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第2話 誕生


 山の麓に小さな村がある。

 人口は60人。


 お年寄りが半分を占めるその村の名は『ヤスナ村』。


 綺麗な小川が村の近くを流れており、周辺の山には村の名前の所以(ゆえん)たるヤスナ草が群生している。


 ヤスナ草は薬の材料として使われる非常に優秀な草だ。

 なので男衆が山で狩った動物の毛皮などと一緒に、月に何度か近くの町へ売りに行く。

 この村の大事な収入源である。


 裏山には魔物も生息しているが、村の人でも対処できる程度の強さしかなく、どういうわけか村に入ってくることもない。

 おかげで村人達は極々平和な暮らしを送れている。


 そんな平和な村だが今日は少し騒がしい。


「うおぉぉぉおおおおおおおっ!!」


 家が震えるほどの雄叫びに、村人達は遂に村の中にまで魔物が現れたのかと、鍬や鍋を両手に窓から外の様子を伺った。


 息を殺し魔物の姿を探すも一向に視認できない。

 村人達は目で合図を送り合い覚悟を決めて外にでた。


 未だ鳴り響く雄叫びに耳を澄ませば、どうも村の広場の方から聞こえてくる。


 男を先頭にいつ飛び掛かられても良いよう慎重に歩みを進め、漸く雄叫びの正体を発見したのはいいが、戦闘態勢に入るでもなく、逃げるでもなく、隣同士でヒソヒソと話し始めた。

 内容は「魔物の方が良かった」、「何て日なの。神に見捨てられてしまったのかしら」などである。


 酷い物ばかりだが、男が一人、号泣しながら駆け回っていれば仕様が無いというものだ。


 彼の名は『ジル』。

 村長『ギル』の一人息子であり、いずれその座を受け継ぐ者でもある。


 理由はわからないが、涙で顔を濡らし、だが嬉しそうな笑みを浮かべて駆け回るという(おぞ)ましい光景には皆ドン引きした。


 誰も彼に近寄ろうとしないそんな中、遂に勇者、いや犠牲者が現れる。


 ジルは猪を担いで悠然と広場に近付いてくる男――実際にはただ家への帰り道にジルがいただけに過ぎない――を目敏(めざと)く見付けると、クルリと進行方向を変え物凄い早さで突進。


 それを見た村人達は、一様に「ご愁傷様」と呟いた。


 急に湧いた悪寒に男はすぐさま腰のナイフへ手をやり身構えると、左側面から涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら飛び掛ってきた親友の姿が目に入る。


 男は咄嗟にナイフではなく、担いでいた猪を振り抜きジルの腹を強打。

 力加減が出来ず、しまったと思った時にはもう、回転しながら宙を舞い後方へ吹っ飛んでいくところだった。


 ジルは顔から地面に着地すると、勢いはそのままに抉りながら直線を描き、海老反ったあとパタリと俯せに倒れ動かない。


 猪を担ぎ直した男は少しだけ反省し、ジルの側に駆け寄って生死の確認を急ぐ。


「ふぅ、どうやら死んではいないようだな」


 息があったので問題無いなと男は揺すり起こすことにした。


 何度目かの揺さぶりで目を開いたジルは最初こそぼぉっとしていたが、意識がはっきりしてくると勢いよく飛び起き片膝立ちで両腕を広げた。

 が、男は取り敢えず顔を踏んで接近を拒んでおくことに。

 両手が塞がっているのだから仕方がない。


「ふぁにをふりゅ」

「それはこっちのセリフだジル」


 何故顔を踏まれているのかがわからんと睨む親友に呆れつつ、当然だと視線を返す。


 彼の名は『ザック』。

 ジルの幼馴染の一人である。


「それで俺に何か用か? 言っとくけど金なら貸さんぞ」


 どうせ金を貸してくれとか言いに来たのだろうと当たりを付け先に断っておく。


 だが服の袖で顔を拭っていたジルは「金じゃない。そんな事より聞いてくれ!」とザックの服を掴んでまた慌てだした。


「リリーナが! リリーナが!!」

「おいジル、リリーナが! じゃ分かんねぇだろ。落ち着いて何があったのか話せ」


 『リリーナ』というのはジルの嫁であり、二人にとってもう一人の幼馴染でもある。


 あまりの取り乱し様だ、もしかしたら魔物にでも襲われて重症を負ったのかもしれない。

 この辺りのは弱いとはいえ油断すれば殺られることだってある。


 悪い予感が(よぎ)るも、ジルの顔を見てザックは少し冷静になる。

 目はキラキラと、口角を吊り上げ、ニタァっと笑っていたからだ。


 そしてプルプル震えだしたかと思ったら急に立ち上がって叫び声を上げた。


「子供が産まれたんだ――――――――!!」


 村中に響かんかという大音量で親友が親になった事を告げた。


 突然の事に遠くから見守っていた村人達はポカンと口を開けたまま固まる。

 ザックも同様に口を開け固まっていた。


 しかし小さな村ということもあり、今日ジルとリリーナの子供が産まれることは当然だが皆知っている。

 ザックが猪を担いでいたのだって出産祝の為に朝から山に入って捕ってきたからだ。


 にも関わらず、一様に口を開けて固まってしまったのはジルの奇怪な行動が原因に他ならない。


 漸く思い出したザックはジルと抱き合い「おめでとう、本当におめでとう!」と一緒に喜んだ。


 ヤスナ村に新しい生命が誕生したと聞いた男達は山や川に狩へ行き、女達は料理を作り始める。

 開拓者達の時代から続く伝統により、61人目の同胞を祝うため村人総出で宴を催すのだ。


 ザックは一旦家に戻ると猪を嫁に預け、ジルと共にリリーナの下へ向かった。


 ジルとリリーナの家は村の端、小川の側にある。

 水車の付いた赤い屋根が印象的な一軒家。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」


 家に入った二人を迎えたのは、元気な産声を家いっぱいに響き渡らせ、村一番の美男美女との間に生まれた男の子。


 周りの人達の表情からは疲れが伺えるものの、皆笑顔で彼の誕生を喜んでいる。

 ヤスナ村で子供が産まれるのは実に10年振りなので、きっと村人達から沢山の愛を注がれて育つことだろう。




~~~~~~




――5年後



 ヤスナ村に61人目の同胞が産まれてから早いもので5年の歳月が経とうとしていた。


 あの時の男の子は思った通り、村人達からそれはもう可愛がられ愛情過多にすくすく育った。

 村一番の美男美女の両親から良い部分だけを受け継いだので当然だ。


 肩に届く綺麗な金髪は後ろで括り、パッチリ二重の大きな眼は淡青色。

 顔のバランスも非常に良く整っている。


 初対面ならまず女の子と間違えるくらい可愛らしく、彼の笑顔を見れば貴族の男も一発で恋に落ちるだろうとはギルの言だ。

 いや、実際にその通りだと思う。


 先の言い様を見れば分かる通り、特にお祖父ちゃんになったギルの溺愛っぷりが凄かった。

 それはもう引くくらい凄かった。


 話は少し遡って3年前。


 2歳になった彼も大分歩けるようになり、ほぼ毎日ギルが散歩に連れて行っていた。

 子供の世話に疲れているだろうから2人でのんびりしなさい、と言うが、孫と一緒に遊びたいだけなのはバレバレだ。


 そんなある日、ちょっとした事件が起こった。


 ギルとの散歩中に彼が石に躓き転倒。

 膝を擦りむいたのが事の発端となる。


 ギルは泣きじゃくる孫を見るやいなや、医者を呼べ! 治癒師を呼べ! 群生するヤスナ草を全て採ってこい! と大騒ぎした。

 終いには村中の石を全て取り除いてやる! と鍬を片手に村人達を集める始末。


 その大げさ過ぎる行動を見てザックは「流石は親子だ、あの時のことを思い出すよ」と村を駆け回っていたジルを思い出し呆れていた。


 最終的にジルも参加しそうになり、リリーナから親子揃って怒られ彼女の後ろにドラゴンを見るのだが――それはまた別のお話。


 因みに、擦り傷は魔法の研究で村を訪れていた魔術師によって綺麗に治り、石は村長が1人で極秘に取り除いたとか……。


 と、こんな感じで村人達に愛され元気に成長――



 ぱんぱかぱ~ん!


 いえーい! みんな~、退屈してないかなぁ?

 突然だけどぉ、ここからはボクが変わってお話する、ぞ☆ミ

 え、お前は誰だって? ……そんなの言えるわけ無いじゃ~ん

 はいネタバレき~んし♪

 すぐに出てくると思うからさ、気にせず待っててよぉ

 おっけ?


 であであ気を取り直してぇ~、じゃじゃん♪

 今日はいったい何の日でしょ~~~か

 はい、そこの画面の前のアナタ!

 そうキミだぁm9

 いくよぉ~10、9、8、7、以下省略!


 『(キミの答えを入れてね)』


 ぶっぶ~ε

 はい残念でしたまた来世ぇ~ノシ


 正解はぁ

 ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル、ダタン!


 5歳になった子供が教会に行って、初めて神様とお話する【洗礼の日】でしたぁ~


 因みにぃ、誕生日なら7日前に終わっちゃってま~す

 あれあれ~、もしかして誕生日って答えちゃったのぉ?

 プークスクスwww

 あ、もしかして怒っちゃったぁ?

 怒りっぽいとぉ、き・ら・わ・れ・ちゃ・う・ぞ☆ミ


「ルーシー、お着替え済んだ?もうお祖父ちゃんがお外で待ってるわよ」


 おや? そろそろ教会へ行くみたいだねぇ


「はーい!」


 くふふふ、「はーい!」だって、可愛いなぁもう

 そうそう、もうみんな分かってると思うけどぉ、『ルーシー』これが彼の名前さ

 女の子みたいな名前だって?

 それは当然だよぉ

 だって名付け親はぁ、可愛い孫が大好きなギルお祖父ちゃんなんだもん

 ヤスナ村では親じゃなくてぇ、代々村長が名前を授ける掟になってるんだぁ

 ジルは男の子だからカッコイイ名前が良かったって昔はよくリリーナに愚痴ってたっけぇ

 実は女の子が欲しかったリリーナが村長に相談してルーシーに決まったんだけど、この話はボクとキミとの秘密だ、ぞ☆ミ


 っと、あ~ボクそろそろ時間みたいだから帰らなきゃ

 それじゃあまたねぇノシ



「お祖父ちゃん、お待たせ!」


 燦々(さんさん)と輝く太陽のような笑顔を振りまき、大好きなお祖父ちゃん目掛けて駆けると勢いそのままに飛び付いた。


「おっと、ルーシーは今日も可愛いなぁ。どれ、もっと近くで顔を見せておくれ」


 いつもの様に優しく抱き止め、その小さな頭を撫でる。

 ギルの手は大きくてゴツゴツとしているが気持ちいいのか嬉しそうだ。


 十分堪能したあと、「それじゃあ行こうか」と羽のように軽い身体を抱き上げギルが歩き出した方向には、ルーシーのお気に入りが草を食べながら待っていた。


「お馬さんだ! もしかして、お馬さんに乗せてくれるの!?」


 ルーシーが目を輝かせて尋ねると、予想通りといった感じでギルは「ああ、そうだよ」と即答した。


「町まではちと遠い。歩いてだと夜になってしまうからな」


 目的地の教会は『コルジアット領』の中では最も大きな、城塞都市『ソレイユ』にある。


 ソレイユの町までは街道が通っているものの、大人の足でも半日は掛かるくらいの距離だ。

 なので5歳の子供と一緒に行くなら当然、馬や馬車を使うのが最善といえる。


 ギルはルーシーを先に鞍へ乗せてから自分も馬に跨がると、「はっ!」と一声、馬を蹴った。


 人や馬によって踏み均され出来た街道を散歩でもするように話しながら町へと向かう二人。


 村の外に出たことが無いルーシーは、見るもの全てが新鮮で、あれやこれやとギルを質問攻めにした。


 出発して数時間が経過したが、どうやらまだ話の種が無くなる気配は感じられない。

 流石は孫大好きお祖父ちゃんといったところか。

 ルーシーの「あれは何?」に疲れを見せることなく片っ端から答えていく。


 ただ単に名称を口にするだけではない。

 知っている場合は、あの鳥は何処からやってきて何を食べ天敵は何で恋をし子供を作って季節が変わるとまた何処かへ飛んでいくのだ、と昔話を聞かせるように語る。

 目を輝かせて「スゴイ、スゴイ」と嬉しそうに笑う姿が可愛くて仕様が無いのだ。


 そしてギルは疲れるどころかますます元気になっているのが恐ろしい。


 初めての旅に疲れたのだろう、船を漕ぎだしたルーシーを見て川近くの木陰で一旦休憩することにした。


 馬の手綱を木に括りつけさっそく草の上に寝転がると、川のせせらぎを子守唄に昼寝を始める。


 気持ち良さそうに眠る二人を横目に、街道を歩いていた男が立ち止まる。

 そしてルーシーを見た途端、男は雷が落ちたかのような衝撃を受け、その場で背負っていたキャンバスを広げると、「天使が舞い降りた!」とものすごい勢いで筆を走らせ始めた。


 後にこの絵が切っ掛けで男は有名な画家になるのだが――それはまた別のお話。


 そろそろ行くかと目を覚ましたギルは、ルーシーの肩を優しく揺すって起こし、鞍に乗せた。


 ここからは後2時間ほどで町に着く。

 陽が落ちる前にはソレイユに滞在中、世話となる昔馴染みの家に行けるだろう。


 起きたら何故か近くにいて一心不乱に手と筆を動かしていた絵描きだが、一言挨拶をするととても残念そうに「あっ」とか「その」とか言いつつ見送ってくれた。

 彼の行動からすぐに理解したギルは、「また一人、ルーシーの魅力に落ちたか」と独り()つ。


 予定通りソレイユに着くと入り口前には行商人や冒険者らしき人達が列を成し、鎧に身を包んだガタイの良い強面の門番が二人、初めて訪れた旅人たちを鋭い眼光で見定めると、「通って良し、次!」と人の列を捌いていた。


 馬を降り最後尾に並んで待つこと10分。

 ギル達の番になり、門番に旅の目的を聞かれたので「教会に洗礼を受けに来た」と答える。


 頭の先から下へ怪しいところが無いかを確認し、ギルの影に隠れ門番の様子を「じー」と観察していたルーシーと目が合ったところで、案の定、怖い顔を崩しデレッとした表情になった。


 許可証を受け取り門を(くぐ)った二人は門番に見送られ――言わずもがな視線はルーシーに固定済み――、一路、教会を目指す。


 ギルに手を引かれ進む途中、振り返り、笑顔で小さく手を振るルーシーに門番と後続達は何かが刺さった胸を両手で押さえて「はぅっ!」と一言崩れ落ちた。





【補足】

ルーシー・クレヴュートがフルネーム。愛称はルー。

ヤスナ村はコルジアット領が収める土地の西端に位置する。

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