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虹の向こうへ  作者: Rred
7/13

第七話

 「別れてくれないか。」

 そう切りだしたのは俺の方だった。

 「どうして?私何かわるいことした?」

 そう今にも泣きそうな表情で栄子は言う。

 

 「好きな人ができた。」


 そう俺は言った。


 別れを切り出すのはとても気が引ける行為だった。

 誰かを悲しませるのは嫌だ。

 大切な人ならなおさらだ。

 ある意味残酷な行為だった。

 しかし人間というのは時に残酷にならないといきていけない。


 「あの時の眼鏡の子ね。」


 「ああ。」


 「ひどい!!」

 そう栄子は悲しみと怒りと嫉妬の気持ちを吐きだすかのように俺に言った。

 

 「ごめん。これ以上付き合うのは栄子にとっても俺にとってもよくない。」


 「もう私のこと好きじゃないの?」

 

 「……。」

 俺は何も言うことができなかった。

 

 栄子は俺の方を懇願するように見つめた後、何も言わずに校舎の方にかけ出した。

 

 自分の気持ちは偽ることができない。

 もし栄子を好きでいられたらどんなに楽だろう。

 しかしそれは無理なことだ。

 俺は自分自身のどうすることもできない気持を呪った。


 沈んだ気持ちだった。

 

 だれとも話したくない気分。

 

 しかし尚代先輩には会いたかった。

 

 自分のどんな気持ちも尚代先輩なら受け入れてくれる気がした。

 

 先輩に会いに行こう。

 そう俺は決めると文芸部のある休館に向かった。

 

 廊下のタイルがはげている。

 あいかわらずさびれている。

 

 ここだ。

 

 少し緊張する。

 

 ガラッとドアを開ける。

 

 そこにはだれもいなかった。

 

 今日は先輩はくるのだろうか。


 いつも先輩が座っていた机。


 あれ。

 ノートがある。

 俺はそのノートに手をのばす。


 尚代先輩のものなのか。

  

 チラっと中身を見てみた。


 それは尚代先輩の日記だった。

 

 平坦な文体でただ黙々と日々の想いを書き綴っていた。

 

 これは見てはいけないものだな。

 

 しかし自分の好奇心に俺は勝てなかった。


 「八月一日 今日新しい子が図書委員に来た。松本亘君と言うらしい。あまりうまく接することができなかった。反省。」


 「八月十四日 今日亘君が話しかけてくれた。うれしかった。少し緊張したがうまく話せた。雨が降っていた。」


 「八月二十一日 亘君が本について話しかけてきた。素敵な子だな、と思った。それからすこし会話をした。なんだか弟ができたみたい。」


 そう俺のことが書かれていた。

 なんだか恥ずかしかった。

 

 「九月六日 亘君が泣いていた。なんだか私のことを思い出した。なにがあったんだろう。」


 「九月十日 今日有山先生に抱きついてしまった。でも有山先生はそれを拒否した。悲しかった。私の想いは叶わないだろう。でもそれでいい。きっとそれが一番幸せ。」


 「九月十四日 今日亘君が当番にこなかった。風邪でもひいたのだろうか。少し心配だ。」


 「九月二十一日 亘君が今日も来なかった。なぜか今日は亘君に会いたかった。」


 「九月二十八日 亘君が今日も来なかった。私を避けているのだろうか。そうだとしたらとても悲しい。」


 「十月五日 今日亘君と話した。女の子といた。亘君の彼女だろうか。やはり私を避けているみたいだ。悲しかった。大事な友達を失ったみたい。少し泣いた。」


 そう辛辣な気持ちが書かれていた。


 尚代先輩を今すぐ抱きしめたかった。

 そのくらい愛おしかった。

 

 パラパラとページをめくる。

 先輩が二年生のときだ。


 「四月八日 新しいクラスになった。うまく馴染めるかちょっと心配。」


 「五月四日 一緒にいた友達がなにかよそよそしい。なにか傷つけることでも言っただろうか。」

 

 「五月八日 私の机にひどい言葉が書かれていた。私なにか悪いことしただろうか。」

 

 「五月二十一日 悪口を言われた。言った人たちの中にはあの友達がいた。そのことが一番傷ついた。」


 「六月一日 私のかばんがなくなっていた。一生懸命さがしたらトイレにあった。みたくもないくらい汚されていた。傷ついた。」


 「六月六日 なんだか毎日憂鬱だ。ときどき私の存在を考える。生きるってつらい。」


 「六月二十日 好きな人が自分の悪口をいっているのを聞いた。」


 そこでぷっつりとぎれている。


 パラパラとページをめくる。


 「八月十日 とても両親に迷惑をかけた。ごめんなさい。」

 

 自殺未遂の後のことだろうか。


 「八月十四日 もう学校に行きたくない。有山先生が必至に励ましてくれた。嬉しかった。」

 

 「八月二十日 有山先生に連れ添ってもらって学校に行った。みんなまるで私のことをおかしい人みたいな目で見る。辛かった。」


 「八月三十日 有山先生がとてもやさしい。ごめん、と何回も言っていた。有山先生のことが好きだ。」


 「九月一日 有山先生の勧めで文芸部に入ることにした。有山先生と一緒の時間を過ごすことができる。嬉しい。」


 俺はもう見るのをやめた。

 

 それはあまりにも悲しい尚代先輩の過去だった。

 まるで自分のことのように心が痛んだ。


 ガラ。

 扉が開いた。

 尚代先輩がそこにはいた。

 

 ちょっと驚いたような顔をみせる。

 「それ。」

 

 ん、このノートのことを言っているのだろうか。


 「見た?」

 ちょっと怒ったように尚代先輩は言った。


 なにもこたえられない俺。


 「これは見ないで欲しかったな。」


 尚代先輩の言葉が棘のように俺の心に刺さる。


 「すいません……。」

 

 尚代先輩はそのノートをとって文芸部を出ようとした。

 

 「先輩!」


 俺はそう叫ぶように言った。


 「何?」


 「俺、先輩のことが好きです。」

 

 そう俺自身信じられない言葉を俺は言った。


 きっと俺の中で強く先輩に伝えたかったんだと思う。

 いままでの想いを。


 尚代先輩はあきらかに動揺しているようだった。

 ちょっと顔が赤くなっている。


 ちょっとした沈黙があった。


 そして尚代先輩は思いおしたように言った。


 「私も好きよ。亘君のこと。」


 伝わった。

 そう俺は思った。

 人間の思いなんてほとんど伝わらないとおもっている。

 言葉にそれをだしても、自分がどれほど切なく感じたかどうかは本人にしかわからない。

 でも尚代先輩は俺の気持ちを分かってくれている気がした。

 もし伝わらないことがあったとしても、これから伝えていこう。

 愛という気持ちのカケラを交換していくように。


 「一緒に帰りませんか?」

 

 「ええ。」

 女の子らしい尚代先輩はとてもかわいらしくそう言った。


 イチョウ坂をゆっくりくだる。

 まるで俺と尚代先輩の恋のようにゆっくりとイチョウの葉は紅葉し始める。

 夕方のやさしい光がその葉が透けてしまうほどキラキラと照らす。

 道路とオレンジの光のグラデーション。

 それはまるで神様が俺達のためにつくってくれた贈り物のようだった。


 なにを話そう。


 そう迷っていると尚代先輩の方から話しかけてくれた。


 「有山先生はとてもいい人。有山先生と私にはなんの関係もないから。」


 「わかってます。」

 そう俺は言った。


 「俺尚代先輩のこと大事にしますから。」

 

 「ありがとう。」


 俺と尚代先輩は見つめあった。

 

 とても気持ちのいい時。

 

 永遠にこのままでいたい。


 俺と尚代先輩は優しくキスをした。



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