魔法の使えない魔女は、いかついグリズリーみたいな騎士に恋をする
シャーロットは生まれて初めて燃えるような恋をした、つい最近のことだが。
シャーロットは魔法専門店をやっている。
彼女の店は育て親の魔女の老婆から引き継いだものだ。だが、彼女は老婆の実の娘ではない。
赤ん坊だった彼女は森で捨てられ、魔女の老婆に偶然拾われた。子のいなかった魔女は彼女を我が子のように接し、これまで魔女としての教育を施した。今ではその老婆も亡くなり、村の近くの森で一人ひっそりと暮らしている。
老婆から教えを受けた彼女だが、魔法が使えるわけではない。
自分の店で売っている一部の道具について実際に効果があるのかも知りもしない。
カウンターで店番をしている時は、黒いマントと、これまた黒いとんがり帽子をしているが常衣ではない。あくまでセールス用の服装なのだ。とんがり帽子のせいで背中まであるロングヘアに橙色の髪とクリっとしたつぶらな瞳が帽子で隠れてしまうのはご愛嬌だ。
彼女は魔女だが、実際には薬師のような仕事をしている。
店ではカタツムリの殻、イモリのシッポなども取り扱っているが、それらは黒魔法の儀式に使うものではない。薬剤として用いるのだ。魔法店では薬草を煎じた胃薬や精神を落ち着かせる薬などを販売している。
シャーロットの店は、麓の村でも中々好評で、薬を目当てに客が押し寄せる。
怪我に利く薬を買いに来る客もいるのだが、もっぱらの彼らが買っていくのは媚薬だろう。
さらに、倦怠期の夫婦からの性生活の悩み相談も多い。そんなことを聞かされるのは口の堅い彼女の人柄もあったかもしれない。他に娯楽もない村なのでしょうがないといえば、しょうがないが。その影響でシャーロットは耳年増になってしまった。
村人とも比較的仲良くやっており、村人は暇が出来れば彼女にどうでもいい世間話を打ち明ける。そんな日常のおかげで、シャーロットは一人身だが、そこそこ楽しく暮らしている。
結婚相手が現れないのが、彼女の唯一の悩みだろう。
◇
ナ・ガーノ領カ・ルイ・ザ・ワムーラ村。
それが私の暮らす村の名前だ。
寒村な所ではあるが、人々の心は温かく、魔女である私、シャーロットも楽しく暮らしている。
そんな私は最近恋をしている。
彼の名前はフィルデナント。
騎士団に所属する騎士だ。
外見はグリズリーのように大柄で、大人二人分の身長だ。筋肉は隆々で、黒髪といかつい顔立ちをしている。あんな出逢い方をしなければ、正直少し怖い相手だなと思ったに違いない。
彼と出逢ったのは客の入りが少ない雨の日のことだった。
その日は青白い濃霧で、昼間だというのに薄暗い店内をさらに薄暗くさせた。
私は店番でカウンターに備え付けられた椅子に座り、おばあちゃんが残したホルマリン漬けのよく分からないビンを眺め、ボーとしていた。
湿気でごわごわした髪の毛をいじり、客が来ないかと、扉の方にチラチラと目が泳ぐ。だが、待てども待てども客は来ず、売り上げが好調な我が店だが、さすがに雨の日になると客足を途絶えさせた。
そんな時だ、目の前の扉が大きく開いたのは。
「あ、お客さんですか?うちの店は色々品揃えが豊富で薬剤や杖も売ってますよ。今なら(利くかどうかわからない)おまじないのハウツー本までセットでつけちゃいます」
「大変ズラ!」
「なんだ、ゲンさんかぁ」
お客さんが来たかと思うと、よく知る人物だった。猟師のゲンさんだ。彼は麓の村に住む老人で、おばあちゃんとも生前仲がよく、身寄りのない私を心配してよく店を見に来てくれた。
彼は普段の穏やかな表情とは裏腹に、血相を変えとても必死な様に見えた。
「もんげーグリズリーが怪我をしていたズラ。いやグリズリーみたいな人間が怪我をしていたズラ」
「怪我人ですか?いまどちらに」
「もう運んできたズラ」
私は薬学が得意で、この村でお医者様のようなことをしている。
町医者の所まで行くには、この村から歩いて二日はかかる。
急患が出た場合私の家に運ばれて治療を施す仕組みとなっている。
ゲンさんは慌てた様子で、後方にいる人物たちに指示を出す。
それは甲冑に身にまとう騎士だった。
どうやら村人と騎士でそのグリズリーと称する人物を運んできたのだろう。
その人物は両肩を支えられ、何とか歩いてきたようだった。と言うよりは歩かされてここまで来たといったほうが正しいのかもしれない。
彼は騎士団に所属する人物だった。彼を運んできた騎士も彼の仲間だろう。
怪我をしている彼はとてもじゃないが背負って運べないのは一目見て分かった。体格がとても大きく、黒い髪にごわごわした手足。確かにグリズリーのようだった。そして鎧の隙間から見える体の節々にあざが出来ている。
ゲンさんの話しでは村の近くの山で落馬したようで、そのまま何十メートルも下の崖に放りだされた。仲間の騎士が彼を救出し、それを偶然通りかかった村人と私のところまで運んできたらしい。
彼は打撲の症状に熱も出ていた。雨に打たれて体温が下がっているというのに、触れた肌からですら熱さを確認できる。炎症を起こしているのだろう。幸い骨折も出血もせず、内臓を痛めていないのは、不幸中の幸いだった。彼は体格の通り、かなり丈夫らしい。彼を私のベッドに寝かせ。打ち身に利く生薬を布に染み込ませ、患部に当てた。
その後、安静にさせ彼が意識が戻すのには数日が必要だった。
それから数週間がたち、今日は朝から彼とご飯を食べている。
水浴びしたばかりの彼はしゃきっとした顔立ちをしていた。目つきはやや悪いが。正直格好いいと思ってしまった。
「君が居なければ俺は死んでいただろうな」
彼は、最近朝食でそんなことを言う。
「いえ、そんなことはないですよ。フィルデナント様はとてもお強い方です。貴方の体力がなければ助からなかったでしょう。私はその手助けをしただけです」
私は決まってそんな言葉を返すのだ。
彼はもともと体力があり、怪我をしてから数日で目を覚ました。
それからは見る見るうちに体調がよくなり、数週間後にはほぼ怪我はよくなった。今は念のためベッドの上で安静にさせてはいるが、もう歩けるようになっていた。
私はそんな彼に恋してしまった。
彼の世話をしているうちにだんだんと恋心が芽生えてしまったのだ。
決定的だったのは、いかつい外見に似合わず、一人寂しそうに窓の外見ている姿を見たときだ。まるで世界の果てを見るような憂鬱そうな表情に、私は彼に対する恋心を自覚した。
その後、甲斐甲斐しく彼の世話をしている。
偶然を装って彼に婚約者がいるか聞いたり、彼の着替え中に押し入ったり、治療と称して何度かさりげなくボディタッチしたが、特に何も起こらなかった。
「体調も最近戻ってきた、近いうちにここを出ていくよ。君には世話になった」
「そ、そうですか…」
何とか言葉を発するが、私は地獄に落ちるような気分だった。
フィルデナント様が怪我をして数日後、彼の所属する騎士が見舞いにきた。彼を村人と運んだ騎士だ。その騎士は騎士団に事情は話し、私にとっては幸運なことに、怪我が治るまでここにおいてもらうことになった。怪我が治りしだい、彼は騎士団に戻ることになっている。
「何か君にお礼がしたい」
「お礼なんて、そのようなことは…」
お礼をしてくれると言うのなら私と結婚してほしい、とは口が裂けても言えなかった。
「その…」
「何ですか?」
「い、いや。やはりなんでもない」
私は彼に積極的にアピールしているつもりだが、それに反応が返ってくることはない。彼にとって私はゆきずりの人物でしかなかった、と最近では少し思うようになってきた。
「はぁ」
朝食を終えたフィルデナント様は軽く散歩をしてくるらしく、外に出て行った。
リハビリの一環だ。
私は彼が外に散歩に行った後、店のカウンターで今後のことを考えていた。
彼がここを出て行くのは時間の問題だったからだ。
どうにかして彼の心を射止めたい、そんなことを考えていたら、ゲンさんが店の扉を開いた。
「これ、おすそ分けズラ。グリズリーの旦那はどうズラ?」
ゲンさんは精がつくからと店にイノシシの肉を持って来てくれたようだった。
フィルデナント様は村でちょっとした話題の人物だ。彼の様子を見に来たのだ。毎日代わる代わる村の人はお見舞いと称して彼の様子を見に来る。
この村には常駐する騎士もいないため、皆にとっては珍しいのだ。
新しいことが起きない村では変わった出来事は飯の種になる。
「そこそこ、元気ですよ」
「その様子だと、まだ落とせてないズラか?」
私はコクンとうなづいた。
私が彼のことを慕っているのは村では周知の事実だ。
「そんなら、店で売ってる媚薬でも使って落としちまえばいいズラ。男は皆エロイズラ」
「………いやいや、そんなぁ~」
……その手があったか。正直全く気付かなかった。
媚薬を彼に使う、というわけではない。
そもそも店で売っている媚薬は、滋養強壮、体が健康になる精力剤でしかない。最初の商品名も「魔女の健康ハーブ薬」とかそんなものだった気がする。売れ行きはほどほどだったが、媚薬と改名したとたん飛ぶ様に売れだした。皆現金なものだ。まぁ、そんなこんなで実際に効果がないことは私自身分かっていた。
だが、ゲンさんの話を聞いて思い出したことがある。
おばあちゃんが残してくれた本に惚れ薬の作り方が載っていたはずだ。冗談半分で子供の頃読んでいたが、大体の必要な素材は店の中の商品でそろっている、と思う。
けれど、その素材の中でうちの店で取り扱っていないものがある。
星燕の巣だ。
それを煎じて薬にいれる。代用のきかない重要なものだ。
星燕は珍しい燕で、国内でも滅多に見ない、だがこのナ・ガーノ領カ・ルイ・ザ・ワムーラ村近辺は別である。田舎だからか、貴重な生物がたくさん生息している。
生前の祖母の話ではそういった理由でここに居を構えたと聞いた。
幸い星燕は付近の山頂に生息していたはずだ。
「すいませんゲンさん。これから用事があって、今日はもう店じまいです」
膳は急げだ。私はゲンさんをさっさと店から追い出し、登山の準備を始めた。
薬に使う薬草を摘むために、フィールドワークは得意分野だ。
星燕の場所もだいたい検討がついている。
◇
山道を歩いている最中、私は良心の呵責に苛まれていた。
勢いで店を飛び出したはいいが、何時間か歩いて冷静になったせいか自身の行動の恐ろしいことに今更気付いた。聞いた話だと、彼には婚約者はまだいないらしいが、惚れ薬なんて人様の心を無理やり変えるものを使ってもいいものか…いくら愛する相手だとしてもそんなもの使っていいものか。
そんなことを考えていたら、もう星燕の住みかまでやってきていた。
自然に出来たとは思えないほど、際立つ崖が目の前にそびえ立つ。中々の高さで、30メートルは優にくだらない高さだろう。
私は岸壁を見上げ、目を凝らしてみるとその付近に豆粒のような鳥が空を飛んでいる。チュピチュピという泣き声に、青い翼と星型の模様の鳥。そして蜂蜜色の巣が、ちょこんと岩肌から突出した部分に確認できる。
あれに違いない。
こんなに村の近くにある巣を見つけるとはなんて幸運なのだろうか。
元来、星燕はこんなに人里の近くに巣を作ることはない。あと何時間か歩くことは予想していた。正直私も目ぼしい場所を徹底的にくまなく探すつもりだった。
…まぁ、先程の彼の気持ちを変えてしまうことは、燕の巣を取ってから考えてもいい。その後ついうっかり薬を作り、それを使って彼の心を変えてしまっても、それはそれで仕方のないことだ。
多分。おそらくは。
私は荷物を下ろし、岩登りを始めることにした。
昔から薬の材料を集めるため、ある程度似たようなことはしたことがある。それに私は山育ちだ。
命綱を体に巻きつけ、腰のベルトに杭を何本かいれて登攀を始めた。
ベルトに入れている杭は、岸壁の中間地点となる岩肌に固定させる。
万が一私が落ちた際、命綱を支えるものだ。
私が何十分か、かけて岸壁を登りだした。
途中手がしびれる様な時もあったが、何とか無事燕の巣の付近までたどり着くことが出来た。
私が燕の巣に着いた頃には、まさに断崖絶壁といっていい光景だった。
下からは私の住んでいる家と麓の村が見える。
何とか順調にこの場所まで登ってこれた。といっても山頂付近30メートルほどの地点なので、落ちたらひとたまりもないが。
後は親鳥を追い払い、燕の巣をとるだけである。
私は岩肌から、小石を見つけ、それを少し先にいる燕に当てないように投げつける。
すると、燕たちはすぐにどこかに散っていった。
私は今の地点から体を動かし、すぐさま巣の目の前まで上り詰める。
目の前には星燕の巣がある。ようやく目的のものまでたどり着いた。
燕の巣はもう少しだ。
私は蜂蜜色の巣に触れ、巣の中を確認する。
…巣の中には生まれたばかりの雛鳥が5羽ほどいた。
当たり前だろう、巣があれば子供がいるのだから。
以前、別の燕の巣を取ったときはまだ卵も雛鳥もいなかった。正直言うとこういう状況は想像していなかった。目先のことばかりに意識がいってしまい、ついうっかりしていた。
5羽の雛鳥がピーピーこちらに囀り出す。
親鳥がえさでも持ってきたと思ったのだろうか。
卵から孵ったばかりの雛鳥もおり、産毛も生えておらず、ピンク色の肌をしている雛もいた。
目がうっすらとだけ開き、小刻みに震えるその雛鳥と目が合った。
………
……
どうでもいいが、私には親がいない。
赤ん坊の頃、拾ってくれたおばあちゃんがいなければ、私は人知れず森の中で死んでいただろう。
私はおばあちゃんが今でも大好きだ。だからおばあちゃんの魔法店も引き継いだ…おばあちゃんは私を見つけた時、どの様な心境だったのだろうか。
あの雛鳥たちと私の姿が重なった。
だから、というわけではないが――
私は酷く冷静になった。
頭にかかっていたモヤがどこかに離散した。
何を浮かれていたのだろう。
彼の心が私に向いていないのであれば、それはそれで仕方のないことだ。愛する人の心を捻じ曲げてまで、この燕の巣を奪う必要があるだろうか。
…今日はもう帰ろう、そして素直に彼に気持ちをぶつけよう。それで断られるのなら、それはそれでかまわないじゃないか。
私は巣から手を離し、崖の下に向かおうとした。
その時、親鳥が巣に戻ってきた。子供を守ろうとしたのだろうか、私の頭めがけてつつき始める。
「痛い!」
子供たちを守るため、親鳥は必死だったのだろう、自分達の命を犠牲にしてでも言いと言うぐらい必死になって襲い掛かってきた。私の方も血が出んばかりの勢いでつつかれる。
あまりにもその攻撃が激しいものだから。
私は岸壁から手を離してしまった。
私は真っ逆さまに地面に落ちていく。
だが、地面にたたきつけられることはなかった。
命綱のおかげだ。
崖の中間地点で、私の体は岸壁に打ち付けられ、降下をやめる。
私の体から出たとは思えないほど、大きなものがぶつかる音が私の耳に伝わった。
途中で止まったのは命綱を付けていたおかげだ。だが、全体重が杭に乗り、途中で何本か杭の頭だけが落下していく。最初の地点につけた杭だけが私の体を支え、それもすぐに壊れてしまいそうだった。
私は岸壁にたたきつけられた衝撃で、呼吸が出来なかった。体もうまく動かせない。
それでも、打ち付けられたのに全身が痛くないのは先程の怪我で興奮していたからだろうか。
私は真上にある残った最後の杭を見やる。私の体重を支えたであろう部分が白く変色し、形が直角に変形している。もうすぐ折れてしまいそうだった。
はっきりいって、ここに来たのは軽率だったのかもしれない。
私は多分、落下してもうすぐ死ぬのだ。
何をしているのだろう。
自業自得とはこのことだ。正直自分が馬鹿らしかった。一人で浮かれてこんな無様な死に方をするとは。
けど、もしも叶うのなら、彼を最後に一目みたい。
「シャーロット大丈夫か!!」
彼の声が聞こえてきた。フィルデナントだ。幻覚だろうか。それとも、もう私は天国に行ってしまったのだろうか。
私は目線を動かすと、数十メートル先の崖下に彼がいる。
何故彼がここに?
そういえば…初めて名前を読んでもらえた。いつも君とか、貴女とか呼ばれていたから。
「しゃべれないのなら、それでかまわない!シャーロット、命綱をはずして飛んで来い!必ず君を受け止めてみせる!」
言葉が出ないと言うわけではなかったが、今更そんなことを言うのも野暮だろう。
私は残っていた力を親指にこめて、命綱をはずす。動く右足で岸壁を思い切り蹴ってやった。
私の体は空中を舞い、自然の法則に即し、彼めがけ自由落下を開始した。
◇
「君が無事で安心した」
「ありがとうございます…死ぬかと思いました」
私は彼におんぶされ、下山している。
日は暮れはじめ、川のせせらぎと、辺りではキリギリスの鳴き声が聞こえてくる。
彼のどっしりとした背中に私は身を寄せた。
「本当に背中がおっきいんですね。グリズリーみたい」
「ハハ、そうか。よく騎士団の連中にも言われるよ」
「…どうしてあの場に?」
「ゲンさんが君が山に入るのを見て、慌てて私の所にやってきたんだ。もしかしたら自分のせいで薬草でも探しに山に入ったかもしれないって」
彼の不安は的中した。実際、私は危険な状況だった。彼のおかげでなんとか私は命をつなぎとめたらしい。今度、彼に贈り物でもしよう。イノシシももらったばかりだし。
「君は村の人から愛されているな…皆君の事を探しに、山の中に向かって行ったよ」
「そうだったんですか…」
「何か薬に作るためにあの崖を登っていたのだろう?私のせいだろう…」
違います、と否定することはしなかった。まさか惚れ薬を作る目的で崖を登って危うく死ぬところだったなんて、とてもじゃないが話すことは出来なかった。幸い彼は勘違いしているようで、このままでもいいだろう。
それに私はすることがある。
…私は、彼に自分の気持ちを打ち明けなければならない。
どんな答えが返ってくるか予想すると、手の先が震えだした。いや、断られてもかまわないじゃないか。私は森に住む魔女、彼は立派な騎士様だ。元々望むは薄いのだから。
私は勇気を振り絞り、彼に告白しようと決めた。
「あ、あの…」
「どうした?」
「フィルデナント様、貴方をお慕いしています、どうか私と…」
「すまない…」
ああ、やはりか。
「そこから先は、私が言うべきだろう。どうかシャーロット、私と結婚してほしい」
「…………へ?」
彼は何を言っているのだろう。私の予想とは全く反対の答えが返ってきた。
先程まで静かだった心臓が、大きく動き出す。
「勿論、私は騎士だ。仕事もある、今すぐ結婚できるわけではない。それに結婚だってわが身だけでは決められないのかもしれない。それでも俺は君と添い遂げたい」
「結婚って何をするかご存知ですか?子供を作るんですよ?」
「それぐらい、知っている」
「どうして私を…」
「私は最初から、そ、その君のことが気になっていた。それに…初めてだったんだ。自然体で接してくれる相手というのは。私は自分が周りに恐れられていることを理解している。すまなかった、君の好意にちゃんと答えてなくてな…どう接していいかわからなかった」
「そうだったんですか…」
私の顔はにやけていないだろうか。彼に背負われて表情が見えないのは都合がよかった。
「それに本当は、仕事を再開したら休日は君の店に通おうと思っていた。少しずつ君と仲良く慣れればと思っていたのだが…君に先に言われてしまう前に、思いを告げてしまおうと思ったのだ」
「ぜひ、その言葉をお受けしたいと思います……それはそうと、子供の作り方はお知りですか?もしご存知ならフィルデナント様のお口から、ぜひお聞きたいです」
(*シャーロットの死ぬまでにやりたい事リスト10のうちの1つが、気になっている異性にエッチな言葉を口にさせて赤面させることだ。彼女は耳年増なのだ)
「…………急に元気になったな、君は」
◇
あれから一月が経った。
私はあの崖での出来事のおかげで、一週間、むち打ちのような状況だった。
彼の体が治るのと同時に今度は私が寝込んでしまった。その間、彼は私の世話や代わりに店番をしてくれて、その後彼は領地に戻っていった。
そしてあの惚れ薬の後日談だが、家に帰りあの本を読み直してみると実は他にも必要なものがたくさんあった。結局、あの星燕の巣を手に入れた所で惚れ薬は完成しなかった。
ちなみに他に必要な素材は、スッポンの血、マムシの黒焼き、高麗人参などなど。
…そうなのだ、おばあちゃんの残した惚れ薬とは、惚れ薬というよりもただの精力剤だった…しかも私が作った媚薬の数倍の効果があるであろう代物だった。
なんてものをおばあちゃんは残していったのか。
そして、後日談といえば、私の方も以前と変わったことがある。
フィルデナント様は山道で話してくれた通り、騎士の仕事が休みの日は私の店先に顔を出した。
都からこの村まではそこそこ距離があるはずなのだが、見かけによらず彼はマメな性格で、よく遊びに来てくれた。といっても、何時間かお互いただ話したいことを話して帰るだけである。
そんな距離感で私達は交際している。
まだ正式に結婚したわけではない。
山道での彼の言葉は、口約束でしかない。
けど、彼は今度話があると言って、咳払いして赤面していた。
その時彼は、私の左手薬指のサイズを聞いてきた。
…もしかして期待してもいいのだろうか。
不器用なあの人のことだ、いつ言い出すかは分からない。
だから、私は期待しないで彼がその事を言い出すのを待つことにしよう。