夢の話
この話は、友人と遊びで書いた話です。経験が少ないため、色々と至らぬところはあると思いますが、読んでいただけたら幸いです。
まず先に言っておこう。
この話はとある少年の思い描いた、泡沫の物語である。
1
――起きて! 起きてよ。
薄れる意識の中、鈴の音のように甘美な声が響いた。
いつまでも聞いていたくなるような、そんな音だった。
「――起きなさい!」
「アガッ!」
俺が腹に痛みを感じ、目を開くと、そこには妹がいた。しびれを切らしたように顔をしかめ、俺を見ている。
「な、何するんだよ夢叶」
俺は腹を押さえながら妹――夢叶に尋ねた。
「仕方ないじゃん! 幻夢にいが何度呼んでも目を覚まさないんだもん」
夢叶はプクーっと顔を膨らませながら目で訴えかけてくる。かわいいけども……
――やめて! そんな目で見ないで!
と、内心兄の威厳を意識しながらも眠いので、
「……俺は昨日夜中までゲームをやっていて眠いので二度寝します」
と言ってみる。すると……
「もう一度殴られたいのかな?」
「すいませんでした――!」
こうして『いつも通り』の日常が、今日も始まった。
2
「お、幻無、ようやく起きたか?」
夢叶にせかされながらリビングにやってくると、まず出迎えてくれたのは俺達さん兄妹の長男、――夢須加こと夢っちゃんだった。
夢っちゃんはへらへらと笑いながら、俺をリビングの真ん中に置かれたごく一般的なテーブルへと誘導した。
「……よっこらせ」
「お前親父臭いなぁ……てか親父そのもの? お前ほんとに俺の弟か?」
俺がいつもの癖で嘆息を漏らしながら椅子に座ると、夢っちゃんは嘲ながら言ってきた。
「うるさいなぁ……。夢っちゃんだってそんなのでほんとに長男か?」
試しに俺も皮肉を言ってみた。たぶん一〇割は仕返しで。
しかし、
「俺はこういう性格なんだ」
夢っちゃんはさらっとそれを受け流した。
「やっぱ無謀だったか……」
俺は呟く。
「お前が俺に勝とうなんて一〇〇年はやいわ」
それに対して夢っちゃんも対抗する様に言ってきた。
そして数秒にらみ合うと、
――ぷっ
と俺と夢っちゃん両方が噴き出した。
これがいつも通り、俺たち夢見家の日常である。
「そういえば」
俺はふと思い出したことことを呟こうとした。
「ん? どうかしたか?」
俺が歯切れ悪く言ったので、気になったのか夢っちゃんが尋ねてきた。
「あ、いや。まあ一つ疑問に思ったんだけど……」
「なんだ? 行ってみろよ。答えれることなら答えるぞ」
夢っちゃんは珍しく兄貴面をして聞いてくる。
そして随分と溜めてしまったが、俺は疑念をおもむろに吐き出した。
「夢っちゃん、大学は?」
「――――」
数秒、俺たちの間に静寂が漂っていた。
そして、段々と夢っちゃんの顔が青黒く沈んでいき、
「わ、わ、わわわわわ」
夢っちゃんは話しか言わなくなった。
「「わ?」」
俺が尋ねるのと同時に、台所で朝食を作っていた夢叶もやってきて、声が重なった。
目を見開き口をあんぐりと開けた、夢っちゃんと目が合う。そして――
「わ、忘れてたぁぁぁぁぁ―――‼」
夢っちゃんはガタンと椅子をはねのけ立ち上がると、急ぎ足でリビングから消えていった。
それから数分後、ドタドタと足裏が床をたたく音と同時に、リビングの扉が開く。
そこには、乱雑にものが入れられたせいか、歪んだリュックを背負う、夢っちゃんがいた。
「い、行ってきます!」
夢っちゃんはそれだけ言うと全力疾走で、玄関へと向かい出かけて行った。
しかし玄関から出る時も、夢っちゃんは忘れず「いってきます」と言った。
「……言っちゃったね?」
夢叶があっけにとられながら、隣に並んだ。
「ああ、ほんとせわしないな」
「うん……」
ふと横を見ると、なぜだか夢叶の顔が、濁っている。
「どうしたんだ、夢叶?」
「いや……ねえ、幻夢にいは、今日が何の日か覚えてる?」
「え、今日? そういえば今日は起こしに来るのがやたら早いな。日曜なのに」
俺が、ふと疑問に思って横を見やると、明らかに夢叶の顔が怒っている。
そして、夢叶は、はあ……とため息を吐いたのち、その小さな唇から、言葉をだした。
「やっぱり覚えてなかったかあ……。あのね幻夢にい、今日は町に出かける約束をしてたんだよ」
その瞬間、俺の全身を戦慄が走った。
「わ、わわわ……忘れてた――――!」
俺がそのことに気付いたのは、ちょうど九時を回ったところだった。
3
「幻夢にいこっちこっちーー!」
数メートル先を警戒に進む夢叶が、俺を呼んでいた。
しかし俺は、
「無茶言うなよ、お前この荷物の量なんだ⁉」
前方すら見えない荷物の量に右往左往していた。
「えーーだって幻夢にいがぁ……」
夢叶が身をひるがえし俺の横に立って言った。
続けて、
「『ほんとに悪かった! 今日はなんでも言うこと聞くから!』てお願いしてきたんじゃん」
夢叶はかわいらしくきっと俺の声真似をしながら言った。
「う……」
俺はぐうの音も出なかった。
「ところで幻無にい、次はどこ行きたい?」
夢叶は、手の指を後ろで絡めながら俺に尋ねた。
「帰りたい」
俺はただただ切実に本心を呟く。
「そんなぁ――」
夢叶は、身をひるがえし、不満そうに言った。
そんな時だった、夢叶の背後に金属の艶めかしい光が見えた。
「危ない!」
俺は咄嗟に、手に持った荷物を放り、夢叶を助けようと、突き飛ばした。夢叶が「いたた」と言いながら尻餅をついているのを見て、一瞬、助けられたという感傷に浸る。
刹那、俺の腹をナイフが貫いたのは言うまでもないだろう。
――痛い。いや痛くない。
――熱い。いや熱くもない。
けれど、ただただ俺の前身は石で固められた人形のように、はたまた手足をもがれた虫のように動かなかった。
――なんで……?
俺は口から出ない言葉をただただ心中で思った。
「幻夢にい? ……幻夢にい⁉」
血を流した、俺のもとに、泣きながら夢叶が近づいてくるのだけが分かった。
「死なないで! お願い幻夢にい‼」
夢叶はただただ懇願する様に俺に名を叫んだ。
俺はそれが嬉しいけど悲しくて、ただ、助けられたというよろこびを感じながら、目を閉じて行った。
俺の意識は暗闇に飲まれ、やがては存在しない影となった。
4
電気の消えた一つの個室。そこには、カチカチと機械的に動く時計の秒針の音だけが響いている。
この部屋に人はいない。
まあ、ここに置いての人とは、『ちゃんと喋り、動くことができる者』のみだが。
薄暗い部屋に、あるのは、一つの純白のシーツで覆われたベッドが一つ。
その中に少年が一人。
彼は動くこともなければ、もう目を覚ますこともない。
彼は永遠に夢の中、救われることのない少年は、ただただ、医学が進歩するその時を、待つのみである。