第3話 運命の神
無事、城塞都市『ソレイユ』に到着したルーシーは、門番達を悩殺させつつ、ギルに連れられ早速教会へとやってきた。
教会の入り口横にある花壇に水をやっているシスターを見付けたギルは徐ろに話しかける。
「やぁシスター・イリア。また一段と美しくなったな」
どうやら知り合いらしく、彼女の日々成長していく姿|(特に胸)を眺めながら感心している。
「ふふ、美しいだなんて、私には勿体無いお言葉です、ギル様」
聞き覚えのある声に答えつつ水やりを止めて振り返るシスター。
「そう謙遜することはない。イリアは今年で成人だろ? その年でこの美しさ、さぞ周りの男は放ってはおかんだろう」
「ええ、皆さんよくお話をしに来てくださったり、子供達と遊んでくれたりしています。数日前は花壇の草むしりと樹の剪定もしていただきました。本当にありがたいことです。しかし、私は既に、神に身を捧げていますので……」
「そうだったな」
申し訳無さそうに微笑するシスターに、「野郎共、儂のイリアにちょっかい出してんじゃねぇ」とギルが心のなかで叫んでいるとイリアが質問してきた。
「それでギル様、本日は教会にどのようなご用件でいらしたのですか?」
「おお、忘れておった。実は孫が5歳になって丁度一週間でな、儂はその付き添いだ」
「なるほど、洗礼の日だったのですね。それでお孫さんはどちらに?」
「ルーシー、出ておいで。お姉ちゃんにご挨拶しようか」
「っ!?」
ギルの足に隠れていたルーシーが顔を出し姿を見せると、イリアが突然、有り得ないものを見たかのような驚きを見せ、瞬きも忘れたまま止まってしまった。
「お姉ちゃん、初めまして。僕の名前はル――!?」
「まあまあまあ、何て可愛らしいお嬢さんなのでしょう。きっと神が遣わした天使に違いありません。このままお家へ連れて帰りたい。でも、あぁ、もういっそ食べてしまおうかしら」
ルーシーが挨拶をしていると、イリアが物凄い早さで近づいてきて、その豊満な胸で包み込むように抱きしめた。
突然目の前が真っ暗になり、且つ息ができない状況にルーシーが驚くも、そんな事は知らないとばかりに恍惚の表情を浮かべたまま天使だ何だと言い出した。
若干勘違いしているが些細な事なので気にしない。
その光景に「うちのルーシーの可愛さは神の嫁すらも虜にしたか」と笑っていたギルだが、先程まで藻掻いていた孫が動かなくなったのを見て、我を取り戻すと急いでイリアを宥めた。
「こほん。少々取り乱してしまいました。申し訳ございません」
落ち着いたイリアが謝るものの時既に遅し。
余程怖かったのか、プルプル震え、「真っ暗、ふにふに、食べちゃう」と目に涙を浮かべ、呟きながらギルの足にしがみつくルーシー。
たまにイリアの方をチラリと伺ってはいるものの、目が合うとすぐに隠れてしまう。
その都度彼女は悲しそうにしていた。
自業自得だが、ああなってしまうのは仕方がない事だと理解しているギルは、どうしたものかと考えるも良い案は出てきそうになかった。
本当ならルーシーが洗礼を受けている間に、昔馴染みの所へ町についた事だけ伝えに行くつもりでいたが、ルーシーが足から離れ無いので洗礼が終わるまで一緒に居ることにした。
洗礼の義は教会ではなく、裏手にある神域で行われる。
一行は薔薇のアーチを潜り抜けると、樹々に囲まれた小さな泉が現れた。
泉の中心には聖杯が浮いており、中からは止まることなく水が溢れ続けていた。
「ルーシー様、洗礼の義を行いますのでこちらへどうぞ」
イリアは泉に浮かぶ魔法陣の刻まれた石版に乗ると、ルーシーを促すように手を差し出した。
まだ怖いのか潤んだ視線をギルへと向けるルーシーに、「大丈夫だ、行って来なさい」と優しく頭を撫でると、渋々といった感じで彼女の手を取り石版に乗った。
落ちないよう注意をしてから、イリアは手を胸の前で組み言葉を紡ぐ。
「神に愛されし流麗なる水の精達よ、この世に舞い戻りし魂を主の下に導き給え」
二人を乗せた石版は、詠唱が終わると魔法陣を赤く輝かせ動き出し、聖杯の前で止まった。
「杯から溢れる聖水をお飲み下さい。そして手を胸の前で組み神に祈りましょう」
言われた通りにすると、足元にある石版のように泉全体が赤く輝きだし、下から迫り上がってきた水に飲み込まれた。
肩を叩かれ「もう目を開けても良いですよ」という声に目を開けたルーシーは驚いた。
目の前にあった聖杯は何処かへ消えていて、今は大きな柱に支えられた一枚の扉があったらだ。
イリアはここで待ってるらしく、神様のところに一人で行かなければならない不安感に煽られつつ、意を決して扉を開け奥へと進んだ。
― side ルーシー ―
(うぅ、真っ白で何にも見えない。
いつもお祖父ちゃんやお母さん、たまにお父さんとか村の人が一緒だったから分からなかったけど、一人って怖いなぁ。
やっぱり一回お姉ちゃんのところに戻って付いて来てってお願いしてみようか。
でもお祖父ちゃんが神様に元気に大きくなりましたって言わないと駄目って言ってたし……。
それに何処まで続くんだろう。
結構歩いた気がするんだけど、もしかして迷子になってたりするのかな?)
何処までも続く長い通路と一人だけという状況に加えて、周りは白い霧で囲まれているのだ。
誰であろうと不安にならない訳がない。
まして彼はまだ5歳なのだから。
――20分後
(疲れたよぉ……あ、何か見えてきた。
やった、きっと神様の居るお部屋だ。
そうじゃなかったら僕帰っちゃうよ、プンプン)
などと頭のなかでは強がっているが、内心では漸く誰かに会えることにホッとしていた。
「かみさま、みーつけたっ――」
勢い良く駆けて行き、暫くぶりに発した言葉に返ってきたのは静寂だけだった。
(……え、誰も居ないよ?
もうもうもう! どうして誰も居ないの!
僕はどうすればいいの!
はぁ、本当に帰っちゃおうか)
がばっ!
「きゃっ!?」
(なになに、何なの、手?
もしかしてお姉ちゃんがまた抱きついてきたの?)
誰も居なかったことに項垂れていると、後ろから伸びてきた手が突然絡みついてきて柔らかいものが押し付けられた。
それだけなら良かったものの、次なる行動にルーシーが嫌な記憶を思い出す。
ぺろんっ
「ひぅっ!?」
(い、いい、い、今ぺろんって!僕の耳ぺろんって!
そういえばお姉ちゃん、あの時食べてしまおうかって……プルプルプル)
あの時言ってたことは本当だったんだと、やっぱりお姉ちゃんは子供を食べちゃう魔物だったんだと戦々恐々としたものの、誰かと話せることへの欲望が勝り、勇気を出して話しかけた。
「お姉ちゃん、僕なんか食べても美味しくないから、離して、ね?」
「…………」
だが無常にも返ってくる言葉はなく、もう我慢も限界という気配だけは伝わってきた。
返事がないことで今度は食べられる事への恐怖心が勝ってしまい、目をぎゅっと閉じて「神様助けてっ」と手を胸の前で組み祈った。
「ぷっ、ぷふっ、くぷぷっ、もう無理。耐えられない。おもしろ可愛すぎる。あはっ、あははははははは」
「ふえっ?」
必死だったのと予想していた人とは違う声に脳が追いつかず、変な声を出してしまったのに気が付いて耳が真っ赤になった。
「あ~ごめんごめん。やっと愛しのルーシーちゃんに会えたのが嬉しくてね、我慢できなかったんだぁ」
「僕に会えて嬉しかったの? じゃあ食べない?」
「ん、キミをかい? まっさかぁ、食べたりなんかするはず無いじゃないか。だからそんなに怯えないでほしいなぁ。じゃないと神様傷ついちゃうぞ☆ミ」
「?? もしかして神様、なの?」
「そう、ボクが神様さ。運命の神、ノルンちゃんだよぉ♪」
「あやしい」
「あ、あれぇ、おっかしいなぁ(汗)どこからどう見ても神様だと思うんだけどぉ」
「だって神様ってお姉ちゃんみたいにおっきいけど、ちっちゃいんだもん。お祖父ちゃんが神様はず~っと昔から生きてるって言ってたもん。」
「にゃっ!? な、なるほどねぇ、お、大人はみんな大きいもんねぇ。ル、ルーシーはボクみたいに小さな女の子……嫌いかい?」
「ううん、嫌いじゃないよ。ちっちゃい神様かわいいもん。」
「そうかいそうかい、ちっちゃくて可愛いかい。あはは、ありがと。でもでもぉ、大きい方は気持よかったでしょw」
「……////」
「プクク、ルーシーはおませさんだねぇm」
「…………」
「ごめんごめん。まだ嫌われたくないのぉ。だから……あぁんもぅ、可愛すぎるからほっぺプクッとさせるのやめてぇ」
「もう意地悪しないなら許してあげてもいいよ」
「うぅ、分かったよぉ。意地悪しないって約束――今日に限ってだけど♪――するからぁ」
「じゃあ良いよ、許してあげる。」
(んーとりあえず意地悪しないって約束してくれたけど、何かあやしいなぁ)
「ふぅ、じゃあそろそろ神託を授けちゃおうかなぁ。あんまり此処にいすぎると良くないからねぇ」
そう言うとオチャラケた雰囲気から一変して、神様らしい威厳を持って四つのお告げを下した。
『1つ、貴方の大切が無くなるでしょう』
『1つ、貴方の身に危険が迫ったとき、諦めず強く願いなさい』
『1つ、絶望の先に、奇知をその身に宿すでしょう』
『1つ、深い闇より帰還したならば、素敵な出会いが待っています』
お告げの内容はあまり理解できないものもあったけど、「大切だから絶対に覚えておいてね」というノルンの言葉に首を縦に振り、脳裏に焼き付けるように何度も呟いた。
― end ―
さぁ帰ろうかと元来た方向に回れ右すると、見えたのは既に忘れていた霧に覆われた道だった。
また一人ぼっちの時間が来て気が沈んだけれど、神様が「さぁ、行こうか」と手を引いて歩き出したので一緒に門の前まで話しながら帰った。
神様にお別れの挨拶を済ませて見送ったあと、大きな門を開ければ、お姉ちゃんが膝をついて祈りながら待っていてくれた。
門が開いたのに気が付いて目を開けたイリアは、「おかえりなさい」と微笑み両手を広げた。
神の部屋までの道程が霧に覆われ、且つ長い事を自分も子供のときに体験していたので、寂しかっただろうと腕を広げ抱きしめる準備をしたが、ルーシーは戸惑いながら動こうとしなかった。
頭の上に? をいっぱい浮かべ考えていたが、出会ったときの事を思い出し、引きつった笑みに変わった。
それを見たルーシーは「くすっ」と口に手を当て可愛らしく笑い、そしてイリアに近付くと抱きついて「ただいま」と言った。
行きにも使った魔法陣の刻まれた石版に乗ったが、ここである事に気がついた。
聖杯から溢れた水が泉に落ちる音が聞こえるのに、石版の周囲には水が一切無いのである。
どうやって帰るのかと疑問に思っていたら、イリアに肩をぽんと叩かれ上を見るよう言われた。
すると不思議なことに、教会の裏手にある樹々で囲まれた小さな泉とまったく同じものが、反転して宙に浮いていたのだ。
来た時は目の前に現れた門に驚き、周囲のことなどまったく見ていなかったと思い出す。
あまりの光景に心奪われ、ポカンと口を開け見入っている姿に微笑まれたが、仕方ないと思う。
暫く見た後、イリアに促されて手を胸の前で組み祈ると言葉を紡いだ。
「神に愛されし流麗なる水の精達よ、神託を授かりし魂を彼の地へ導き給え」
少し違う詠唱が行われたが、その後は来る時と同じで泉が赤く輝き、水に飲み込まれた。
目を開けば宙に浮いた聖杯が何事もなかったように水を溢れさせている。
「ルーシー、神様とはお話できたかい」
「お祖父ちゃん!」
水辺で待っていたギルに出迎えられ、石版が戻ると同時に抱きついた。
実は神様とのお話が楽しかったルーシーは、今の今までギルと一緒に来ていた事を忘れていたのだが、それはここだけの話。
そして、聞いて聞いてと満面の笑みで体験してきた内容を語りだした。
「神様ってお姉ちゃんよりちっちゃくてすっごく可愛かったよ! それでねそれでね――」
友達と遊んでいましたというようなその内容に、ギルの心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
粗相をして神様の機嫌を損ねていないだろうかと、そう考えていたからだ。
自分でも相当甘やかしてきたことは理解している。
一応礼儀作法は教えたこともあったが、村から出なかったので使う機会など全くなかった。
なので「小さい」、「可愛い」という孫を見れば、当然心配もするはずである。
実際は逆で、機嫌を損ねるどころか可愛がりすぎて神様が嫌われる寸前だったけど、ギルがそれを知ることはない。
結局、まあ無事に戻ってきたし心配する必要はないかとギルは考えるのを止めたが、イリアは違った。
重大なことに気が付いていたからだ。
「あの、ルーシー様は神のお姿を拝見されたのですか?」
ギルも漸くその事に気が付き、ルーシーへと視線を向けた。
「うん、そうだよ。お部屋に着いたと思ったら後ろから急に抱きつかれて、耳をぺろんって舐められたの。最初はお姉ちゃんかと思って怖かったんだけど、神様はとても優しかったの」
ガーンという効果音と顔に線を垂らしたイリアは、蹲りのの字を書きそうになったものの、ギルに慰められ気を取り直した。
「俺は神様に会ったことは無いのだが実際どうなんだ、イリア」
「ええ、私もお会いしたことは一度もございません。もし、この事が国王様や教皇様のお耳に入れば、少々厄介な事になるかもしれませんね」
「少々で済めば良いのだが、無理な話だろうな」
ギルが無理な話と言うのも当然である。
本来、人の子が神と会うことは、例え教会の人間であっても不可能なこと。
国や教会のお偉方が知れば神の御使いとして迎えられ、最悪ルーシーを巡って戦争になってしまうだろう。
異教徒という考えはある国の王族が授かった神託によって今は無くなったため、400年程前から教会が関係する戦争はおきていない。
けれど教会内部では表には決して出さないが、信奉する神によって派閥がある。
近年小さな諍いが増えてはいるものの、どうにか保っていられるのは偏に神託あってのもの。
しかし所詮は人の子、何が切っ掛けで理性が決壊するか分からない状況にあるのだ。
神の御使いなんて物が現れれば容易く崩れ去ることは予想できる。
国としても放っておく事はできないので、教会に協力することになる。
戦争になるというのも、うなずけるだろう。
「もう一度お聞きしますが、神のお姿を拝見されたのですね?お声だけではなく」
「お姉ちゃんは僕が嘘付いてると思ってるの?」
「いいえ、そのようなことは決してございません。ただ、誰もお姿を見たことがないもので。ごめんなさいね」
「僕の方こそ疑ってごめんなさい」
目に涙を浮かべて謝るルーシーの頭を撫でながらどうしたものかと考えた。
教会の人間としてなら報告しなければならないが、幸いここに居るのは三人だけ。
自分が黙っていれば済む話。
当然イリアとしても目の前に居る可愛らしい子を渡したくないと思っている。
だが見つかった時のことを思うと怖くて決められない。
教会のシスターイリアと、ただのイリア、どちらを取るか悩んでいると声に遮られた。
「イリア、先に謝っておく。すまない。そして俺の頼みを聞いてくれ」
言われて声がする方に視線を向けると、土下座をして深々と頭を下げているギルがいた。
彼の事は小さい頃から知っているが、こんな姿は見たことがない。
それには可愛い孫の未来のため、そしてこの先、バレてしまったとき面倒に巻き込んでしまう事への申し訳無さが混じっていた。
彼もすごく悩んだのだろう。
気持ちは当然伝わってくる。
さっきまで自分のことしか考えていなかった私とは違う。
彼はヤスナ村の村長、ギル・クレヴュートではなく、一人のお祖父ちゃんとして決意した。
ならどうするかはもう決まっている。
「私は何も聞いてません」
「は?」
「だから、私は、今日、ルーシーの、洗礼の義に、立ち会っただけ!何も聞いてないし、終わったら直ぐに花壇の水やりに戻ったって言ったの!」
「いや、それだとお前に!そもそも素に戻って――」
「もう! ここまで言ってなんで分からないの! それに最後のはどうでもいいでしょ!」
「わ、分かってる。分かってるから落ち着いてくれ。そういう意味じゃないんだ」
「じゃあどういう意味なのよ。どうせ俺に脅されたことにしてくれとか言う気だったんでしょ? 私だってちゃんと考えて答えを出してるんだから!」
「うぐっ! だが俺はこの子の祖父。家族を守る責任がある。お前に負担をかけるわけにはいかんのだ」
「なら私は今日からルーシーのお姉ちゃんです!」
そう言ってもう何も聞きませんとばかりに耳を塞いで視線を逸らされた。
自分の企みが全て気付かれていたことに怯んだけど、家族という大人げない切り札をだす。
だがそれがどうしたと、自分が姉になれば問題ないでしょと意味不明なことをいう始末。
どうあっても自分一人で背負い込もうとするイリアにどう説得すればと溜息を付いていると。
「お祖父ちゃんも…ヒック、お姉ちゃんも…グスッ、喧嘩しないでよぉ………うあぁぁぁぁん」
喧嘩をしている二人を側で見ていたルーシーは、その理由が分からず不安な気持ちに耐え切れなくなって泣きだしてしまった。
除け者にされ、しかも大好きな人達が喧嘩していれば子供なら泣いてしまうのは当然。
ルーシーの為にと考えていたのに、これでは本末転倒だ。
お互い同じことを考えていると、目が合いばつが悪そうに肩を竦めた。
手を取りニッコリ笑うと、もう喧嘩してないよという雰囲気を作り必死に取り繕う。
しばらくして漸く泣き止んでくれたことにホッとしつつ、まず謝ることにした。
「「ごめんなさい!」」
「グスッ、もう喧嘩しちゃ、メッ!だからね?」
「ああ、もうしないよ」
「私もいたしません」
「グジッ……えへへ」
速攻で土下座をするとそのままの勢いで謝る。
ルーシーからのお叱りにやっぱり可愛いなぁと不謹慎なことを思いながら約束を交わした。
そして袖で涙を拭い泣き腫らした表情のままニッコリ笑う様子に胸をキュンと締め付けられ、この笑顔は命に換えても守ってみせると心に誓うのであった。
「それでだ、さっきの話の続きだが――」
「はい、貴方のそしてルーシーの友人として、その頼みお引き受けいたします」
「ありがとう、イリア」
「ただし、勘違いして貰っては困るのではっきりと言わせていただきます」
「な、何かな?」
嫌な予感を感じつつも続きを促した。
「私は脅されて仕方なく秘密にするのではなく、自ら望んで加担したのだと、夢々お忘れなきようお願いしますね」
「は、はひぃっ!」
いつも通りの聖女の如き笑顔で忠告されたが、目は笑っていなかった。
圧倒的な存在感に、これ以上言おうものならどうなっても知らない、という気迫に満ちた雰囲気に二回り以上も歳上なギルが気圧され声が上擦った。
とりあえず話し終わったと鳥肌を立てて体を擦っているギルを尻目に、イリアはルーシーへと話しだした。
「ルーシー、これからお姉ちゃんが言うことをよく聞いてね」
「なぁに?」
「神様の姿を見たというのは決して誰にも話しては駄目よ」
「お母さんとお父さんにも?」
「リリーナ様とジル様にもです」
「どうして話しちゃいけないの?」
「知られちゃうと貴方が不幸になってしまうからよ。そして、もし私とギル様のように秘密にしてくれる人がいたらその人達も不幸になってしまうの。だからお姉ちゃんと約束して?」
「うん、分かった。約束する」
完全に理解したわけではないけれど、ギルとイリアが不幸になってしまうのは嫌だと思った。
指切りして絶対に話したりしないと誓う。
その後は教会で休憩と世間話を少ししてから、神託の内容について確認をした。
そして四つも授かっていることに驚いたが、神に直接会えるぐらいだからと結論付ける。
内容としても特に問題なかったのでこのまま教会に報告することになるだろう。
なぜ報告するのかといえば、国王の子息が授かった神託のように、個人ではなく世界に関係する内容があったりするからだ。
ルーシーの授かった神託は全て自分に対してなので問題ないのである。
完全に日が沈んでしまった頃、ギルは友人に挨拶に行っていないことを思い出す。
事前連絡をしていなかったので、居ないなんてことも考えられる。
なにせ友人はとても忙しい人物なのだ。
その場合は町で宿を取らなければいけないが時間も遅いので空いているかは怪しい。
慌ててお茶を飲み干し席を立つと、イリアが家に来てはどうかと提案してきた。
ありがたい話だが逡巡することなく答えた。
「いや、仮にも成人した女性の家、それも一人暮らしなのだから泊まることはできん」
「ハウスメイア家とギル様の仲なのですから気にしなくてもよろしいのに」
「気持ちだけ受け取っておこう」
「むぅ、もっとルーシーを可愛がりたかったのに」
「それが本音か。では最悪当てが無くなったらルーシーだけ泊めてやってくれるか」
「宛てが無くなったらと言わずギル様だけ行かれても良いんですよ?」
「こいつぅ、こうなったら意地でも見つけてやる!」
「はい、頑張ってくださいね。いってらっしゃいませ」
イリアに別れを告げると早々に教会を出発し寝床を確保しに行くのであった。
黙って聞いていたルーシーは、一人でイリアの所に泊まるのは嫌だなと思っていたりするのだが、二人は知る由もない。
【補足】
イリア・ハウスメイアがフルネーム。
この世界での洗礼は、再び生を与えて頂いてから無事5歳まで成長できましたと神様に報告する事を目的としている。その際、授かる神託はあくまでおまけ。基本1つだが、神に気に入られた場合は最大2つの神託を授かることもある。入信をしなければならない、なんて事はない。
成人は15歳から。基本お酒は何歳からでも飲めるが、一部の国では成人するまで飲んではならないと法律で規制しているところもある。