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元魔王、復活する。

 世界の果てのそのまた果て。



 標高3万m以上の山。超低気温と低酸素で登頂することは不可能に等しい。

 常に絶え間なく毒霧を噴出する大きな沼。周囲10km範囲内の生命は朽ち果てた死の空間。

 毎日活発な噴火を繰り返す火山。常に噴き出す大量のマグマで大火事と爆発が絶え間なく起きる。

 氷点下200℃を下回る氷原。何もかもが凍りつき、無音の世界。

 そんな到底生命が住むことができないような環境を越えた先に、それはあった。



 そこにはかつて、大きな城があった。

 城の主は何世紀にも渡り人と戦いを繰り返し、名前だけで人々は恐れ慄き、姿を見れば魂を抜かれるという恐怖の存在。血と戦いを好み、暴虐のままを尽くした悪魔。

 人々はその城を魔王城と呼び、討ち滅ぼす者を待ちわびていた。


 そしてその時は何の前触れもなく、突然現れた。

 ほんの数人の小隊が魔王討伐遠征へ出発し、何千人もの人々が命を落とした過酷すぎる道程を乗り越えて魔王城に辿り着き見事撃破。

 魔王の率いた恐るべき軍勢は散り散りとなり、その残党をも彼らは討伐していった。


 民は魔王を倒した者たちを『勇者』と讃え、世界は魔王の支配から解放されて平和が訪れた。








「…という話だ。めでたしめでたし」


 目の前の女はそう言うと、読んでいた紙を丸めて捨てた。

 ブロンドのショートカットが風で揺れ、軽く手で押さえる。


「どうだ?」

「いやどうだって言われてもな」

「感想を言えと言ってるんだ。今度絵本にしようと思ってな」

「あぁそういう事」


 感想か…。

 とりあえずツッコミどころは多いなぁ。


「1つ目に、物語部分がほとんどない。絵本にしたら2ページで終わりそうだ」

「残りは私直伝である実戦用剣術訓練を書くのはどうだ?」


 ゲリラ兵でも育成する気か。


「2つ目に、登場人物が全然いない。これじゃ子供は食いつかないぞ」


 ただのあらすじだこれは。

 どんな登場人物がどんな風に冒険するのかとか描かなければ。

 そして次が一番気になったところ。


「なんでそれをさ、()()()()()見せに来たの?」

「有識者の見解を聞こうと」

「有識者っていうか俺張本人だからね!? まずお前も張本人だぞ()()()()!」


 そう叫び前の目に座り込んでるアホ勇者をぶっ飛ばそうとするが、体は1mmも動かない。動けない。

 それもそうだ。

 今、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()。身動きが全くできない状態だ。例えるなら甲羅から頭だけ出してる亀みたいな。

 手も足も出ないとはこのことだ。




 この絵本もどきのように、5年前俺はコイツ、シェリル・ハーロックに負けた。

 魔王城は解体され、その跡地に俺はこうして岩の中に封印されてしまった。

 周りには魔王城の瓦礫しかなく、だだっ広いゴミ山のような場所になった。

 この5年間誰一人来る者はいなかったが、コイツが突然やって来たと思ったらよく分からんお話を始めたのだ。


「…で、お前の目的は何なんだよ。わざわざ5年前に封印した奴のところまで、しかもあんな道通って来て」


 絵本に書かれていたここまでの道のりはほぼ事実だ。魔族でも辿りつくのは難しいが、シェリルは無傷でやってきた。5年前も、今回も。ただ絵本の話をするためだけに来るわけがない。

 するとシェリルはその冷ややかで涼しげな目で俺をチラリと見た。


「そうだな。本題を話そうか」


 そう言ってシェリルはおもむろに立ち上がると腰辺りに差していた剣を引き抜いた。サーベルより細身だがレイピアより太く、美しい金属の光沢がある。東洋の『カタナ』という武器だ。

 シェリルは引き抜いた『カタナ』の刃をゆっくりと俺の首に置いた。


「おい! 待て待て待て、本題ってあれか!? 俺を殺しに来たのか!?」

「近年、魔族の活動が急激に活発化している。今はまだ森の中で騒ぎ出したり、辺境の小さな村の近くまで現れるようになったくらいだが、このままではまたお前が魔王やってた時のような暗黒の時代が訪れるかもしれん」


 魔族が活発化? 何でだ?

 何も指示は出していないはずだ。まずあいつらに会ってすらいない。

 コイツ魔族の活動を抑えるために俺に止めを刺しに来たのか?


「俺を殺したってアイツら止まらねェって! 召喚獣(サーヴァント)とかなら消滅するけど、魔族は違う!」

「王国の元老院は協議の結果、貴様を始末することとなった。彼らの決定は絶対だ、私のようなものは反論できん」


 俺は魔族を統制し支配、軍隊として使っていたが、アイツらは1人1人自分の意思で行動する。

 5年間魔族がここに来たこともないし、もちろん指示も出していない。つまり、活発化は俺の意思じゃあない。

 ……よく考えたら5年間誰も来ないって薄情な奴らだ。

 しかし、そんな俺の言葉を聞きかず、シェリルはゆっくりとカタナを振り上げて頭上でピタリと止めた。


「待て、考え直せ! 俺は無関係だ!」

「魔王らしくない。命乞いとは惨めだな」


 シェリルはそう冷淡に告げると何の躊躇いもなく、カタナを振り下ろした。


 ()()()()()()()()()()()()()


 カタナはまるでバターのように岩を両断した。何かが当たる音もなく、すんなりと刃が入っていった。

 半分くらいまで刃が通ったところで、シェリルはピタリと止め、カタナを引き抜き鞘に納めた。

 キンッという音からそのカタナと鞘の高い純度と硬度が分かる。


「何マヌケな顔をしている。封印魔法は断ち切ったからただの岩だ。残りはお前の力で出られるだろう」


 そういえば…、確かにだんだん体の奥底から魔力が湧き出てくるのが分かる。

 魔力が血管を瞬く間に巡り、体中に渡った。全身の毛が総立つような感触と、鳥肌が立つほどの強烈な衝撃。


 5年ぶりの感覚。俺の魔力が戻ってきたのだ。


 手始めに魔力を放出し、俺を縛り付けてきた岩を一気に吹き飛ばした。

 シェリルの方にも破片が飛んだようだが、彼女はいとも容易く全て払いのけた。

 しかしそんなこと関係ない。

 実に五年ぶりに体を動かしたのだ。周囲は濃い毒霧で覆われているが、スゥッと晴れ渡るようなすがすがしい気分だった。大声で歌いながらダンスでも踊ってやりたい気分だ。


「ふぅぅぅ…!」


 大きく息を吸い込み、はき出す。空気がうまい。毒の味がするがスッキリした調子になれる。

 そう久々の自由を全身で感じ取っていた俺の隣で、シェリルは淡々とまた新しく小さいメモのような紙を取り出し、それを読みながら話し始めた。


「鹵獲した魔族への拷も…もとい、取り調べの結果、お前とは違う魔力の契約魔法が取り付けられていた。魔力は一個体ずつ違い、同じ波長の魔力を持つものは居ない。つまりお前じゃない何かが魔族を………」


 彼女の言葉を遮るように、俺はシェリルを左ハイキックで下顎から蹴り飛ばした。

 砕けるような鈍い音が響いてくる。

 シェリルは無言のままだ。どうやらあまりに唐突で反応できず、モロに食らったらしい。


「そしてこのままもう一撃ッ…!」


 間髪入れず右脚で飛び上がり、勢いで体を捻りながらこめかみに向けて回し蹴りを叩き込む。

 その瞬間的に受けた俺のコンボにより、成す術なくシェリルの体は思いっきり吹っ飛んでいく。


 ……はずだった。


 シェリルはその場から微動だにせず、飛び上がった俺の体は地上に降りるどころか右脚を上にして空中でブランとぶら下がる形になった。

 なんで?


「王っていうのは、どいつもこいつも人の話を聞かない奴ばっかだな」


 溜息をつきながら、とてもめんどくさそうにそうシェリルは呟いた。

 見るとシェリルは俺の足首を引っつかみ、まるで〆た鳥のように俺を持ち上げていたのだ。

 蹴り上げた顎も少し赤くなっているだけで特に痛くなさそうである。

 ……ん?


「あの『ゴギッ』って感じの音は?」

「自分の左脚を見てみろ」


 言われた通り左脚を見上げる。

 足首が捩れてつま先が明後日の方向を向いていた。


 遅れてやってきた強烈な激痛に叫びながら悶える。まるで本当に締められる前の鶏だ。

 裸足であるため、みるみる変色していくのが見て分かる。

 その光景を見たシェリルはまた呆れたように息をついた。


「お前の顎は鋼鉄か何かか!?」

「ただの生身だアホ」


 全力のハイキックした足が折れるってどんな生身だよ。


「お前は折れた足くらい治癒魔力ですぐ治るだろ」

「治るって言ったって痛いもんは痛いわ!」


 足を掴まれたまま喚くが、シェリルは何も聞こえないかのような態度だ。


「なんでこんなに力の差が……。もしや封印されてた影響で俺の魔力が格段に落ちたのか……!?」

「いや、お前の力は変わっていない。私が鍛えたからだ」

「どんな鍛え方したら5年でここまで差がつくんだよ」


 たった5年で俺の全力の蹴りがまったく通用しなくなるとか化け物かこいつ。

 中の1日が外の1年の長さみたいな部屋に入ったんじゃねぇの?


 するとシェリルは胸に着けられた甲冑の隙間から筒のようなものを取り出した。

 筒を広げると下に向け、俺に見えるように示してきた。

 なにやら文字が書いてあるが、細かい上に逆さまだから読みづらい。

 それをシェリルに伝えると、めちゃくちゃ大きな舌打ちが聞こえてきた。ちょっと傷つく。

 シェリルは片手で俺を持ち上げているまま、その紙の内容を読み始める。


「『ルーカス・ツワールツ・ワーグナー」

「ツワールツじゃない、シュヴァルツだ」

「うるっさい黙ってろ。……『ルーカス・ツワールツ・ワーグナー。長らく呪術石によって封印としてきたが、近年の魔族活発化の原因であるとの意見が出され、よって元老院長ハーンの名の下に封印刑からシェリル・ハーロックによる死刑へと切り替えることとする』という令状めいたものが出された」

「異議あり!」

「却下」


 俺の申し立ては即刻退けられてしまった。

 つまり元老院の言いたいことは『魔族が元気になった原因お前かもしれんから一応死刑』ってことか。

 自分たちで誰も来ないようなところに何も出来ないように封印しといてバカじゃない?


「だが、この決定には私も納得はしていない。さっき言ったがお前とは違う契約魔法が取り付けられているのに元老院はこれを無視しようとしている」

「じゃあ死刑にさせないように俺を助けに来たのか…? お前性格悪いと思ってたけど実は良いとこあるんだな……!」

「やっぱり死刑にするか」

「ウソウソウソ! 性格悪いまま!」


 慌ててフォローしたら思い切り顔を蹴られた。

 俺これでも元魔王だよ?


「助けに来たわけでもないが殺しにきたわけでもない。私はお前を秘密裏に監視下におくことに決めた」

「監視下?」

「その通り。()()()()()()()()()()()()()()()()()。こっそりな」

「連行って言ったってお前何処に……」


 瞬間、俺の頭が一気に上がった。

 シェリルが俺自身をカタナのように思い切り振りかぶったのだ。

 さっきまで昇りに昇りまくっていた頭の血がサーッと降りていくのを感じる。

 その感覚で強烈な眩暈がきたが、それも一瞬だった。

 今度は凄まじい勢いで振りかぶった俺を振り下ろしたのだ。

 とんでもないスピードで地面が迫ってくる。


「待て待て待てま


 そして俺の視界は真っ暗になり、意識を手放した。













「起きろ」


 声と共に冷たい何かが暗闇からぶつかってきた。

 その冷たいものは鼻や口に入りどんどん広がっていく。

 ……水だ!


「ゲホッ! ゴホゲホエホッ!!!」

「ようやく起きたか」


 目を開けるとコップを持ったシェリルが俺を見下ろしていた。

 お前が気絶させといてようやく起きたかってどういうことだよ。


 顔の水を振り払いながら辺りを見渡すと、ここは小さな部屋だった。

 ドアは1つ。そこから入って直ぐ横に衣装ダンスが置いてあり、その隣には姿見が立てかけられている。

 その他にはドアから一番離れた壁際に俺がいるベッドが置いてあるのと、その脇に小さな背の高い机があり、その上に赤い花が一輪入った花瓶があった。

 やけに明るいと思ったが、それはベッドの上にあった小窓から差し込む陽の光だった。陽の光なんて久方ぶりだ。

 天井は低いが、急な角度で斜めになっている。上に階段でもあるのだろうか。


「ここは?」

「私の家だ、ルーカス。お前を連行するといったろう」

「そうは言ってたけどお前の家とは……」


 温かみのあるいい部屋だ。

 ここがあのシェリルの家だとは到底思えん。


 するとシェリルは衣装ダンスの中からなにやら黒っぽい服を取り出して俺に投げ渡した。

 他にも白いシャツなどポイポイと投げ渡してくる。


「外で待つ。着替えたら出て来い」

「何で魔王の俺がテメーの言うことを……!」

「2分以内に出てこなかったら自分で自分の血飛沫を掃除させるからな」


 そうギロリと睨んでシェリルは部屋から出て行った。

 あれはマジでヤる目だった。


 ……まぁ? 着替えるくらいなら別にしてやってもいいし?

 別にシェリルが怖かったからおとなしく着替えるわけじゃないし?

 全然ビビッてねーし!


 そう自分に言い聞かせながらそそくさと着替え始める。

 だがその時、小窓が目に入った。

 ……あそこから出れるんじゃね?

 この木の壁をぶっ壊すの簡単だが音が大きい。シェリルにバレる可能性がある。

 あの窓開けて出れば音は鳴らないし、小さい窓だがある程度骨を外すくらいの無茶をすれば出られそうだ。


 そうと決まればさっさと逃げてしまおう。

 変な笑顔が漏れ出るが、それも仕方ない。

 あのアホ(シェリル)の悔しがる姿が目に浮かぶ。

 ここを出たら町で大暴れしてシェリルが俺を殺さなかったことを知らしめてやろう。

 そうすればアイツの立場も危うい。

 そして小窓を開けようと触れた瞬間。


 ボンッ


 そんな小さな音と共に触れた右手が吹き飛んだ。


「うごおおおおおおおおおおおっ!??」


 突然の痛みに悶えながら転がりまわる。

 あの野郎! 結界張ってやがった!!


「あと1分30秒!」


 外からシェリルの声が聞こえてきた。

 魔力を右手に回し、必死に止血しながら急いで着替え始める俺だった。














「2分4秒か……。まぁいいか」


 息を切らしながら部屋を飛び出した俺を見て、シェリルはそう呟いた。

 右手ない状態でネクタイ結ぶのはめちゃ大変だった。よく間に合ったな俺。


「しっかし、広いな……」


 部屋を飛び出して最初に目に入ったのは床に敷かれた赤いカーペットと、玄関であろう大きな扉の真正面にある壁に沿った大きな階段だ。

 俺の魔王城ほどではないが、広く、天井の高い玄関ホールだ。

 俺がいた部屋はこの階段の下に作られたものらしい。

 階段を上った先には扉とその両側に廊下が見えた。まだこの先に続いているらしい。

 玄関でその家の格が分かるとは言うが、ここはとても高級感にあふれる玄関だ。

 ちょっぴり悔しい。


「服のサイズは合っているか?」

「あ、あぁ。ピッタリだった。だけどよ……」


 そうだ。この服だ。着てる途中におかしいとは感じたのだ。

 黒くピシッとした黒の燕尾服、白いシャツ、蝶ネクタイ……。


「これってもしかして執……」

「もしかしなくても執事服だ」

「誰の?」

「お前の」


 こうキッパリ言われると更に混乱する。

 執事服? 俺が? 何で?

 頭の中が『?』でいっぱいになっている俺を見て、シェリルはまた溜息をついた。


「この屋敷の執事を勤めていた男が先日逃げ……退職してな。その代わりを探していたのだ」


 へー。執事の代わり。

 なるほど? 

 意味が分からん。


 頭が理解を拒否しているのか分からないが、薄々俺も気付き始めてきた。

 そしてシェリルが俺の肩に手を置き、こう言った。


「ルーカス、お前をこのシェリル・ハーロック邸の執事に任命する」


 この日から、この一言から、5年前以上の悪夢の日々が始まるのだった。

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