第4話 絶望
この話には第4.5話で登場する人物に関係した内容が一行目から書かれています。
少しのネタバレも気になる人は 第4.5話 行き倒れ を先に御覧ください。
※第4.5話はギルが村長になる前の話です。
教会でイリアと別れた二人は宿を求めてギルの親友だという人の家にやってきた。
既に日は暮れ、辺りを闇に変えているのだが、幾つものランタンの灯りによってその姿を露わにしていた。
周りは壁で囲まれ正面に鎮座するのは悪しき者から主を守る厳つく堅固な作りの門。
その奥には色とりどりの花、良く手入れされた芝生に樹、噴水や芸術的な彫像が広大な庭に存在する。
建物は半木骨造で変わった模様を描いている左右対称な二階建て。
人が20人は住めるだろう大きな家だ。
ギルが村長とはいえ、知り合いになれるような人が住んでいる場所には見えない。
それもその筈、ここはコルジアット領の領主が住んでいる場所なのだから当然だ。
なぜ領主と知り合いなのかというとただの偶然としか言いようがない。
それに話すと長くなるし恥ずかしいので説明は却下だ。
門の前に来たギルとルーシーは立ち往生していた。
門は完全に閉じており、ここから声を出しても家の中に届くことはない。
完全に出遅れてしまっていた。
仕様がなく、宿を探そうと思ったがルーシーは既に目を擦り眠そうにしていた。
「意地でも見つけてやる」と豪語した手前、イリアの家に行くのは嫌だったがルーシーの為に我慢しようと元来た道を戻ろうとして後から呼びかけられた。
「こんな時間にパーストリット家へ何か御用ですかな?」
かなりの至近距離から発せられた声に驚きギギギと錆びついた玩具の様に首を後ろに向けた。
気配の一切を絶ち背後まで来ていたのは執事服の似合う老紳士だった。
彼の名前はバートン・スチュワード。
パーストリット家に昔から仕える執事長だ。
今はジーニアスの補佐をしており、彼が領主館に居ない間はバートンが執務をこなしている。
「やあ、バートンさん。お久しぶりです。ギル・クレヴュートです」
珍しく敬語を使うが、バートンを尊敬しているので当然とも言える。
バートンからは使用人に敬語を使うなど、村の長としては良くありませんよと毎回注意される。
なので今も同じことを言われたばかりだ。
「五ヶ月ぶりですかな。ジーニアス様のお誕生日に挨拶に来られたと記憶しておりますが」
「そうですね。その時以来です」
「左様でございますか。さて本日はどうされましたか?来訪のご予定は無かったと思いますが」
「あれ、ジニーから聞いていませんか?孫が洗礼を受けるから一晩泊めて欲しいと、先月手紙を出したのですが」
「手紙は確かに届いておりましたね。手紙とは珍しいと仰られていたのを覚えております。ですが、それだけでしたね。雑務中でしたので恐らく後で拝見しようと机に入れてそのままになっているのやもしれません」
「確かにジニーなら有り得ますね。あれ?もしかしてこの時間にバートンさんが外に居るってことはジニーは留守ですか」
「ええ、視察ということで隣の町まで出かけておいでです」
「んーなら仕方ない。知り合いの家に孫を預けに行ってきます」
「いえいえ、その必要はありません。常日頃よりジーニアス様からギル様が困って家に来るようなことがあれば歓迎するよう申し使っておりますので。気になさる必要はございませんよ」
「なら、お言葉に甘えさせていただきます」
「畏まりました。お食事の方はいかが致しましょうか」
「孫用にちょっと摘める物があればお願いします」
「ではクラッカーを用意してまいりましょう。お部屋へ案内致します。どうぞ中へ」
堅固な門に鍵を通すとガチャリとその口をあけて来訪者を迎え入れた。
来客用の部屋に通された後、ルーシーに食事を摂らせると、食べている途中で眠ってしまった。
口に付いた汚れを拭ってからベッドに運び、そのまま一緒に中へと入った。
可愛い寝顔に頭を撫でながら教会での事を思い出す。
神の御使い云々には驚いたが神託の内容の方が気になっていた。
最初の三つはルーシーが不幸になるような内容だったからだ。
特に二つ目が原因だろう。
『貴方の身に危険が迫ったとき、諦めず強く願いなさい』だったかな。
この世界は何処にいても危険が付き纏う。
まず『魔災』
世界の何処かに突如として発生するそれは、魔力溜りが原因だ。
魔災が発生する場所には魔物が大量発生する。
そして殆どが危険種だったり新種だったりするのが厄介だ。
発見した場合、速やかに国に報告され殲滅作戦が行われる。
次に『魔物』
こいつらは何処にでも居る。
平原、森、山、湖、海、空、迷宮。
人の住む町中にも居るが、契約している魔物なので安全だ。
ヤスナ村の裏山にはスライムとトレントがいる。
最後に『人』
無駄に知能がある分、魔物や天災より厄介だ。
自分の為なら親族すら騙し、簡単に傷つけ殺す。
特に獣人の扱いは酷い。
彼等は身体能力が高い代わりに内包する魔力量が極めて少ない。
魔法を使えることが優秀とされるため下に見られているのだ。
見た目が可愛い女子供は拐われ、愛玩奴隷として売られることが多々ある。
ルーシーは見た目が良すぎるので拐われる可能性はかなり高い。
愛玩奴隷は殆ど女だが、貴族なんかは逆に男を好む変態も居る。
なので今まで村の外に連れて行ったことは殆ど無い。
考えると切りがないのは分かっているが止められない。
ギルはうんうん唸りながら寝るまで続けた。
翌朝バートンが朝食に呼びにきて、ノックの音で目を覚ます。
ふかふかのベッドが気持ち良いのかルーシーはなかなか起きず大変だった。
食堂に行きパンと野菜のスープを頂いていると、今日の予定を聞かれたので、この後教会に寄ってから帰ることを伝えた。
門まで見送りに来てくれたバートンは途中お腹が空くでしょうからとお菓子と干し肉を持たせてくれた。
気配りも忘れないとは、彼は執事の鑑だ。
教会に着くと、来たとき同様、イリアが花壇に水を撒いている。
挨拶をすると「ご飯を作って待ってましたのに」と少し拗ねていた。
昨日できなかったことを取り戻すように、ルーシーをギュッと抱きしめている姿は、本当の姉弟のように見えて微笑ましいものだった。
イリアと別れ馬を回収後、門へと向かった。
昨日と同じ門番に見送られ、また悩殺してから馬を進める。
途中休憩を挟み6時間程かけて村の入り口まで戻ってくると違和感を覚えた。
普段なら入口近くにある物見台に見張りが居るのだが人は見当たらず中はシンとしていた。
無人ということは村で何かあったということ。
昨夜からずっと考えていた不安が頭をよぎる。
ルーシーにしっかり掴まるよう言い、急いで馬を走らせた。
村に近付くにつれ更なる違和感に気付く。
『血の臭い』
風に乗って漂ってくる。
狩をしたら血抜きをするがこんな所まで臭うことは無い。
これは異常だ!
引き返せと頭に警鐘が鳴り響く。
物見台に戻ってルーシーを置いてきた方が良いだろうか。
いや、もし後を追ってきたらそっちの方が危険だろう。
このまま連れて村に戻ってから判断することにした。
村に着くと凄惨な光景が広がっていた。
人は倒れ、そこら中に血の海ができている。
咄嗟にルーシーを抱き寄せ視界を塞いだので見てはいないだろう。
ルーシーに目を開けないよう言い、周囲を見渡してこの光景を作った原因を探す。
自分たち以外に気配がないのを確認すると村の中へと入った。
一軒ずつ慎重に中を覗いていき無事な者が居ないか調べる。
六軒目で漸く息のある者を見つけた。
「おい、しっかりしろ!何があった」
「ギルか…逃げ…ろ……見た……ことの…無…い…魔もゴフッ!!」
事情を聞くため必死に叫んだ。
何とか力を振り絞り事態を知らせるも男は口から血を吐き力無く倒れた。
男の話から魔物に襲われた事が分かった。
ここまで見かけなかったが何処かへ行ったのだろうか。
見たことが無い魔物というのも問題だが、とりあえず次の家に移動した。
けれど、あれ以降息のある者は居なかった。
最後に一番遠い場所にあるジル達の家に来た。
扉を開け中に入ると嗅ぎ慣れてしまった血の臭いがする。
悔しさで唇から血が出てきた。
奥の部屋まで行くと何かの気配がする。
剣を抜き深呼吸してから中の様子を伺うと、部屋の隅に黒い物体が佇んでいた。
ジルとリリーナでないことは分かるけど二人の姿は部屋にない。
つまりあれが魔物だということだろう。
目の前の敵に注意を向け直すも魔物は隅から動こうとしない。
耳を澄ませばピチャクチャと何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
そこが台所だったので保存していた肉でも食べているのだろうと敢えて結論付けた。
動かないのなら好都合だ。
ギルは急いで、しかし音を立てないようその場を後にしようとしたが、ずっと目を閉じていたルーシーが耐えられずに声を出してしまう。
「お祖父ちゃん、まだ目開けちゃダメ?」
ピクッ!
急いで口を塞ぐも黒い魔物は耳をピンと立て巨大な体躯を持ち上げる。
そいつは狼のような姿に背中から黒い水晶を幾つも生やしていた。
水晶の禍々しい光に絶望感を増す。
黒い魔物は音がした方を確認するためぐるんと重たい頭を入り口に向けた。
赤い瞳に睨まれたギルは足が竦むも冷静に指示を出す。
「ルーシー、外に出なさい。そしてソレイユの町に、イリアの所に行くんだ」
「どうして? お祖父ちゃんは一緒に……っ!?」
理解出来ず疑問を投げかけ、「一緒に行かないの」と言い終わる前にドンと衝撃が走る。
たたらを踏み何事かと目を開けば腕を伸ばしているギルが見えた。
彼は一刻も早く逃げて欲しいと大好きな孫を突き飛ばしたのだ。
いつも優しいギルに突き飛ばされたのが信じられないと唖然とする。
固まってしまったのを見たギルが判断を間違えたと思っていると、遂に魔物が動き出した。
横に倒れたテーブルの影からゆっくりと近付く魔物に剣を構えて相対する。
ルーシーはまだ動いてくれない。
このままでは一緒に襲われるだけだと考え、震えて動かない足に剣を突き立てた。
激しい痛みに襲われたがどうにか震えは収まった。
その光景にビクッと身動ぎ現実へと戻ってきたルーシーに、今度は間違えないと優しく声をかける。
「一生のお願いだ。怖いだろうけど先に行ってて欲しいんだ。お祖父ちゃんも用事を済ませたらすぐに追いかけるから」
「……分かった。でもすぐに来てね。約束だよ」
「ああ、約束する。そうだ、これをあげよう」
そう言って前から欲しがっていた護身用のナイフを腰から外す。
それは開拓者が使っていた魔道具でヤスナ村の村長に代々受け継がれてきた物だ。
開拓者達は元冒険者でこのナイフでドラゴンを一撃で倒したなどの昔話がある。
本当かどうかは使える者が居ないので分からないが、ルーシーはその話が大好きで、毎回話し終わりに頂戴と可愛くおねだりしていた。
なのでナイフを受け取ったルーシーは目を輝かせて「いいの!?」と嬉しそうにしていた。
そろそろ限界だと早く行くよう出口を指さすと、ギルとナイフを交互に見て頷き走っていった。
数歩先で口から涎と血を垂らす魔物に恐らく約束は守れないだろうと悔しさが溢れたが、最後に彼の笑顔を見れて口元が綻ぶ。
恐怖はもう無い。
後は一秒でも長く目の前の化物を食い止めるだけだ。
「さぁ、少し俺と遊んでもらおうか。犬っころ」
そしてギルは部屋の中へと入っていった。
家を飛び出したルーシーは村の出口へと駆けた。
例え村人達が倒れていても、足元に血の海が広がっていても。
胸にナイフを抱え、目には涙を浮かべ、必死に駆けた。
大好きなお祖父ちゃんとの約束を守るために。
彼は最初から気付いていた。
村に戻ってきたとき見えていた。
鼻を突く臭いが何を意味するのかも知っていた。
そして、もうギルと会えないことも理解した。
最初から最後まで気付いていないフリをしていた。
お祖父ちゃんに迷惑をかけないために。
ずっと一緒にいるために。
でも最後に失敗してしまった。
口を開いてしまった。
お祖父ちゃんの声を聞いて安心したかったから。
もう少しだけ、あとほんの少しだけ自分を騙せていたらと後悔で涙が溢れた。
必死に走り残すは出口までの細い道だけと思ったそのとき。
道の手前に居た馬の頭が吹き飛び倒れた。
意味の分からない事象に足を止めると奥の茂みから背中に黒い水晶を生やした魔物が出てきた。
その数二匹。
赤い瞳がルーシーを捉えると頭を下げ、背中の水晶を向けてきた。
次の瞬間、水晶の先に黒い球体が現れる。
徐々に大きさを増していくそれが何か分からないけど、逃げなければ殺されると直感的に悟る。
咄嗟に横へ跳ぶのと同時、物凄い早さで発射された黒球がさっきまで居た場所を飲み込む。
黒球が消えると地面は球状に抉られていた。
間一髪、回避に成功しホッとしたのも束の間、もう一匹が同じ黒球を発射した。
地面を転がりながら回避すると、魔物は当たらないと判断し鋭い爪を地面に食い込ませながら突進してきた。
逃げようと足を踏み出したら激痛が走り体制を崩して倒れこむ。
足を見ると浅黒く晴れていた。
どうやら飛び退いたときに捻ってしまったらしい。
射程圏内に入った魔物は勢いを付けて飛びかかってきた。
もう駄目だと諦めたとき、世界の全てが遅く感じ、色々な記憶が頭の中を駆け廻った。
そして昨日、神様と会って貰った神託の内容を思い出す。
『1つ、貴方の大切が無くなるでしょう』
うん、大好きな人達が居なくなった。
『1つ、貴方の身に危険が迫ったとき、諦めず強く願いなさい』
うん、今にも魔物に殺されそう。
でも、もう諦めちゃった。
だから僕は助からないかな。
ごめんなさい、神様。
せっかく教えてくれたのに、思い出すのが遅くてごめんなさい。
もし神様が助けてくれて、今からでも間に合うならお願いです。
僕はいいのでお祖父ちゃんを助けて下さい。
きっとまだ魔物と戦っているはずです。
お願いします。
……。
鋭い爪が肩を裂き押し倒される。
足に太い牙が穿たれた。
「あぁぁぁああああああ!!!!」
激痛が走り今まで出したこともない声が出た。
それを煩いとばかりに首を裂かれ空気が漏れる。
「ごぼぉっ!!」
血が肺に入り咽ると魔物の顔に飛び散った。
眼に入った血を取ろうと顔を拭う様に笑みがこぼれた。
(ざまぁみろ)
意識が段々と薄れて行く。
(……痛いなぁ、……苦しいなぁ、……怖いなぁ)
遂に目が見えなくなった。
(……寒いなぁ、……誰か助けてよぉ、……生きていたいよぉ、……死にたくないよぉ!!)
最後の最後で「生きたい」と「死にたくない」と強く願った。
その思いに答えるかの如く手に持ったナイフが輝くとルーシーを嬲っていた魔物が吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ転がっていくが、途中で飛び跳ね一回転して着地した。
何が起こったのか分からず警戒して様子をうかがっていると、ナイフがルーシーの身体の中に溶けるように入っていった。
すると時間が遡るように傷が塞がり血まで戻っていく。
次の瞬間には立ち上がり、目を見開くと淡青色ではなく真紅色の瞳が現れた。
その鮮やかな紅を魔物達に向けると尻尾を丸め萎縮する。
先程まで自分よりも格下の生物で死ぬ寸前だったのに今は恐怖心しかない。
少しでも動けば今度は自分が殺されると本能的に察知した。
ルーシーは腕を上げ人差し指を向けると音も無く片方の魔物が消えた。
今度はただ飛ばされただけでは無く、文字通り消えた。
急に消えた事に驚いたもう一匹は仲間が死んだことを理解するとすぐにルーシーへ向き直る。
魔物はルーシーの攻撃を視認すらできなかった。
ただ何かが飛んできたというのは指の射線上に残る抉れた地面から分かった。
指はまだ仲間が居た方を向いており、恐怖から撤退ではなく突撃を選択してしまう。
攻撃の余波に解けた髪が舞うようになびき、先端から徐々にその色が金から白へと変貌する。
そして飛びかかった魔物は触れることも叶わず跡形もなく消え去った。
ただ消える瞬間見えた、純白の髪に真紅の瞳というあまりに美しい姿を脳裏に残して。