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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゆびさし確認

作者: 佐倉 憂

「君は、死んだほうが良い人間だ」



 指をさされ、顔も見えない女にそう言われた。


 私は人生に悩んでいた。

 仕事はうまくいかない。

 恋愛も長続きしない。

 家族ともまともに連絡を取れていない。

 就職先が地元と離れているためか、学生時代の友人とも疎遠になった。


 努力はしているつもりだった。

 仕事で教えられたこと、必要な事は必ずメモをとっていた。

 まず「こいつはちゃんとメモを取る人間なのだ」と認識してもらえるように。

 恋人が出来たら、出来る限り助けになろうとした。

 料理の腕も磨いて、化粧や服装だって、その時の恋人の好みに合わせていた。 


 なのに、何も上手く行かない。

 ミスばかりで上司に叱られ、社長に呼び出されて今月いっぱいで決断してくれと言われた。

 尽くしているのに、半年も経たずして飽きたと言って男に捨てられる。


 何故、私は死んだほうが良いのですか。

 台を叩いて立ち上がり、女に向かって叫んだ。

 女は占い師。

 人通りの少ない路地で台と椅子と、少々の占い道具のみを準備して、駅と自宅を結ぶ道でいつも客を待っていた。

 丁度街灯の下に場所を構え、それはそれは怪しい雰囲気を醸し出していた。

 フードを深く被り、顔が見えない。

 声からしてまだ若い事に違いは無いが、それ以外の情報は得られなかった。


 女は最初の言葉以降何も口にしなかった。

 私が占いをお願いすると、手元に置いてある水晶やタロットを使わずして、ただ私に指をさしてそう告げたのだ。

 私は生きていて良いはずだ。

 こんなに努力して、努力して、まだ認められていないのだから。

 認められるまでは、生きていないと理不尽というものだ。


 その日は、帰宅してすぐに寝た。

 占い師の女に憤慨していた事には違いないが、身体は正直だ。

 職場で削った精神を回復したいと叫ぶ心は、すぐに私を夢の世界へと誘った。


 そして私は、次の日から仕事に行くのを辞めた。

 職場から私の携帯電話へ届くコールを全て無視し、やがて電源を切って財布のみを持って薄暗いアパートの部屋を出る。


 日は照りつけていたが、風が吹いていたため暑さはあまり感じなかった。

 寝癖をつけたまま、寝間着のままの姿で出歩く私は、さぞゾンビの様相を呈していたことだろう。

 客の居ない飲食店で食事を済ませ、もしかしたら自宅に押しかけてくる可能性のある職場の人間を避けるように、近所のがらんとした漫画喫茶で夜まで時間を潰した。


 やがて暗くなり、子供が寝てしまう頃の時間。

 私は漫画喫茶で精算を済ませ、今度は今にも潰れそうなほどがらんとした飲食店で食事を済ませた。

 何を食べたか覚えていない。メニューの頭にあった料理を適当に注文し、それが何かを認識できない放心状態のまま腹を満たしたからだ。 


 帰路につく。

 いつもの道を歩いていると、やはりそこには占い師の女が場所を構えていた。

 いつもと少し場所がズレており、街灯に照らされているのは右半分程であった。


 私はなんとなく女の対面に座り、同じ事を問う。

 今度は冷静に、ゆっくりと。


「何故、私は生きていてはいけないのですか」


 女は黙ったまま動かない。

 私も、それ以上何も言わなかった。


 暫く。

 やはり女は何も言わないので、私は立ち上がった。

 すると、女が指をさした。

 その人差し指の先には、私の右手があった。

 私の右手に握られているのは財布だ。

 何だ。何も言っていないのに金を寄越せと言うのか。

 ふざけるな、という意味を込めて私は女を睨み、その場を立ち去った。

 女は何も言わず、立ち上がって抗議もしなかった。

 金を払わずに済んだ事に、私は安堵した。


 しばらく歩いてから、街灯の下で自分の財布を見た。

 何故か少し赤黒く汚れていた。

 土か何かが付いたのかと思って払ってみたが、なかなか取れなかった。

 それどころか、払えば払うほど赤黒い土のようなものの上から、赤い液体が付いているような気がした。


 これ以上触っても意味が無いと判断した私は、汚れを取るのを諦めた。


 そろそろ私の住むアパートに着く。

 次の角を曲がれば、アパートの入り口が見える。

 角を曲がった刹那、私は目を見開いた。


 複数の赤いランプが煌々と辺りを照らしていた。

 見覚えのあるそのランプの正体は、間違いなく警察の車両、即ちパトカーであった。

 何の用だろうか。

 身に覚えがないため、私は財布から部屋の鍵を取り出し、知らん顔アパートに入ることにした。


 しかし、手と財布が汚れているせいか財布のチャックはなかなか開かなかった。

 財布と格闘していると、手を滑らせて財布を地面に落とした。


 金属の音がした。

 財布ならざる音。

 間違いなく私が落としたのは財布の筈だった。


 それなのに、何故こんなにも綺麗な金属の音がするのだろうと、疑問に感じた。


 私は"財布"を拾い上げた。

 そしてもう一度鍵を出そうと手をかけると、指に痛みが走った。


 驚いて左手を見る。


 その手のひらは、幾つもの切り傷で真っ赤に染まっていた。

 右手を見る。"財布"を持っている手。


 財布…………?

 これが財布……?

 私は判断が追いつかなかった。

 私が持っていたのは財布の筈だった。


 それが何故、" 出 刃 包 丁 " を 持 っ て い る の だ ろ う か。


 頭を巡らせる。

 私が持っているのは、財布ではなく包丁。


 それも、 真 っ 赤 に 染 ま っ た 包 丁 。


 財布ではなく、包丁を持って、どうやって、飲食店で、食事を、漫画喫茶で、精算を、飲食店で、食事を、何故、占い師の女に、指をさされた、金をせびっていたのでは、いや、指していたのは、包丁、それなら、私は、なんで、どうして、あ、あ、あ、あ。


 あ。


 私は、ただ包丁を持って、包丁だけを持って、この街を歩いていた。

 私は悟った。どうやって食事をしたか。

 どうやって漫画喫茶の精算をしたか。

 そして、俯いて自分の服を見る。

 手のひらこそ切り傷でいっぱい、自分の血で滲んでいた。

 だけれど。

 私の服は、寝間着のグレーの服は、グレーであったことを、忘れさせるくらい、真っ赤に染まっていた。


 あ。

 あ。


 あ。


 私は、警察車両の目の前で、その包丁を自らの首筋に突き立てる。 


 そして、瞳を閉じてこう呟いた。





「――――私は、生きていてはいけない人間だ」


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