中身おっさんの悪役令嬢ですが、婚約破棄を破棄されました
下品な表現があります、苦手な方は回れ右でお願いします。
「フレデリカ様!」
侍女の制止を振り切って、公爵家の令嬢であるフレデリカ・バッカスノートは馬車に飛び込んだ。
たった今、フレデリカは舞踏会の開催されている王城の大広間で、この国の第1王子に婚約破棄を言い渡された。
よくある乙女ゲームのテンプレらしいが、フレデリカにはよくわからない事だった。ただ、王子の横にいる可愛らしい少女に散々意地悪をしたのは本当のこと。
だって、少女本人がそう望んだのだ。可愛い女の子に涙を浮かべながら「お願い、私をいじめて下さい。」なんて言われたら、
────この子はそういう性癖なのかな、こんなお願い恥ずかしかっただろうに、よしできる限り叶えてやろう!────
とフレデリカが決心するのも無理からぬ事じゃないか?
そうして意地悪をした。少女の秘密のお願いはどんどんエスカレートして、最終的には学園の階段から私を突き落として!なんて恐ろしい内容になっていた。フレデリカが断ろうとすると、
「大丈夫、私は死なないの。主人公補正がかかってるから、運はいいのよ!」
なんて小悪魔っぽい笑顔で言ったのだ。
ダメだダメだと思いつつも、
「お願い♡」
とウインクされたら、何か抗えない力がフレデリカの手を動かして、少女の華奢な背中をトン、と押していた。
優しく触れたと思った瞬間、少女はダァン!と力一杯床を踏み切って信じられない身体能力でクルクルっと前方宙返りをしながら階段の下の踊り場にシュタッと着地し、その勢いのまま受け身を取りつつ踊り場を転がって行った。転がり進んだ先には、廊下を歩いていた学園長がいて、悲鳴をあげた。
パタリ、とそこで転がるのをやめた少女の右手が床に落ちた。左手は学園長から見えない位置で、フレデリカにあっち行け、とサインを送っている。
フレデリカは頷くと、小走りでその場を去った。
そして今日、いつもはエスコートしてくれる婚約者の王子がなんでか来られないと言い出し、仕方なく従兄弟に連れてきてもらったら、断罪されたのだ。
なんでここで?とか婚約破棄ってそんな表立って言う事なのか?とか疑問はあったが、少女からあらかじめそんな流れになるかもとは言われていたのだ。面白い冗談だなと思っていたら本当になってビックリしている。
フレデリカはその場に居るのが限界だった。無言で震えながら礼だけをすると、踵を返して従兄弟の制止の声も聞かず走り出した。
淑女としてはしたないかもしれない、しかしあんな衆目監視の中みっともない姿を晒すのはもっとはしたないではないか!
馬車に駆け込んだフレデリカは、まず放屁した。
ブボン!と大きな音がした。
マジ限界だった、くっさいくっさい。
次に手鏡を取り出して、鼻毛を素手でブチんと抜いた。
「なんか一本長いのがあると思ったんだよな!出かける前は見落としてたぜ〜。」
逆側の鼻の奥には大きいハナクソがいるようだ。人差し指でほじる。
ついでに、ゲフゥ〜とゲップもしといた。
シャンパンを飲んでいたらゲップがしたくなったのだ。
どれも我慢して、人目につかない場所でどうにかするか、こっそりすかしたり扇の陰でほじったり抜いたりしようと思っていたのに、王子のせいで注目されてしまい難しくなった。そのうち注目されている緊張からか、色々限界になってしまったのだ。
ああスッキリした、と大股を広げて座っていたら、
「お待ちください!」
「いいから通せ!フレデリカ!フレデリカ!僕が悪かった!」
王子と侍女のもめている声が聞こえた。
「なんだぁ?面倒クセェなあ。婚約破棄したんだからほっとけよなぁ。」
フレデリカがしぶしぶ馬車の扉を開けると、王子が泣きそうな顔で
「愚かな僕を許しておくれ、愛しのフレデリカ。僕は何か悪い魔法にかかっていたようだ、名前も知らない少女が僕を操っていたんだ!」
と足にすり寄ってきた。
ああ、そういえば自分も少女の言うことには抗えなかったなあ。フレデリカは、操られていたという言葉に納得した。
「その少女はどうしたんだよ?」
「王子ルートはツマンネ!って叫びながら勢いよく広間の窓を突き破って闇夜に消えたよ。あれは悪魔だったに違いないよ!」
「そうか。」
「フレデリカ、愛しのフレデリカ、僕にどうか罰を与えてくれ!」
足元に這いつくばった王子が、期待に満ちた目でフレデリカを見上げた。
フレデリカは王子が望む通り、蹴っ飛ばしてやった。
「あぁっ、フレデリカ!容赦のないその蹴り、やはり僕には君しかいない!」
「へいへい。」
王子は変態だった。そして、中身が転生したオッサンのフレデリカは王子の性癖を理解している数少ない人間であった。容赦がないだけとも言う。
フレデリカの家族は、家の中でもオッサン丸出しのフレデリカの嫁ぎ先はどこだっていいと思っている。
王家は、王子の性癖はどうしようもなく、名ばかりの夫婦でいいと思っている。
そんな両家はお互いにこの婚約者以外は考えられないと合意していた。
王妃は務めるが、夜の務めは無理な事は理解してもらっている。将来的に養子を迎えるか、王子の性癖に付き合える側室をがんばって探してもらうしかない。
だから、あの少女が王子を本当に受け入れてくれるならそれでも良かったのに。
フレデリカはため息をついた。
その日の舞踏会は伝説になった。婚約破棄は即破棄されるという茶番。ガラスを破って闇に消えた少女は誰の記憶にも曖昧なものとしてしか残らず、名前すら思い出せない。変わった演出をしたけど先進的すぎて失敗したんだろうと言う噂だけがまことしやかに流れ、舞踏会に招かれた際には「婚約破棄をするという面白い演出はやめてくれよ!」というジョークが流行った。
きっとどこかで、あの身体能力と、人を魅了する力を使って楽しく過ごしているんだろう。
フレデリカは、たまに少女を思い出す。
何がしたかったのかはよくわからないままだったが、次にいじめてくれと言われたら、今度はもっと上手くやれそうな気がするのだ。
フレデリカは「悪役令嬢」に本当に目覚めたのかもしれなかった。