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──子供の頃に感じたことはなかっただろうか。
歩けるのはアスファルトの白線の上だけで、その下には無間の闇が広がっていたり、建物から生み出される影から足を踏み出してしまえばゲームオーバー。
木の棒を拾ったら、そこは既に剣と魔法の世界。
草の蔓を斬り飛ばし、雑草を蹴散らした。
それらの世界は、「本当に」あった世界なのだ。
本当にあったはずの、世界なのだ。
大人になるにつれ、
失われていく感性。
キラキラと宝石のように輝いていた宝物が、ただのガラス片だと気がつくように。
同年代の多くの人は既に、その世界が子供時代特有の夢幻と悟り、次代にこの世界から卒業を果たしていった。
僕らはまだ、子供の頃の感性を捨てきれない者。
大人のなり損ない。
ネバーランドに魂を囚われし者。
この世界を卒業しなければならないのに、抜け出せない。
幻想大陸。
子供の心を持つ者だけが踏み入れられる世界。
絵具をぶちまけたかのようなパステルカラーの空には無数の島々が浮かび、天空の支配者たる竜が舞う。
──天空の支配者の逆鱗には触れてはならない。
白銀に輝く魚が踊り黄金に耀く財宝が眠る底知れぬ大海に舟を漕ぎ出せば、海原を漂う巨大な影が潜む。
──海を漂う巨大な影が空腹でないことを祈れ。
大いなる大地には白き線で結ばれた街々が点在し、多種多様な種族が白線の内側で明るく生を謳歌する。
──白線の外に足を踏み出さなければの話だが。
僕と友人と幼なじみの少女は、子供の頃からこの世界に入り浸っていた。
入り口……?そんなものはどこでもいい。
幻想大陸はどこにでもあるし、どこにもない。
違いは人の意識でしかないのだ。
例えば秘密基地の中。例えば夕暮れに染まる公園。例えば真っ暗な押し入れの中。例えば大人たちが寝静まった後の布団の王国。
どこでも入り口になり得るし、いつでも行くことができた。
僕らは時間の許す限り、フロンティアで面白おかしく冒険し続けていた。
……幼なじみの少女、水田真理が白線を踏み越えて煙のように消え去るまでは。
あの日以来、僕らはフロンティアに入ることが出来なくなった。
消えてしまった少女と共に、あの世界に心まで置きざりにしてしまったのだ。