No.2 草むしり
「神様ァ!!不公平過ぎませんか!!??」
「落ち着けサトミ、例外もあるのかも知れないだろう」
「でもッ...!」
そしたら、そしたら、自分はラノベ小説の主人公見たいにはなれないじゃない!!
嫌だ、その為に異世界転生したようなものなのに、超能力が持てないだなんて、そんなこと嫌だ...!足手まといになってしまうし、迷惑をかけてしまう。
何より、当初思い描いていた異世界の人達を導き、支える役を担う自分の理想像が崩れてしまう。あの、カッコいい理想像が。
「...そんな...」
あれ、何だかお腹が空いてきた。
しかも、視界がどんどん狭まってく...。
そう思ったのを最後に、聡美は地面に崩れ落ちた。
***
「...トミ...。起きれるか?」
眼が覚めると、眼の前には丸太を重ねて出来た天井に、あの浅黒めの黒髪イケメン。
...って、近すぎません!?!?
幾ら何でも、まだ未婚の女性に其処まで近づくだなんて、そんな...。ハードルが、高すぎませんか...。金色の混じった、漆黒の瞳を瞬きながら、彼は続ける。
「君、余程...力が弱いようだね」
「...え?」
彼の顔が近いことなんて忘れて、ベッドの中で、呆気にとられたままの自分に、躊躇うような口調で一瞬止まった後、彼は口を開いた。
「異世界転生して、どうやら気絶してしまったようだが...」
「...が?」
「...異世界転生というものは、此処では所謂『魔法』と同じ扱いを受ける。そして、『魔法』が使える者は...」
「使える者は!?な、何なんですか!?」
「使える者は、一回『魔法』を使ったぐらいでは気絶はしないんだよ。しかも、異世界転生者なら尚更丈夫で気絶はしない」
...
......
.........
............え?
***
ねえ、こんなことってある?
有名企業には入れなかったけれど、今までブラック企業で汗水流して働いて、それで30歳なる前に死んじゃって、しかも転生先が『魔法』さえ使えない肉体だなんて???
しかも、どうやら話を聞いた限りでは、此処に住んでいる住民達は、大体小さな『魔法』だったら使いこなせはするらしい。
つまり、私は現地人以下の存在。
神様、ちゃんと仕事してくれない?
魔法も超能力も使えないのなら、私が異世界転生した意味なんてないじゃない!!!
「サ、サトミ、元気出してくれ!あ、ほら、これ俺の猫、触ってご覧!」
「...あ、ありがとうございます...」
なんか、とても気を使われているよね、うん。
ごめんなさい、ありがとうございます、と言って、聡美は彼が持っている猫を見つめた。腕の下で、不服そうな顔を浮かべながら、足をぶらーんとさせている。
そろり、と指を動かすと、聡美はその猫の額を撫でようとした。指が、額につく。
「痛っ!?」
その瞬間、聡美は痛みを感じて指を咄嗟に離した。猫は、相変わらず不満そうで、不服そうな顔をしながらも、その毛を逆立たせて、猫を睨んでいる聡美に対抗する。
「あっ、またお前はッ...。あれ程、初対面の人に『電気魔法』を使うな、と言っただろう!」
えっ、『電気魔法』?
猫にも使えるの?それなのに、人間の私には使えないの??
なんか、泣きそうなんですけど、それ。
もっと気が沈んでいく聡美と、慰めが失敗して慌てているタルヤとは裏腹に、タルヤの猫は、パリパリと『電気魔法』を使い毛を逆立たせながら、何処か満足そうな顔で欠伸をした。
***
タルヤは、意外と良い人だった。
それこそ、最初は自分のことを変に見ているという印象もあって、中々打ち解けなかったものの、どうやら彼は彼で色々苦労していたらしい。
私の体力回復と、療養中に聞いた話によると、この世界は今、あまり高い経済水準位置にはいないと言う。
低い経済水準、つまり何の位此処の世界が貧困で苦しみ、喘いでいるかの比率は、ほんの一部の富豪層の比ではないらしく、大抵は人口増加も富士山型から変動はしていないらしい。
所謂、『多産多死』という形だ。
彼は、その貧困から、自分の住んでいる、故郷でもあり、今私がいる、此処イェゴ村を救う為にも、王都に行き『異世界転生術』をマスターした、と言っていた。
エリートってやつかな?
「イェゴ村だけじゃない...。此処には、表面上では見えなくても、日々の貧困に苦しんでいる人達は沢山いるんだ。そして、それを救う人達こそが、『異世界転生者』なんだよ」
だから、私を異世界転生させたのだと言う。
何で私が選ばれたのだ、と問うと、その時に死んだ奴の中からランダムに選ばれたのだ、と返ってきた。
ガチャか何かかな?
さしずめ私は、ノーマル以下、って所だろうな、はは...。
取り敢えず、そういう風に、故郷を救おうとと頑張っている健気な男性なのだと言うことは分かった。しかも、こんなイケメンが故郷の為に頑張る、と言っているのだから、余計に感無量の極みだ。
「わっ、私も、何か手伝えることがあったらしますよ!」
「...そうか、ありがとう」
やっぱり、気を使われているのかな。
タルヤは、貧困を話していた時の強張った顔を、少し緩めて微笑むと、「じゃあ、ゆっくりおやすみ」と言って部屋を出て行った。
***
「...とは言ったけど」
確かに、手伝えることがあったらする、と言ったけど。
何をすればいいのか分かんない!!
此処一週間程、ずっとタルヤの家で寝起きしているし、イェゴ村がどんな感じかも知らない。知っていることといえば、最初の転生先のあの荒野ぐらいだ。
「...草むしりでもするか?」
大の大人、しかもアラサー近い女性が、異世界転生して草むしりをするだなんて、どんな喜劇だろうか。只々虚しいことこの上ない。
...少しでも、あの志高い彼の助けになれれば良いのに。
「草むしりしよう、うん、そうしよう」
尚、此処まで独り言である。
一人で妙に納得した聡美は、イェゴ村を見ることも兼ねて、家の外に出た。
***
「よいしょっ!」
草を引っこ抜く作業をひたすら続ける。
もし、何か能力を持っていたりとかしたら、今頃修行に行ったりとか、学園に行ったりとか、そんな展開になっているんだろうなぁ...。
王道の展開だが、それでも読んだら羨ましいと思うのが性である。
そして、本来なら自分も、チート級の能力を持っていた...はずなんだが。
「はぁぁ〜...」
「あ、あのっ!!!」
溜息をついていたら、一人の少女が此方に歩み寄る。
「...もしかして、異世界転生者様?」
草がぶちり、と勢い良く抜けた。