第四話
つたない文ですが読んでくれたらうれしいです。
ここからみえる景色はかなり気に入っている。
教室の窓からぼんやり俺は眺める。
行ったことのない場所が見える。
でも行きたくない、と思った。
行ってしまったら、がっかりするだろうから。
なんだこんなもんか、と。
永遠にこの景色のまま、お気に入りの風景であってほしい、と思った。
「おい、亘。お前さっそく新しい彼女見つけたのか?」
そう佐々木武は言った。
「なんのことだ?」
そう俺は聞き返した。
「おいおい、とぼけてもむだだぜ。あの眼鏡の文芸部員さ。」
尚代先輩のことか。
「俺と先輩はただの友達だ。」
そう俺は言ったが、友達という言葉がなにか虚しい響きをもっていることに気づいた。
俺と尚代先輩はただの友達なのだろうか。
俺と尚代先輩とはなにか特別な絆があるんではないのか。
「でも、悪いことは言わねえ。あれはやめとけ。あんな暗い女のどこがいいんだ?本しか友達がいなさそうじゃねえか。それに変な噂もあるしな。」
どろり、と暗い感情が俺を流れる。
「変な噂?」
そう俺は聞き返した。
「ああ。たしか彼女が二年だった時だったかな。自殺しようとしたって。」
ひんやりと冷たい刃が俺の頬をスルリと切ったような、そんな衝撃を覚えた。
驚くほどその刃は冷たかった。
心を壊してしまうくらい。
尚代先輩の横顔が浮かんだ。
あの壊れるほど繊細で可憐な笑顔。
夢を語った時の少し意志を宿した瞳。
彼女の心にはナイフが刺さっている。
彼女は強い。
凛としている、と思った。
彼女はけして自分の傷をみせるような仕草はなかった。
俺という人間に正面からぶつかってきてくれる。
「なぜ?」
そう俺は茶髪頭の佐々木武に聞いた。
「いじめがあったって。」
そう佐々木武はなんの躊躇もなく言った。
俺は教室を飛び出していた。
尚代先輩に会いたい。
ただそう思った。
俺は彼女に何をしてあげられるわけでもないが、ただ会いたかった。
彼女が今日のうちに、この世から消え去ってしまう気さえした。
尚代先輩にもう会えなくなるかもしれないことが怖かった。
尚代先輩は三年生だ。
何組かは分からない。
一組から三年生の教室を見る。
尚代先輩らしき人はいない。
二組、三組を順に見る。
しかし彼女の姿はなかった。
「おい。なにかあまり見かけない顔だな。」
そう先生らしき人が声をかける。
その人は有山とよばれる年配の先生だった。
「太田尚代という生徒をさがしているんですけど。」
そう俺は言った。
「太田か。君は太田の新しい友達かな?」
「そういう感じです。」
そう俺はあいまいに答えた。
「そうか。彼女なら文芸部の部室にいるんじゃないのかな。」
「ありがとうございます。」
そう俺は答えると、有山は俺の肩をポンポン、と叩いて言った。
「彼女はああみえてもろいところがあるからよろしくな。」
俺は有山にはい、と答えて文芸部に向かった。
文芸部のある場所は本館からは別の、旧館にある。
ここに彼女はいるのだろうか。
古くなった廊下を歩く。
なにかかび臭いにおいがするのは気のせいだろうか。
ここだ。
俺は文芸部の前に立ちつくす。
どう彼女に接すればいいんだろうか。
ゆっくりとドアを開けた。
尚代先輩がいた。
とても嬉しかった。
もう会えないかと思った。
死神に孤独な光を放つ尚代先輩の魂が持っていかれるイメージが頭の中にあった。
彼女の純粋な瞳はもう開かない。
そんなの悲しすぎる。
あまりにも不公平だ。
とにかく会えてよかった。
涙が出てきた。
「亘君。どうしたの?」
そう消え入りそうな高い声の中に、驚きの感情を持たせたように尚代先輩は言った。
「すいません。嫌なことがあって。」
そう言う俺の背中をやさしくさすり、俺を席に着かせた。
「そう。そう言うときは思いっきり泣くのがいいわよ。すっきりするから。」
そう俺に優しく言った。
いつまでそうしていただろう。
尚代先輩と俺の間には深い沈黙があった。
お互いなにか声をかけるとかいうようなことはしなかった。
沈黙が一番説得力を持った言葉のように思えた。
きっとこうゆう時は言葉なんてなんの役にも立たない。
尚代先輩もそれを理解しているようだった。
今はなんにも言葉はいらない。
ただそばにいてほしい。
俺と尚代先輩はまるで世界で一番理解しあえているような気さえした。
「尚代先輩って文芸部なんですね。」
そう声をかけたのは俺の方だった。
「そう。ずっと私はここにいた。」
そう尚代先輩は言った。
「私はここにいるから。」
そう尚代先輩は言った。
「もう俺は帰ります。ありがとうございました。」
そう俺は言った。
「俺は尚代先輩の味方ですから。」
そう俺は最後に言った。
読んでくれてありがとうございました。