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第5話 前世と来世

「……………………」

「…………………………」


 気持ち良く寝ている側で誰かが話している。


(んぅ、煩い)


 僕は寝返りを打って自分の存在を訴えてみるが効果はなかった。

 寝ている人の近くで煩くするなんて迷惑極まりない。

 あくまで僕の事を無視して話し続けるので我慢の限界だと抗議に出ることにした。


「煩いな! もう少し静かにして!」


 少し乱暴な物言いだけど、寝起きはいつも機嫌がよくないだけで悪気があるわけではない。

 眠たい目を擦りながら体を起こし、眩しい光に不機嫌そうに目を細めた。


「お、やっと起きたようだの」

「なぁ本当にこいつなのか?」


 目が慣れてくると側には男が二人居て、一人が僕を見ていた。

 見ていたのは白髪に髭を生やしローブに身を包んだ渋い声のおじさん。

 もう一人は僕に指を向けおじさんに何か確認している黒い髪と瞳のお兄さん。

 悪びれた様子を感じないこの人達はどちらも村の人間じゃないし知り合いですら無い。

 暫くして脳が覚醒すると知らない人を目の前に眠りこけていたことにゾッとし、すぐさま跳ね起き警戒態勢をとりながら怪しい二人にジト目を向けた。


 危ない人ならすぐに逃げなきゃと周囲の確認をさり気なくする――、が出口は何処にも見当たらない。

 それどころか此処には自分たち以外何もなく世界が白く染まっていた。

 方向感覚が麻痺しそうになるも足が地に付いているので地面はあるから落ちないのはわかった。


「そう警戒せんでもよい。お前さんに危害を加えるつもりはない。少し話をしたいだけだ。」

「……」

「いやいや、小さな子供に大丈夫だよーちょっとオジさんとお話しようよ、ってどっからどう見ても怪しいって」


 警戒するなと言われてすぐに信じるほど僕もバカじゃない、若い男の言うことはもっともだと思う。

 お祖父ちゃんからも知らない人に付いて行っちゃダメだよ、と散々言われてきたことだ。

 理由は簡単、僕みたいな子供を攫って奴隷として売る大人がいるから。

 なので一段階警戒を強め観察を続けることにした。


「だからまずお互いを知りあうことから始めねぇと。そう思うだろ?」


 お兄さんがこちらに振り返り、同意を求めるよう聞いてきたので首を縦に振って答えた。

 素直に答えたことに満足したのか笑みを浮かべ「よし」と話を続ける。


「自己紹介をしよう。俺の名前は真琴。25歳。趣味は写真を取ること。そして死人」

「……死人ってどういうこと」

「俺はもう生きてはいないんだ。今だに信じられないけどな」


 お兄さんはもう死んでいるらしいけど、目の前にいるので信じられないのは僕も一緒だ。

 言動から恐らく僕が子供だからふざけているに違いない。

 それにしても警戒を解きたいならまじめに話すのが普通だと思うのだけど、いったい何を考えているのだろうか。

 怪しいお兄さんは短い自己紹介を終え、隣に座っているお爺さんへ次どうぞと視線と手の仕草で促した。


「俺様はデアト・ブラッカー、世間では魔王と呼ばれておる」


 短い紹介の中で聞き捨てならないことをさらりと言ったよこの人。

 魔王って昔話にも出てくる魔術師の一番強い人だったと思うけど、有名人がこんな所で何故僕と話しているのだろうか。

 とにかく自己紹介して目的を聞き出すことにしよう。


「初めまして、ルーシー・クレヴュートといいます。この間5歳になりました。好きな人はお祖父ちゃんのギル・クレヴュート、嫌いな物はヤスナ茶です。よろしくお願いします」


 立ち上がり姿勢を正すと透き通る声で自己紹介をした。

 詰まることなく言い終える僕を見て魔王のおじさんは関心したように腕を組みながら見ていた。

 一方でブツブツ何かを呟く不審者がいる。

 耳を澄ましてみれば「やっぱり女じゃねぇか」と聞こえた。

 見た目と声である程度予想しつつ、名前が女だったので今確信したってところだろう。

 残念ながら間違っているので訂正しておこうとお兄さんの肩を叩いてこちらに注意を向ける。


「あのね、僕は女の子じゃなくて、男の子だよ?」

「……ん? 俺の聞き間違いかな。もう一度言ってくれ」


 自身の耳を疑い今度は聞き間違えないぞと耳に手を当てこちらへ向けてくる不審者さんに、数歩近付き息がかかる位置でもう一度教えてあげる。


「僕は、――男です」


 額に汗を滲ませ唖然としている不審者さんがギギギと錆びついた玩具のように振り向き、嘘だよねと顔に文字を浮かばせていたので、とびっきりの笑顔で答えてあげた。


「はっ、ははっ。そうさ、よく考えたらわかる事じゃねぇか。こんな可愛い子が女の子なわけがない!」


 拳を握り意味不明なことを言うのを無視して僕は魔王のおじさんに視線を向けた。


「気にする必要はない。それよりも俺様の話を聞く気にはなったか?」

「その人よりは怪しくないと思うから、良いよ。お話聞かせて」


 魔王のおじさんは僕の気持ちが落ち着いたのを確認してから顔を少しだけ和らげ話しだした。


「うむ、まずこの白い場所が何処かというと、答えはお前さんの夢の中だ」

「夢の……中?」

「そうだな、何でも良い、適当に思い浮かべてみろ。お前さんが望む物が出現するだろう」


 目を瞑り何がいいか考え、落ち着いて話すならあれがいいと自分の家を思い浮かべる。

 赤い屋根が可愛い二階建ての家、部屋は五つ、木で出来たテーブルに椅子、口が寂しいだろうからあれも追加しよう。

 次々に案を出していき漸く目を開けるとそこは見慣れた我が家だった。

 目の前には昨日帰りに貰った甘いお菓子と果物の果汁で作った飲み物がしっかり再現されている。

 お菓子を手にとって口に運ぶとサクサクした食感と砂糖の甘さがあのときの幸せな気持ちを呼び起こした。

 頬を掌で押さえ首を小さく振りながら足をばたつかせ、もう一つと手を伸ばしたとき、微笑ましく見守っていた視線に気付いて僕は顔が赤くなった。


「ルーシーは吸血鬼(ヴァンパイア)を知っておるか」

「んー、知らないかな」


 初めて聞く言葉に指を下唇に当て小首を傾げながら少ない記憶を辿るも何一つ出てこなかった。


 その可愛い仕草を見ていた真琴は男だとわかっているけど悶えずにはいられなかったようで、葛藤に苦しみのたうちまわっている。


「吸血鬼とは身体能力は人間より少し上だが、最強の再生能力と非常に高い魔力を備えた不死の一族のことだ。歴史や魔術を学ばなければそうそう聞くこともないから知らなくても当然といえる」

 

 魔力が凄く強いのに死なないって、それ何て化物なんだろう。

 一族ってことだから魔物ではないんだろうけど。


「俺様は長年魔法の研究をしているのだが最近手詰まり感がしててのぉ、どうしたものかと考えた末に仲間を増やすほか無いという結論に至った。それも吸血鬼のな」

「デアトおじさんでもわからないことってあるんだね」

「当然だ、俺様は神ではない。創造神が作った魔法を全て理解するのは不可能というものだ」

「へー。で、その、吸血鬼は仲間にできたの?」

「まだできておらん。今その吸血鬼を誘おうとしている最中だ」

「そうなんだ。きっと仲間になってくれるよ」


 魔王の仲間になれるんだから断る人なんかいないと思う。

 だって世界最強の魔術師なんだよ? 断る人がいたらぜひ見てみたい。


「ほぉ、では俺様の仲間になれ」

「いいよぉ♪ ……って、ふぇえええ!?」


 重大な事をさらっと言う魔王のおじさんにつられ良い返事を返したけど、次の瞬間には驚いた。

 何を間違えたのか僕を誘っていたからだ。


「なな、な、なんで僕に言うの!?」

「お前さんがその吸血鬼だからに決まっているだろう」


 理解不能。


 僕はいつから吸血鬼になってしまったのやら。

 身体能力は悪くはないけど優れてはいないと思う。

 魔術適正はあるとお祖父ちゃんから聞いたことがあるけど魔力は人並みだったはず。

 どこからどう見ても普通の人間なんだけど、この魔王のおじさんは一体何を勘違いしているのだろうか。


 などと考えており、心ここにあらずといった感じでルーシーは固まっていた。


「正確には元人間の吸血鬼なのだが、経緯も含めてこれから話してやろう。まず吸血鬼が優れた存在なのはわかったと思うが、それは今の話で昔は吸血鬼など知られておらんかった。周知となるのは吸血鬼との大規模戦争後。あまりの強さに危険だと思った各種族の長が協力し、一族総出で討伐にでた。不死の一族に無謀なと思うだろうが、最強の再生能力で蘇ったように見えたのを兵士たちが死なないと勘違いして不死の一族という呼び名が世間に広まっただけにすぎん。全滅はしなかったが元々少なかった数が更に減り、今は何処にいるのかすらわからんのだ」

「可哀想な連中だな――」


 さっきから会話を黙って聞いていたお兄さんがポツリと呟いた。


 確かに可愛そうだと思う。

 ただ強いって理由で殺されてしまうのだから。

 僕は涙が出そうになったけどお兄さんが続けた言葉に止められた。


「殺すことでしか解決できねぇなんて」

「……え?」


 想像と違う内容に声を漏らして驚いた。

 吸血鬼が可哀想なのかと思ってたら襲った側が可哀想?

 どういうことか全くわからず「え? え?」とただ繰り返すしかできずにいると、面白いものでも見たと言わんばかりに魔王のおじさんが笑い出した。


「ハッハッハ、異世界人はそう考えるか! 面白いのぉ、だがそれだけか? 連中が可哀想だと思うその心は」

「おっさん既にわかってて聞いてるだろ。まぁ理解してないのも居るみたいだし答えてやるか」


 全く意味が分からず二人へ交互に視線を向けているルーシーは異世界人という言葉は聞こえていなかった。

 その姿に仕様が無いと真琴は渋々意味を答える。


「会話出来る相手ならまず話し合えばいい。俺なら仲間に引き入れる。そもそも勝手に畏怖しておいて危険だから殺そうと考えるとか、――獣と一緒じゃねぇか」


 ルーシーが理解できないのも無理はない。

 常に死と隣り合わせのこの世界では弱肉強食が当たりまえ。

 人でも魔物でも弱い存在は常に強者に怯えている。

 だから真琴のような考えには到底至らないのだ。


「お前さんのような考えを持つ者ばかりならこの世界ももう少しマシになる気がするのぉ」


 感慨深げにマシになった世界でも思い描いているのか、魔王はどこか遠い場所を見つめていた。


「さてルーシーよ、結論が出んようだが焦ることはない。お前さんは知識がないだけだ。色々経験して成長するとよい」

「経験したらわかるようになる?」

「あぁこの魔王デアトが言うのだ間違いない」


 根拠は無いと思うのだが自信たっぷりに宣言する魔王のおじさんの言葉は信じてみても良い気がした。

 僕が子供で知らないことが一杯あるのも当然なのだろう。


「話を戻すがよいか」

「うん、もう大丈夫だよ」


 もやもやしていた頭がスッキリしたところで脱線してしまった話の続きを聞いた。


「散り散りになり所在のわからぬ吸血鬼を探すため俺様は世界を旅し、最後の最後で吸血鬼のみが使える『血界』に守られたヤスナ村を発見した」


 ヤスナ村は僕が産まれた場所であり他に同じ名前の村が無いのは知っている。

 名前の由来となったヤスナ草はあの村以外に存在しないからだ。


「吸血鬼は居なかったがクレヴュート家に極々僅かだが吸血鬼の血が流れておることはわかった。本来なら諦めるところを俺様は先祖返りという方法で解決できると思いついたわけだ」

「なるほどな、無けりゃ作れば良いだけってか」

「見つかるまで探し続けるより早く済んで研究に戻れる。我ながらあのときは冴えていた。」

「で先祖返りってのはどうやったらできるんだ?」

「まず先祖返りさせる身体と魔剣に魔術で仕掛けを施し、発動条件を満たすことで二つを融合させ先祖返りさせるのだが問題に気付いた。前に生命の器と魂の話をしたが覚えておるか?」

「死後の世界で言ってたことだろ、覚えてるよ」

「うむ、吸血鬼の肉体は人間のものより優れておる。吸血鬼の血が薄くなった魂は人間と同等で、先祖返りをしたとき肉体に合わせるため膨張し破裂してしまう。そこで足りない分を俺様の魂(知識)を複製し補おうとしたのだ。だが転生前に魂が大きくなれば人間の器が破壊してしまうため先祖返りと同時に複製した魂が定着しなければならん――」

「あのぉ、僕にもわかるように話して欲しいんだけど」


 一人置いてけぼりになっていた僕は頬を膨らませ抗議するとお兄さんが相手をしてくれた。


「俺が簡単に教えてやるよ。ここにコップがあるだろ。コップは身体、水は血。人も獣も血が足りなければ死ぬし、血が多くても身体が耐えられずに死ぬ。つまりコップの中の水は丁度じゃないと駄目なんだ。悪いが大きいコップ出してくれるか」


 目を瞑って今あるコップより二倍は大きい物を思い浮かべて新しいコップを作る。

 水も入っていた方がいいかと出したけどお兄さんはコップを手に取り一気に飲み干した。

 どうやらコップだけでよかったらしい。


「今出した大きい方のコップは吸血鬼の身体、そして小さい方のコップはルーシーの身体。吸血鬼になるっていうのは小さい方の水を大きい方に移すようなことなんだ。当然このままだと水が半分足りないから吸血鬼になったルーシーは死んでしまう。死なないようにするには何処かから水を足して丁度にしてやればいいってこと」


 お兄さんはコップに水を入れたり出したりして教えてくれた。

 先祖返りしても死なないように魔王のおじさんが僕の身体に何かしたらしい。

 死後の世界が何かは教えてくれなかったけど関係ないんだと思っておくことにした。


「定着させるといっても魂は直接入れることはできん、死後の世界でないとな。真琴はあのとき不思議に思わんかったか? 一人に対して一つの空間と自分で言ったのに二人も存在した事を」

「不思議に思うも何も俺はあのとき暗にお前は死んでるって言われてそれどころじゃなかったからなぁ。記憶にすら残ってないな」

「そうだったな。あのとき二人居たのは意図したもので、知り合いに頼み俺様の魂をクレヴュート家に転生する魂の下へ飛ばしてもらったのだ。複製した魂を先祖返りするまで死後の世界に留まるよう細工して帰る予定だったが、真琴が異世界の人間だと教えて貰い話してみたくなってな、起きるまで呼びかけていたわけだ」

「帰ってくれればよかったのに」


 真琴は魔王と出会った時のことを思い出し心底嫌そうな顔で正直な感想を呟いていた。


「聞いておきたいんだが、もしかしてルーシーは俺の来世なのか? だとしたら何故俺はここに居る。転生したら記憶は残ら……あ!!」

「気付いたか。そう、複製するのは何も俺様の魂でなくてもよい。足りない分を補えるだけの魂があれば良いからだ。本当なら一緒に研究するため魔術の知識を複製するつもりだったが、お前さんと最後に話した内容で気が変わった。お前さんの魂を丸々複製し意識体として共存させルーシーの成長を見届けさせてやることにしたのだ」

「チッ、上から目線が気に食わねぇ。それに吸血鬼にした時点でもう魔術師としてエリート確定じゃねぇか。来世でもくず人生だって言った俺への嫌がらせかよ!」

「吸血鬼が優れていても魔王は疎か七星魔導王に確実になれるとは限らん。練磨と研究を怠って頂点に立てるほど魔法は甘いものではないのだ。お前さんを複製するとき記憶を覗かせて貰ったが研鑽を怠っていたぞ?」


 「ビクッ」と身体を弾ませると真琴は視線を彷徨わせ挙動不審になっていた。

 それもその筈、魔王に見られたのは記憶の奥底へと遠ざけられていた汚点だからだ。


 生前、真琴は七歳で最優秀賞を()()()()()が為、偽物の王座に胡座(あぐら)をかいた。

 それどころか、隣で一生懸命に写真の勉強をする人の姿を見て、無意識の内にみっともないとすら思っていた。

 だが色々な知識を吸収しあっという間に抜かれた現実に、自分には才能がなかっただけ、と研鑽を怠った事実を隠したのである。


 真琴は才能のせいにしていたことを余程後悔していたのだろう。

 彷徨っていた視線と魔王の鋭い目が合うと全てを見透かされたような気持ちになり、悔しさで唇に血が滲んだ。


「真琴よ、さっきも言ったが、才能が全てではない。努力次第で神にさえ辿り付けると思っておる。でなければ俺様の研究が無意味になってしまうからのぉ。ハーッハッハッハッハ!!」


 湿っぽくなった空気を豪快な笑い声で吹き飛ばし、真琴の背中をバシバシと叩く魔王。

 彼は性根の腐った考えを振り払うように深呼吸をすると少し吹っ切れた様子を見せた。


 一方、魔王と真琴の友情が深まっている傍らで、僕のこと完全に忘れてるとルーシーは足を抱えて蹲り、涙を溜めながら床にのの字を書いていじけていたりする。


「また脱線してしまったせいでルーシーが頭を抱えておるようだ。真琴、理解できるように話を纏めて説明してやるのだぞ? 今後、話が終わるまでは途中で割り込むでない」

「へーへー、了解しましたよ」


 絶賛、のの字を書いている僕はお兄さんから悪かったと謝られた。

 手を伸ばすと意味を理解してくれ、僕を抱き上げると椅子に座らせてからさっきまでの話をわかり易く説明してくれる。

 お菓子を食べつつ全てを聞き終えると魔王のおじさんはまた話しだした。


「真琴の魂を全て複製しても吸血鬼の身体には余裕があった。上級魔術までの知識で埋めても良かったのだが真琴が喚くのは予想しておったのでな、内包できる魔力量だけを増やすことにしておいた。さっきも言ったが練磨しなければ宝の持ち腐れになるだけだからの。」


 お兄さんから頑張れば魔導王にもなれるらしいと聞いて胸を躍らせずにはいられなかった。

 昔話に必ずと言っていいほど出てきては強い魔物から人々を守る、そんな英雄譚に憧れない男の子はいないだろう。

 当然僕もその内の一人、皆に内緒で魔導王が使っていた魔術の詠唱をしては何もおこらないと落胆していた。

 だが吸血鬼になった今なら夢も叶う。

 目が覚めてからが楽しみでしょうがない。


「最後に先祖返りするための条件を洗礼の儀に設定し、死後の世界での下準備を全て終わらせた。後は初めに話した通り、先祖返りをさせるルーシーに直接魔術で仕掛けを施し、来る日まで待った。先祖返りは体力をかなり消耗しすぐに気を失うのでな、丁度良いと追加で仕掛けをしておいたのだ。夢の世界で俺様達が出会っていることから全て無事に成功したのは確定しておる。よってルーシーを魔法研究の仲間に誘うに至ったというわけだの」


 難しい話に頭が破裂しそうになったけどお兄さんが居てくれて助かった。

 魔法の知識は勿体無いと思う、でも一人じゃきっと話についていけなかったよ。

 お兄さんにお礼を言うと気にするなと頭を撫でてくれた。


「ではルーシー、返事を聞かせてもらってもよいかの?」


 改めて聞かれるまでもない。

 あの話を聞いてから僕の頭の中はもう決まっている。

 そう、答えは


「いやです♪」


 断る人が居たらぜひ見てみたい。

 あのとき考えていた魔王の誘いを断る人は居た、――僕だった。

 

 とびっきりの笑顔で否定したけど魔王のおじさんは断られるとわかっていたみたい。

 その証拠に驚きもしないし、怒りもしなかった。

 腕を組み首を縦に振って頷いているだけ。


「一応、理由を聞いておこうかのぉ」


 魔王のおじさんは考えがわかっていても聞かないと気が済まないらしい。

 お兄さんと話しているときもそうだったなと思い出す。


「許せなかったから」

()()どうして許せなかったんだろうなぁ」


 わざとらしく聞き返す魔王は誰かさんに視線を向けるも、話が終わるまで割り込まないことを約束してしまったので睨み返すしかできなかった。


「お兄さんが、僕の事を、『クズ』って言ったのが許せなかったからだよ」


 待ってくれと弁明しようとした真琴だが、自業自得だろうと魔王に止めを刺され、何も言えず力無く崩れ落ちた。


 それを見た僕は屈んでお兄さんの頭を撫でながら理由の続きを話した。


「大丈夫だよ。お兄さんがもうそんなこと思ってないのはわかってるから。でも実際に見せてあげたいの。経験しないとわからないって教えてもらったから。だから僕はお兄さんと一緒に――」


 ルーシーは立ち上り魔王へ振り返るとにっこり笑顔で宣言した。


「エリート目指します♪」




【補足】

血界とは吸血鬼の血によって作られた結界のこと。血で魔法陣を描き、吸血鬼が魔力を流しこむことで発動する。ヤスナ村の血界は地下深くの岩盤に村と同じ大きさのものが描かれている。隠蔽と拒絶の効果があり、魔物や人間が村に近付こうとすると無意識の内に村から離れてしまう。なお、血界は開拓者の一人が張り、ヤスナ村の人達は血界の存在は知らされていない。

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