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第三話 新生活と同居人

推理ジャンルにもかかわらず、思った以上の伸びでびっくりしております。

物語はまだまだ序盤ですが、よろしくお願いいたします!

「星錬術を使う探偵……ねえ」


 随分と変わった組み合わせだと思った。

 探偵と言えば怪しげな職業の代表格で、何をしているのかさっぱりわからない人種である。

 銀行が一切金を貸さず、社交の場で名乗ればたちまち人に陰口を叩かれるような職業だ。

 人口増加に伴う治安の悪化を背景に、最近になってアメーバが増殖するように増えてきているが、そのほとんどはごろつきのような性質の悪い奴らである。


 それに対して、星錬術はハイソな学問の代表格。

 星の力で万物を形質変化させるという性質上、天文学と化学の両方を高い水準で修めていなければ自由に扱えないため、その難易度は非常に高い。

 一部では学問の王様とすら称されるほどだ。

 ひと通り使えるだけで尊敬され、地方なら名士になるとまで言われる。

 間違っても、探偵のような素性の知れない輩が扱う性質のものではない。

 私も一種類だけとはいえ使えるからわかるのだが、便利だからと言って気楽に覚えられるようなものでは決してないのだ。


 探偵と星錬術。

 相反する単語が、頭の中で渦を巻く。

 水と油のように決して混じり合うことのないそれらは、何とも言いがたい不信をシャルロッテへと抱かせた。

 見たところ信用できそうだし悪い人物ではなさそうであるが、いまいち得体が知れない。

 眼には見えないが、姿を隠す仮面でも被っているかのようだ。


「疑うようで申し訳ないのだけれど、星錬術を使うところを見せてもらってもいいかしら?」

「もちろんいいわよ。探偵で星錬術が使えるなんて言うと、良く疑われるから。気にしないで」


 そういうと、シャルロッテは胸元から懐中時計に似た形をした機械を取り出した。

 彼女の小さな手のひらにもすっぽり収まる大きさで、六芒星と十字架を模した凝った装飾――ステラクロイツが描かれている。

 アストロラーベ。

 星錬術を使うための特別な術具であった。

 彼女がパチッと上蓋を開けば、たちまち凝った作りの機械仕掛けが目に飛び込んでくる。

 惑星記号や元素記号などが記されたそれぞれ大きさの異なる円盤が、さながら太陽系がごとく複雑な円運動を描くようにして、重なり合っていた。


 星錬術の発動プロセスは主に三つ。

 収束・変化・昇華の三段階だ。

 まず、大気中の星気を己の魂を利用して収束させ、術の発動に必要な純度を得る『収束』。

 ここは魂と星気の相性が物を言うところで、本人の先天的な資質が最も現れる部分でもある。

 星気をどれだけ集められるかは、星錬術師にとって最も重要な才能と言っていい。

 もっとも、星錬術は技能ではなく学問体系であるため、ある程度は補正が効くのであるが。


 次に、収束させて純度を高めた星気を調整し、その後に行う昇華に適したものへと変化させる『変化』。

 ただし、この段階で加えられる変化というのは範囲が限られているため、収束させた段階での性質が重要となる。

 そのため星錬術師は天体の運行によって刻々と変化する星気の性質を、常に見極めておく必要がある。


 最後に、星気を物質へと流し込んで形質変化を起こし、臨んだ性質を持つ物質へと昇華させる『昇華』。

 この際、星気の性質によって物質との相性があるので、そこを見なければならない。


 星錬術師は、以上三つのうち最初の収束以外の二つを、星光陣と呼ばれる術式を用いて行う。

 アストロラーベは、この星光陣を簡易的に構成することができる道具だ。

 五枚の円盤に描かれた太陽の位置、七惑星の属性、天宮の座標、万物照応、形象変化図を組み合わせることにより、数百万通りもの術式を驚異的なスピードで描き出すことができる。

 だが便利な分だけ扱いは難しく、これを使っているだけで一流の術師と判断できるほどの品だ。


 窓際に近寄ると、シャルロッテは閉じていたカーテンをわずかに持ち上げた。

 隙間から空を見上げた彼女は、手でひさしを作りながら太陽の位置を確認する。

 その目は、潮目を見極める老練した漁師のようで、独特の険しさがあった。


「木曜日、太陽の高度は約二十五度……」


 すぐに確認を終えたシャルロッテは、手にしたアストロラーベへと視線を落とした。

 指先が竜頭を叩くと、すぐさま虫の羽音のような音が響き始める。

 締まっていたゼンマイが解放され、円盤が滑らかに動き出した。

 記号や文字が入り乱れて、思わず見入ってしまうような美しい変化を見せる。

 さながら、刻まれたインクがダンスを踊っているかのようだった。

 

 パチンパチンパチンッ――白い指先が、実にテンポよく円盤の動きを止めていく。

 やがて最後の一枚が止まり、術式が完成されたところで、星錬術の源たる星気が手から注がれる。

 惑星から放出される膨大な力が急速に収束し、青白い光があふれ出した。

 チェレンコフ光、純度の高い星気が発生した際にのみ生じる光である。

 オレオールとも呼ばれ、星錬術師にとっては熟練の証ともされる青の輝きだ。


「そりゃァッ!!」


 気迫のこもった掛け声とともに、アストロラーベが床に叩きつけられる。

 光が弾け、たちまちのうちに床全体へと術陣が広がった。

 青い輝きが曲線を描きだし、古代の魔法陣よろしく奇怪な文様が姿を現す。

 やがてその中心から、直上へと光が打ち上げられた。

 炎だ。

 白く輝く炎が、さながら弾丸が如く天井を穿っていく。

 

 一発、二発、三発……!

 ピストルよろしく連射された炎は、整然と連なって文字を描き出した。

 VR、我らが偉大な女王陛下のイニシャルだ。

 強烈なチェレンコフ光から察せられる膨大な星気量。

 術を出すまでの軽やかな手際。

 炎を連射し、文字を描き出す確かな制御技術。

 どれをとっても一流の域に達しているのが、素人目にもわかる。


「女王陛下万歳ってとこかしら! どう?」

「なかなか……やるわね。むしろ、出来過ぎてる気がするわ」


 これだけの腕があれば、探偵などやらずとも星錬術師としていくらでも身を立てていける。

 わざわざ人に怪しまれ軽蔑される社会の最下層などに、身を投じる必要はない。

 一流の星錬術師でございと、ふんぞり返って大きく構えているだけで、いくらでも仕事と金が転がり込んでくるはずだ。

 私はシャルロッテの正体を、これでますます測り兼ねてしまう。

 ただの変わり者ならばいいが、それとはどこか違うような気配が、彼女からはした。


「あなた、いったい……ただの探偵さんじゃないわよね?」

「私はシャルロッテ・ホームズ、星錬探偵よ。それでいいじゃない」


 口調こそ柔らかだったが、どこか有無を言わせぬ響きのある言葉だった。

 青い瞳の奥に、何とも哀しげで仄暗い光が見える。

 先ほどまで生気に満ち溢れていた顔が、微かに陰りを見せていた。

 何か他人には言いがたい事情を背負っていると直感させるには、十分すぎる表情と言葉だ。

 私は深刻な表情に動揺しつつも、どうにか取り繕う。


「……そうね、そうだわ」

「ふふ、じゃあサインをお願い出来るかしら?」

「ああ、ちょっと待って。私も、あなたに言わないといけないことが――」

「いいのよ。私もあなたの過去は気にしないから。あなたが何をしていたとしてもね?」


 表情こそ朗らかだったが、妙に含みのある言葉を言い放ったシャルロッテ

 私は思わずぞっとしてしまって、とっさに何も言うことが出来なかった。

 おそらくだが……彼女は私に関する噂を知っているのだろう。

 大学の研究室に出入りをしていて、しかもさまざまな事件データをスクラップにして取っておくほどの情報通。

 よくよく考えれば、知らない方が逆に不自然なぐらいだ。


 ――相互不可侵。

 シャルロッテは私についていろいろと知ったうえで、雇おうとしているのだろう。

 互いに、互いの過去については不可侵とするという条件で。

 とっさにそのことを理解した私は、ふうっと大きなため息をつく。


「お互いに、気にしないってことね」

「そういうこと」

「わかったわ。仕事内容は、あなたの助手として働くってことよね?」

「そうよ、とある事件の捜査を手伝ってほしいの」

「了解」


 私は深くうなずくと、署名欄にシェリー・H・ワトソンと出来るだけ几帳面な字で書いた。

 それを確認したシャルロッテは、先ほどまでとは打って変わって、満面の笑みを浮かべる。

 強い日差しの下で向日葵が満開になったような、美しくも力強い笑顔であった。


「はい、これで契約完了! これからよろしくね、シェリー!」

「こちらこそ、シャルロッテ。よろしく頼むわ」


 私たちは互いに手を差し出すと、固く握手をする。

 シャルロッテはよほど興奮しているのか、手に結構な力を込めていた。

 柔らかな指先が、私の手としっかり絡み合う。


「じゃあ早速だけど……シェリー、私と一緒に住むつもりはない? 今は大家のさんと二人で住んでるんだけどね、ちょっと部屋を持て余しているのよ」

「そういえば、一緒に住めば部屋はタダだって聞いてたけど……。あなた、この家に住んでるの?」

「そうよ、ここ! ここで生活してるわ」


 両手をいっぱいに広げて、ここだとアピールするようなジェスチャーをするシャルロッテ。

 私はとっさに部屋を見渡した。

 さまざまなものが散らかっていて、かなり雑然とした感じはするが、住み心地自体はなかなか悪くなさそうである。

 大きな通り沿いではあるが、防音がしっかりしているのか騒音もあまり気にはならなかった。

 薬品の臭いが多少こびりついているようだが、医者として生活を始めてそれなりになるので、もうこの手のものには慣れっ子だ。

 広さは申し分ないし、日当たりもカーテンさえ開けば良好。

 多少年季が入ってはいるが、建物自体も質の良い丈夫な造りをしている。

 部屋や家に、住むうえでの問題は特になさそうだ。


「改めていい家ね、ぜひ住みたいわ。ただ一緒に生活するとなると、場所だけじゃなくてお互いの生活習慣の一致も重要かしら。シャルロッテや大家さんに、何か変わった生活習慣とかはある?」

「そうね、エリカ……大家さんの方は、特に変わった習慣はないわね。毎日規則正しく生活してるし、基本的に居間じゃなくて二階にいるから問題ないかしら。私の方はそうね……。朝が遅くて夜も遅いわ、夜更かしは大丈夫?」

「ええ、完全な昼夜逆転とかでなければ。私もどちらかっていうと宵っ張りだし。他には何かある?」

「時々、さっきみたいな実験をするわね。多少、臭ったりするかも」

「アンモニアで部屋をいっぱいにしたりしない限りは、平気」

「さすがに、普段はそこまではしないわよ!」


 からかうように言った私に、シャルロッテは笑いながら答えた。

 彼女は「他には……何かあったかな」とつぶやくと、顎に手を当てて考え込み始める。

 そして数十秒後、思いついたように顔を上げ、手をポンとたたいた。


「そうそう! 私はヴァイオリンをたまに弾くんだけど、いいかしら?」

「ヴァイオリン? そうねえ、まあ……腕前次第って感じね」

「任せて、自信あるわ!」


 力強く断言すると、シャルロッテはグッと力こぶを作った。

 彼女はその場に立ち上がり、姿勢を正すと、優雅にバイオリンを構えたような姿勢をとる。

 背筋はしっかりと伸びていて、実際に楽器を持っていないにもかかわらず、とても様になっていた。

 ヴァイオリンの美しい曲線とニスの輝きが、何もないはずの空中に見えてくるかのようである。

 彼女の楽器の腕前は、まず間違いなさそうだ。


「そういうことなら、ぜひとも楽しみにさせてもらおうかしら」

「また時間があったら演奏するわ、期待してて」

「わかったわ」

「さてと、私の方から言うのはこれぐらいかしらね。シェリーの方は、何か私に言っておきたいこととかある?」

「私は特に……変わった生活習慣とかは、無いつもりよ。趣味は読書だし、毎日それなりに規則正しく暮らしてる」

「へえ、なんかつまらないわねえ」


 素晴らしくストレートで、辛辣な物言い。

 歯に衣着せぬにも、限度と言うものがある。

 私は一瞬むっとしたが、よくよく考えればそうかもしれないと思い、言葉を控えた。

 堅実だけれども実に色気と面白味のない女だと、うすうすながらも自覚がある。

 普通の女性が優美な飾りナイフだとするなら、私は切れ味鋭い手術用のメスだ。

 何かエキセントリックで無駄な面でもあった方が、人としては魅力的なのかもしれない。

 ……目の前にいるこの少女は、さすがにやりすぎだと思うけれど。


「うーん、そうね。私も何か、人に迷惑をかけるような趣味でも探してみようかしら」

「それがいいわ。人間、たまには人の目を顧みずに楽しまないと!」

「わかったわ、暇があったらいろいろと挑戦してみる」

「さーて、そうと決まれば引っ越しね! 荷物を運ばなきゃ!」

「ああ、それなら……」


 私はカバンを膝の上に載せると、ポンポンと叩いた。

 着替えなども含めて、所持品はほとんどすべてこの中に入っている。

 安いホテルからホテルへと渡り歩くような生活が続いていたので、荷物は自然と必要最小限になっていた。


「……それだけ?」

「ええ、いろいろと事情があってね」

「あらら……シェリーも結構大変だったのね。まあいいわ、ホテルの契約とかはどうなってるの?」

「最近は、一日ごとよ」

「なら、これで引っ越しも完了ね! あとはエリカに挨拶するだけか」


 シャルロッテがそう言ったところで、玄関の方から物音がした。

 バタバタと騒々しい足音が近づいてくる。

 やがて居間の入口の扉が開き、一人の少女がくたびれた顔をのぞかせた。


「ただいまー! 今日は市場がめちゃ込んでたわァ……」


 額に弾のような汗を浮かべながら、彼女は両手いっぱいに抱えた買い物袋を、床の上に下ろした。

 重さから解放され、背筋をシャンと伸ばすと、結構な上背がある。

 目の前に立つシャルロッテよりも、頭一つ分ほど高いだろうか。

 マッシュルームのように下に窄まった格好をしたショートカットと、大きな翡翠の瞳。

 やや低めで小さい鼻と、円い輪郭をした顔が、溌剌としつつも優しげな印象である。


 だが何故だろう。

 仕草の一つ一つがオッサン――ではなかった、どことなく年上のような気配をさせる。

 腰をポンポンと叩き、首をぐるぐると回すその動きは、一日の仕事を終えた職人の親方のようだった。


「お、誰やその子? かわええなあ、シャルロッテの知り合いなん?」

「違うわ。えっとほら、自己紹介して」


 ほらほら、とばかりに手を振るシャルロッテ。

 それに促されて、私はコートの端の皺を伸ばすと、ソファから素早く立ち上がる。


「私はシェリー・H・ワトソン。今日からシャルロッテの助手として、この家に住むことになりました。よろしくお願いします!」

「おお、そうなん!? こーんなかわいい子やったら、いつでも歓迎やわ。私はエリカ・ハドソン。エリカでええよ、これからよろしくな!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 半年たっても抜けきらぬ、軍人の性か。

 私は両足を綺麗にそろえると、パシッと型にはまったようなお辞儀をした。

 するとエリカは、戸惑ったように眼をぱちくりとさせると、軽く苦笑する。


「どっかの誰かと違うて、えらい真面目な子やなあ。そんなに、固くならんでええよ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。少し緩く、いかせてもらおうかしら」

「せやせや。大家言うても、同居人なんやから」


 彼女は私の肩を叩きながら笑うと、再び買い物袋を抱えた。

 軽く背筋をそらし「どっこいしょ!」と、声を漏らす。

 するとその時、彼女の目が天井に描かれている文字をとらえた。

 背の高い体が、雷にでも撃たれたかのように、にわかに硬直する。


「……なんや、あれ?」

「ああ、シェリーが星錬術を使ってっていうからさ。見せてあげたのよ」

「ふーん……」


 にわかに、エリカの纏っている雰囲気が変わった。

 背中に深淵の闇と地獄の炎でも背負ったかのようである。

 重々しい動きで買い物袋を下に置いた彼女は、ゆっくりゆっくりと私たちの方を見やる。

 鋭い瞳に、心臓を串刺しにされたような感覚が襲ってきた。

 さしものシャルロッテも、ただならぬ気配を感じたのか、ゼンマイが切れたように動きが止まる。


「シャルロッテ、前に言ったやろ? 家を壊したら許さんよって」

「え、ええ……」

「シェリーもやで? 家を壊したらアカンことぐらい、わかるやろ? なんで止めなかったん?」

「そ、そうね。いけなかったわ」

「二人とも、ちーとばかし体に覚えさせなあかんようやねえ」


 手を組むと、指を鳴らし始めるエリカ。

 ゴキゴキッと、さながら木材でも折っているような音が響く。

 やがて振り下ろされた鉄拳の痛みに、私もシャルロッテも昇天したのだった――。


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