第八話
図書館に俺は駈け出す。
わくわくする気持ち。
これが恋ってやつだな、としみじみと思う。
恋ってのは楽しいことばかりではない。
辛いこともある。
でも俺は思う。
恋をどんな時も楽しもうと。
ビートルズの歌詞でこんなことを言っていた。
愛ってのはもっとも簡単で、楽しいゲームのようだと。
愛ってなんだろう。
お互いが異性として意識し、言葉を交わすことから始まり、可憐な彼女の笑顔で明日への希望を抱き、胸を焦がすようなせつない夜を経験し、些細な違う異性との会話で激しく嫉妬し、自分の気持ちとは違う言葉でお互いを傷つけ、しかしそんなことを経験しながら、誰にも作ることのできない二人だけのダイアモンドのような綺麗で純粋な気持ちを、二人だけのゆるやかな時を感じ、抱き合いながら育んでいく。
ドカッと椅子に座る。
尚代先輩はいつものように本を読んでいる。
俺の方をちょっとみたが、また読書に戻る。
そんなマイペースなところもかわいい、と思った。
尚代先輩は空のような人だと思った。
なにも変わらずただ黙々と人々に時間を知らせる。
人は時に空に思いを重ねる。
なぜだろう。
きっと理解してほしいからだろう。
心の底から叫びたい衝動のような思い。
誰にも理解してもらえないようなそんなせつない思い。
それをわかってくれるような気がするんだ。
きっとそれは人間というものを越えたそんな存在。
そんなふうに慈悲深いとさえ思えるような瞳で尚代先輩は本を黙々と読んでいる。
「先輩って受験生なんですよね?」
そう俺は疑問を口にした。
「ええ。そうよ。」
尚代先輩は淡々と答えた。
「勉強しなくて大丈夫なんですか?」
「私勉強してるわよ。家で。」
「そうなんですか。努力は見せないんですね。」
「ふふふ。そんなふうに意識したことはないけど。」
そう尚代先輩は笑う。
勉強か。
勉強が好きな人がうらやましい。
勉強すれば、いい大学にいける。
そうすればきっといい会社に入れる。
そうすればきっとお金がもらえる。
きっと。
そうきっとなんだ。
先がみえない未来。
確かなものを得ようと人は努力する。
もしそのきっとがかなわないと人は絶望する。
そんな風に生きたくないと思った。
いつだって自分らしい、輝ける自分でいたい。
「今度デートしませんか?」
そう俺は思い切って聞いてみた。
「いいわよ。」
そうとびきりの笑顔で尚代先輩は言った。