミー家でしょ」
「...知ってたの?」
「当然よ、オイドの事なら全部知っているわ」
真剣な目を向けるローレン。
確かにオイドは治癒魔法が使える。
いや使えるどころではない。
オイドの治癒魔法はどんな怪我や、身体の欠損すら治してしまう。
その腕は王国、いや世界でも類を見ない程優れていた。
「ララミー家が手離す訳無いわ」
「でしょうね」
諦め顔のローレン。
しょうがないでしょ?
3年前、戦地で両腕を吹っ飛ばされた私に必死で治癒魔法を施してくれたオイド。
それまでに見よう見真似で簡単な治癒魔法は使えたオイド(これだけでも凄い)
当時の彼は簡単な止血魔法しか出来なかった。
オイドのお陰で命だけは助かった私は戦地から王都に戻る事が出来た。
そして世界中から治癒魔法使いが召集されたが私の腕は再生されなかった。
欠損部の再生魔法は幻とされていたのだ。
絶望に沈む私、何度も死のうと思った。
だが、戻って来たオイドは
『諦めるな、お前を失いたくないんだ』
...あの言葉は効いた。
(優秀な魔法使いの私を失いたく無いとの意味だと分かっていたが)
奇跡は起きた。
召集された魔法使いから教えを受けたオイド。
彼は習得したのだ、幻とされていた究極の治癒魔法を。
もっとも、この事は極秘とされている。
私の腕を再生した魔法使いは治療を終えると忽然と姿を消した事になっている。
オイドに口止めしたし、王国にも一部の王族以外しか知らない筈なのに。
「警戒しないで、私もだから」
「ローレンも?」
「ええ、私は足をやられたの」
「まさか?」
「本当よ、去年敵の毒矢にやられてね。
本当なら切るしか無かった」
「...そうだったの」
知らなかった、去年の戦地でそんな事があったのか。
「毒がまわっちゃってね、切断するしか無いって時にオイドがふらっと救護テントに現れて、
『俺が診る、みんな出ていってくれ』って、人払いしたの。
で、オイドが私の太股に手を...」
真っ赤な顔のローレン。
患部を直接触らないと治癒出来ないのは分かるけど、オイドは見たのね。
ローレンの腿を...
「その事をエリック将軍は?」
「言ってない、お父様が知ったら無理矢理でもオイドを養子に迎えていたでしょうから」
「そうよね」
親バカ将軍エリック。
その名も武勲と同じ位有名。
オイドが娘の命の恩人と知れば今回の任務を任せただろうか?
いや、ひょっとして既に分かった上でエリック将軍は今回の事を?
答えはエリック将軍しか分からない。
「オイドの魔法をどう思う?」
「計り知れないわ。
攻撃魔法も習得してないだけで、使える様になれば...想像もつかない」
「それに剣も使えるのよ」
剣はローレンと互角のオイド。
もしオイドが攻撃魔法を極めたら、間違いなくエリック将軍をも上回るだろう。
世界最高の魔法戦士オイドが誕生する。
「一体オイドは何者なの?」
「分からない、ローハイド家でも調べ上げたけど地方領主の息子だった事くらいしか分からなかった」
「そうよね、10年前に某領主の養父と養母に追放された事くらいね」
「ラムズボトム領よディジー」
何だローレン、私を見て何故笑う?
知らないと思っているのか?
敢えてボカしただけだぞ。
「今はオイドの義弟ナッツが次期領主よね」
どうだローレン、ララミー家の情報網は。
「義弟の妻は?」
「...オイドの元婚約者フールー」
私とローレンの殺気が膨れ上がる。
窓が震え、室内のカーテンまでもが捲れ上がった。
「情報量まで互角なのね」
「そうみたい。
今回の目的、ローレン分かってる?」
「オイドを目立たせず勝利を収める事、でしょ?」
ローレンと頷き合う。
アントワープでの戦いは我が軍の勝利は堅い。
しかしオイドをこれ以上有名にしてはならない。
可愛いさと凛々しさを両立させているオイドは既に一部の人から人気者。
これ以上のライバル登場は勘弁だ。
私達がオイドを遮る壁になるとローレンと誓うのだった。