乙女ゲーム世界のモブに転生したら
ヒロインや悪役令嬢じゃない場合、こうなってしまいそう。
「アレクサンダー・ロムロフです」
そう挨拶するとお相手の女性はジロジロと僕を見てから見事な礼をとった。
「サマンサ・ハッシュと申します。お見知りおきを」
何か色々間違ってない?
僕はロムロフ男爵家の三男坊だしサマンサ嬢はハッシュ子爵家の次女だから貴族家同士ではある。
だけどお互いにそんなに高位の身分じゃないし将来は家から離れて平民だよ?
舞踏会で会ったんだったら礼も当然だけど、ここはちょっと高級な食堂の個室だ。
一応お見合いなんだから「お見知りおきを」は変なのでは。
そんなことを考えつつ、もちろん顔には出さずに着席する。
向かい合ってさりげなく観察するとサマンサ嬢はそれなりの美少女だった。
すみれ色の瞳が淡い金髪にマッチしていて整った小顔を引き立てている。
細身だけど将来を期待させる身体つき。
いや僕だって健康的な青少年なんだから(汗)。
サマンサ嬢の歳は15歳と聞いている。
僕が17歳だから釣り合いはとれているか。
それから二人で話したけどあまり話は弾まなかった。
サマンサ嬢は口数が少ないというか、何を聞いても一言しか返してこない。
それはそれで大人しいという長所ではある。
結局、ろくに話さないまま解散になってサマンサ嬢は侍女に連れられて帰って行った。
僕が帰宅して自室で明日の講義の予習をしていると父上に呼ばれた。
「どうだったサマンサ嬢は」
「どうって。大人しい人でした」
「上手くやっていけそうか?」
「僕の方は」
慎重に答えておく。
すると父上は溜息をついた。
「そうか。ハッシュ卿は学園の先輩でな。是非にと言われたんだがお前が嫌なら断ってもいい」
「そうなのですか」
てっきり政略的……はうちみたいな低位貴族家にはあんまり関係ないからむしろ縁とか金銭的な理由だと思っていたんだけど。
「ああ。サマンサ嬢は何というかあれだな。夢みたいな事ばかり言っているそうで、親としては早く結婚させたいらしい」
「僕としては異存はありません」
「そうか。なら婚約でいいな?」
そういうわけで僕に婚約者が出来た。
ちょっと不安ではある。
将来のこととか妻子を食わせていけるのとか色々あるけどまあ。
僕が三年制の学園の最上級生に上がったと同時にサマンサ嬢が入学してきた。
でもあまり接触がなかった。
三年目は忙しいんだよ。
学業と同時に就職にも力を注がなければならないから。
それでも頑張って月に一度はデートしたり贈り物したりしていたんだけど。
「アレク様はなぜ騎士の真似事をなさるのですか?」
突然聞かれた。
「なぜって授業の一環だし」
「アレク様は文官志望なのでしょう? 練習試合とはいえあのような無様な負け方をするなど恥ずかしいです」
いやあれは相手が既に騎士団見習いに決まっているアーサーだったからで。
別に奴が侯爵家の次男だからじゃないよ?
「参加しないと単位を貰えないんだよ」
「そんなものは必要ありませんでしょう!」
怒らせてしまった。
サマンサ嬢はそれからも容赦なく僕を非難し続けた。
曰くその肥満気味の太鼓腹をどうにかしろ。
曰くダンスが下手で恥ずかしい。
曰く美少女の私に合わせてもっとお洒落を。
たまらん。
僕はついに父上に願い出た。
「婚約解消したいです」
「そうか。やはりか」
案外あっさりと許された。
「ハッシュ卿からも駄目だったら断ってくれてもいいと言われていてな。どうもサマンサ嬢は変に意識が高いそうだ」
「そうなのですか」
「必要以上に貴族であることを意識していて何事にもより上を求めるというか。『モブでもこれだけ美人だったら』とか『ゲームには関わらないけど出来る限り上を』とか口走るそうで、お見合いの時は喋るなと命令されていたらしい」
ゲーム?
モブ?
よく判らない。
不思議ちゃんという奴だろうか。
「だから心配しないでいい。婚約解消の手続きは私の方でやっておく」
「お願いします」
ということで僕たちの婚約は速やかになかったことになった。
その直後にサマンサ嬢が僕の所に来て「あんたなんかいずれ平民でしょ! 婚約なくなってせいせいしたわ!」と吐かれたのはお愛想だ。
その後は関わる事はなかったけど、噂によるとサマンサ嬢は伯爵以上のしかも嫡男に積極的にアプローチしては玉砕しているらしい。
領主家とかは露骨に政略婚姻だから生まれた時から婚約者が決まっていたりするんだけどなあ。
しかも僕たちの世代には第二王子殿下や公爵家などの高位貴族家の子息や息女が多くてガチガチに固まっているし。
ちらっと聞いたけど男爵家の養女が無謀にも第二王子殿下に近寄って瞬殺されたらしい。
サマンサ嬢、やりすぎないようにね?
僕には関係ないけど(笑)。
ちなみにアレク君は文官志願といっても司法省のキャリアコースなので騎士団の単位も必要です。
将来的には騎士団の幹部に配属になるかもしれません。