閑話 ナウット君
「...サトミ、か...」
手に持っている、千切れた紐を見つめながら、俺はそう呟いた。知らないかもしれないから一応名乗っておく、俺の名前はナウット・グレーと言う。グレー、灰色。
あまり良い意味には聞こえないこの名字を、俺は無いことにしている。
にしても、俺は今あまり会いたくない人がいるわけで...。
「あっ、ナウット君!」
...噂をすれば、かな。
其処には、今一番会いたくない人が立っている。
手をひらひら、と動かして此方を微笑む彼女の胸に、俺は昨日、嘔吐物を出したばかりだ。とても、会える顔はない。気まずい。とても会いたくない。
「風邪、大丈夫?もう治ったの?」
止めろ、気遣いをしないでくれ。
俺の罪悪感が更に募るから。そう思いながら、俺は頷く。
「...あの、服」
「良かったぁ、ナウット君が治って。ごめんね、悪い思いさせちゃって」
ふわり、と笑う彼女。
微笑んだ顔が、太陽のように明るくて、それでいて花のように優しく包み込んでくれる。太陽のような、劇的な眩しさじゃなくて、優しい...。
...?
......何か、今...?
「服なら、大丈夫だよ。沢山洗ったから、もうすっかり綺麗になったもの」
嘘だ。
分かっている。彼女の腕まくりされた服には、袖まで石鹸のあとが付いていて、沢山沢山洗ったんだろうけれど、彼女が今住んでいるタルヤ様の家には、洗濯物は何もかかっていなかった。
行ったんだもん、それで...謝りたかったのに。
色んな思いが、溢れてきて、何から言えばいいのか分からなかった。
これらを、形容する言葉が見つからなくて、無言になってしまった。
「そうそう、これ食べる?山菜の天ぷら、試作品だけれど」
にこり、と笑って『天ぷら』がのった皿を差し出す。躊躇いつつも、俺はそれに手を伸ばして、食べた。
...美味しい。
「...ど、どうしたの!?不味かった!?」
いつの間にか、涙が流れていたらしい。でも、一体、何で涙なんかが...。
「ま、不味くはない...」
「そっかぁ、良かったぁ」
違うんだ、そんなことを言いたかったわけではない。
すごく美味しい。この『天ぷら』とか言うの、多分俺が食べた中で一番美味しくて...温かい、品だ。
でも、感想を言おうとすると、胸に、喉に支えて言えないんだ。
「あのね、私、こうやって、ご飯とか作って支えることは出来るんだ。だから...お荷物に、ならないように頑張るね」
違う、俺の言いたいことは...。
「だから、ナウット君も、昨日みたいに無理はしちゃ駄目よ。言いたいことがあるのなら、ちゃんと言ってね」
...此奴、まだ俺の心配を...?
......そっか、俺も...俺も。
心配されても、ちょっとなら甘えてもいいのかな。
「...とう」
「え?何か言った?」
「...いいや、何も言ってないよ」
まだ言うのは、良い。でも、もうちょっとしたら、ちゃんと、ちゃんと。
言ってやるんだから。
ありがとう、と。
この思いが、初恋に発展するのは、まだ少し先の話。
聡美は鈍感な所もあるので、まだナウット君の気持ちにも気付かないでしょうね...。
ナウット君も、あれでいて恥ずかしがり屋の良い子なので、聡美に告白しよう、とかは思えないんですよね、まだ今の段階では。まず、自分の気持ちにも気付いていなさそうですけど。
何時か親密になったら...とか思っている...らしい?
次はレーナちゃんの閑話かな?そろそろおニューの子供キャラを登場させようかなぁ...子供達がいると、明るい話になりますよね。




