第1話 死後の世界
第一章が終わったら、この話は大部分を改稿するかもしれません。
「おい! 起きておるのだろう!」
毎日同じ時間に俺を夢の世界から帰還させるため、今日も仕事を開始した彼だが何か様子が変だ。
「そろそろ起きろクソガキ!」
いつもならピピピピピと脳を刺激する声で呼ばれるはずが、喉の調子が悪いのか渋いおっさんの声になっている。
さらに「起きろクソガキ」ときたもんだ。
今日は随分と言葉遣いが汚いが、これが素だったりするのか?
いや、もしくは俺が強く叩いてきた鬱憤が溜まりに溜まって、真面目で温厚な彼も流石に我慢の限界に達したのかもしれない。
彼がうちで仕事を始めて今年で10年になるし無理もないか。
「誰がおっさんだゴラァ!!」
「うひぃっ!」
鼓膜が破れるかと思うほどの大音量を耳元で出され、何事かと飛び起き目を見開いた。
脳が覚醒しておらず焦点が合わないので周りがぼやけて見えるが、首を振って本性を表した彼を探す。
だが彼は勿論、眩しい朝日を遮るカーテンも俺が寝ていたベッドも、天井や床すら見当たらない。
あるのは、いや、居るのは目の前に浮かぶ黒い人魂のみ。
360度見渡しても何もなく、白い世界が何処までも広がっているように見える。
「はぁ、何だよまだ夢の中か。チッ、もう一眠りするかぁ」
「いやいやいや、目が合ったであろう!? 興味くらい示さんか!」
「んあぁ? ……ぐぅうう」
「おい、起きろ! いや、起きてくれ! 頼むからぁ、時間が無いんだってばぁ。ねぇ? お願い♪」
気持ちワリィィィィィィ。
何が「お願い♪」だ!
どう考えてもこれ悪夢でしょ。
おっさんの猫なでごおええぇぇぇええええ。
「…………」
「失礼しました。それで私に何か御用でしょうか」
「ふんっ、今更敬語なんぞ使わんでよい! 何が気持ちワリィだ。泣くぞ」
どうやら声に出していない部分も筒抜けのようだ。
「で、何なんですかいったい」
「うむ、お前さんに興味が湧いての、ただ単に話がしたいのだ」
「はぁ、どうせ夢だし良いっすよ。聞きましょう」
困ったことにこの黒い人魂のおっさんは俺と話がしたいようである。
目が覚めなければこの世界からは抜け出せないので、俺は渋々話を聞くことにした。
「お前さん……ここが何処だか理解しておるか?」
「唐突だなぁ。何処も何も夢の世界以外思い付かないんだけど」
そう答えると黒い人魂に目は無い筈なのに、どこか憐れむような眼差しを向けられたように感じた。
「……やはり理解出来ておらんか。ではここが何処でお前さんがどうなるのかを教えてやる。しかし、取り乱すでないぞ?」
先程までとは違い、空気が張り詰めるような感覚に鳥肌が立った。
俺にとって余程大事な事のような気がするので改めて姿勢を正し次の言葉を息を呑んで待つ。
「この白く何も無い空間は死後の世界という。生を全うした者や心半ばにして死した者が訪れる場所だ。本来一人に対して一つの空間が用意され、新たな生命へ生まれ変わり世界へと還元される日を待つのだが、訳あってお前さんの空間に来させてもらっている」
ちょっと待て、死後の世界?
死した者が訪れる場所?
つまり何か。
俺は死んだってことなのか?
何時、何処で?
は?
はぁ?
意味が分からねぇ、死んだ?
えっ、嘘だろ!?
「言った側からこれか。はぁ……取り乱すなといったであろう!!」
自分が死んでいることをさらっと告げられ気が狂いそうになっていたところを、人魂の喝によって現実へと帰還させられる。
「――っ!? はぁっ、はぁっ、はぁっ……すまない。もう大丈夫だ……続けてくれ」
俺は深呼吸をして乱れた心を落ち着けると話を聞く大勢に戻った。
「ほぉ、中々どうして精神力が強いようだのぉ。では、お望み通り続けるとしよう。先程新たな生命へ生まれ変わると言ったが、残念なことに人は人、動物は動物、魔物は魔物にと、ある程度決まっておる」
じゃあ俺はまた人間になれるってことか?
だからどうしたという感じもするけど、「お前の来世は虫だ」とか言われるよりマシか。
というか残念なことにって何だよ!
「そうだ。お前さんは人間になる」
また心の声を聞かれてしまったらしい。
「どうして決まっているかは『生命の器』に起因する」
「生命の器?」
意味のわからない言葉に早くも面倒臭くなってきた。
「その名の通り、生命、すなわち魂を留めておくための器のことをそう呼ぶ。もっと簡単に言うなら肉体だ。魂と器の関係を数値化して説明すると、お前さんの魂は約2千で俺様の魂は約7千といったところか。新たな生命の器の許容量が2千ならお前さんは問題ないが俺様では小さすぎて壊れてしまう。誤差が少しだけなら問題はないがな。では生命の器が7千を内包できるならどうなると思う」
「おっさんは問題ないが俺は駄目なんだろ? 理由は人は人になるって決まってるからだ。小さい魂が大きい入れ物に入って問題ないなら、人以外にも生まれ変わることができてしまう」
因みにある程度決まっているってのは動物で説明すると簡単かな。
鳥類だけでも約1万種、全ての魂が一単位で違うとしても人間より上ってことは無いだろうから約八千種も余ってしまう。
なら単純に考えた場合、5種は同じ容量の生命の器だと言える。
そして同じ大きさの器だと来世は違う鳥になる可能性があるから、ある程度ってところだな。
ん?
ちょっとまてよ。
魔物は魔物にって言ってたよな?
魔物ってのは妖怪とかそういう類だろうか。
そもそも俺の魂が約2千でおっさんは約7千てのも変だぞ?
ゲームやマンガじゃないんだから人は人しかいない訳で、魂の大きさに差は殆ど無いはず。
あれぇ?
「うおっほん!」
「っ!?」
ヤバ、またやっちまった。
考え始めるとつい長くなってしまう。
悪い癖だ。
それで何時も『まこちゃん、ボクの話聞いてる?』って言われるんだよなぁ。
あれ?
……誰が言ってたんだっけ。
「考えるのは良いが程々にな。さて、お前さんの考えだが……大方合っておる。小さい魂を大きい器に入れて問題無いのなら皆強い入れ物を選ぶのは当然。しかし小さい魂は器を満たそうと肥大化し、終いには破裂する」
「破裂した魂はどうなる」
「魂は器とは別物、替えが効かぬ。つまり存在の消滅を意味する。器はいくらでも替えがきく。男と女、雄と雌が交われば子供が出来るだろう。器とはそういう物だ」
そうだろうけど、作る側にしたらいい迷惑だよな。
興味本位で無茶した結果産まれてこないってことだもんよ。
「そう言えば時間が無いとか言ってたけどまだ大丈夫なのか?」
「うむ、お前さんがすぐに自分の死を受け入れおったからのぉ。まだ大分残っておる。本来なら発狂して最低18日は使い物にならんからその分な。ま、俺がいなくなるまでは楽しませてくれ」
おっさんが言うには肉体が無い分、魂ってのは非常に不安定らしい。
酷い奴だと数年は使いものにならないのもいたとか。
だから俺は異常なんだってさ。
まぁどうでもいいけど。
「はいはい、気の済むまでどうぞ」
「うおっほん! 生命の器については以上だ。因みに俺様とお前さんの住んでいた世界は全くの別物であり、この死後の世界は俺様のいる世界側にある。そして魔物も普通に森やら湖に生息する。俺様の魂が大きいのはお前さんと同じ人型だが種族が違うからだ。それに――」
この後もおっさんは自分の世界についてあれやこれやと教えてくれた。
まず此処は俺が生きていた側の死後の世界ではなく、異世界側の死後の世界で何を間違ったのか足を踏み入れてしまったらしい。
黒い人魂のおっさんは魔王であり世界的に有名なファンタジーの人だそうだ。
有名と言っても魔王城で勇者を待つラスボス的存在とか、魔王軍を率い人間界を侵略しているとかそんな事はない。
何処が魔王なんだと思うだろうが、こちらの世界では魔法を極めた者の事を『魔王』と呼ぶそうだ。
魔王と呼ばれる様になって約三千六百年もの間、魔法の研究しかしていないので姿を見た人は極僅か。
重度の引篭り体質で、外に出たのは通算8日だけ。
引篭りの拗らせ具合でも魔王級だ。
しかし魔王と呼ばれる存在はおっさん以外はいない。
魔法を極めたのがおっさんしか居なかったんだろ? と言われれば、答えは『No』だ。
極めた者は勿論いる。
その者達は皆、『魔導王』と呼ばれ、世界にたった6人しか居らず、【 】の魔導王の名で人民から尊敬されているらしい。
【 】の中には得意な魔術名や二つ名が入り、今代の中にはセンスが壊滅的でオリジナル魔術の名称を言うのに5分も掛かる天才(笑)がいるそうだ。
その男を知るものは皆、彼を【省略】の魔導王と呼ぶらしい。
理由は、毎回3分程名乗ったところで舌を噛み、涙目で「省略!」と端折ってしまうから。
だが彼の実力はおっさんもお墨付きで、魔術師の最高峰たる魔導王に弱冠15歳にして辿り着くほど。
転生を終えたら会いに行ってみようと思ったけど、前世の記憶もここでの記憶も無くなるので残念だが無理そうだ。
殆どの内容が魔法についての知識や歴史だったが何も魔法至上主義の世界ではないらしい。
魔術には難易度別に初級魔術、中級魔術、上級魔術、聖級魔術、王級魔術、神級魔術とあるが、最低難易度の初級魔術であっても使える人は少ないそうだ。
種族によっても違うが、だいたい千人に一人の割合。
神級については古代遺跡や各種迷宮で見付けた壁画から、存在する派と天変地異派に別れ研究者が日々議論を交わしていて、属性は疎か効果すらも謎。
おっさんも神級魔術は研究したけど存在するかはわからないと言っていた。
圧倒的な攻撃力を持つ魔術だが扱える者が少ないので、冒険者ギルドに行くと例え初級魔術師であっても色々なパーティから引く手数多なのだとか。
初級魔術師とは呼び名の通り初級魔術を習得した人を指す。
下から初級魔術師、中級魔術師、上級魔術師、聖級魔術師、魔導王。
剣士や槍術士、拳闘士も人気の職業――殆どの人はこれしか道が無いから――で、魔力自体は全ての生物にあるため、魔術が使えない代わりに魔力を体や武器に纏って戦闘能力を上げたりも出来る。
戦士(剣士、槍術士、拳闘士の総称)にも階級があり、下から見習い~、初級~、中級~、上級~、剣神・槍神・闘神。
三神クラスになると上級魔術師が何人束になろうが1人で圧倒するレベルの戦いをする。
対向するには魔王または魔導王を用意する他はない。
まぁこんな感じでバランスが取れているから滅多な事では大規模な戦争は起きない。
最も新しい戦争は377年前、『バニェスタの裏切り』
発端は魔力溜りから発生した魔災――魔力災害の略で魔物が大量発生する――がシルベニスタ王国に猛威を振るい、農作物及び家畜へ甚大な被害を及ぼした。
当時友好条約を結んでいたバニェスタ王国に食料物資の援助を願い出たが、これ幸いと国王の『コーネル・アヴェイ・バニェスタ』はシルベニスタ王国に対し、【獄炎】の魔導王と聖級魔術師1人、上級魔術師13人、中級魔術師40人、王国騎士500人で戦争を仕掛けた。
結果は圧勝。
食料が殆ど無かったため2日と持たなかったという。
大規模と言うには人数が少々物足りなく感じるが、当時の七星魔導王 序列5位【獄炎】の魔導王が参戦していたので、たった555人でも十分大規模といえる。
補足するがこの世界の戦争は基本、最高権力者が書状を相手の国や領に送り、7日以内に開戦場所と日時を記した文を送り返す。
あとは指定日時に魔術による合図を以って戦争を開始する。
因みに国を戦場に選んだり書状無しで直接攻め入るのはご法度。
守れなかった場合は魔王、つまり黒い人魂のおっさんが粛清に駆り出されるそうで、例え全魔導王と三神を集結させても余裕で勝てるとはおっさんの言である。
後から聞いた話だが、外出した内の6日は粛清の為に渋々だったのだと機嫌悪そうに話していた。
残り2日が気になる。
それはそうと来世の俺がこの世界で進むだろう道を纏めてみよう。
魔術適性を持って生まれれば王国や領お抱えの魔術師団に入れる。
高給で豊かな暮しを約束されるが、戦争があると駆り出されてしまうのが難点か。
他には魔術学校の教師なんて道もある。
魔術適性が無かったら剣士・槍術士・拳闘士になり王国騎士団や要人の護衛など良い仕事もあるが実力至上主義なので超難関。
才能があれば各流派の師範代に着ける可能性もある。
上記エリート街道を進めなかった者達は冒険者になり迷宮攻略で一攫千金を夢見たり、比較的簡単なクエストをこなし生活費を稼いだりする。
冒険者は一番多い職業である。
魔術適性も剣などの実力も無い人は農業に精を出したり商人になって世界中を旅したりする。
頭の良い極一部の人間はエリート組に負けない利益を出し結構裕福な暮らしをしているらしい。
まぁ所詮生まれ変わっても俺は俺。
農業に人生を費やして死ぬのがオチだろう。
商人になれれば奇跡ってもんだ。
あ、忘れてたけど結婚はしてみたいぞ!
25歳、童貞、彼女いない歴=年齢で死んだからな。
というわけで、来世の俺よ、頑張ってくれ!
「まったく、目標が低すぎるだろう、お前さんは」
また心の声を聞かれたのだろう。
呆れた感じがひしひしと伝わってくる。
「うるせぇなぁ。俺はエリートとか興味が無いの!」
「興味が無いということは無いだろう。俺様の話を聞いていたお前さんの顔は期待に満ちておったぞ」
「…………正直、全く無いといえば嘘になるさ。前の世界は魔法なんて無かったんだ。使えたら間違いなく没頭すると思う。でもな――」
って、何を真面目に答えてんだよ俺!
記憶が引き継がれないのは知ってるだろうが!
「俺様はお前さんに興味がある。だから話せ」
ああ、もう、何だってんだ!!
「はぁ……俺の趣味は写真を撮る事だ」
「唐突だな。だが、まぁよい。写真、か……以前別の世界を覗き見た時に見たことがある。対象の記憶を紙に写しだす魔道具だな」
別世界のカメラは記憶を映しだすらしい。
その前にさらっと別の世界を見たとか言っていたが、気にするだけエネルギーの無駄だ。
早く終わらせたいしな。
「俺が知ってるのとは少し違うけど大体合ってる。でだ、俺は一度嵌ると飽きるまで続ける性分で写真なんか親父の影響で5歳の頃からやってたんだ、20年も。7歳の時には有名なコンテストで最優秀賞を貰った事もあって、将来は親父みたいに世界で活躍する有名な写真家になるんだ! なんて夢見てさ。その後も最優秀賞をいくつも取って順調に夢への道を歩んでいたんだ。だけど所詮、夢は夢でしかなかった」
そう、俺はあの時、思い知らされたんだ。
自分は凡人だったって。
本当に才能があるやつには敵わないって。
「高校進学のお祝いに新しいカメラを買って貰った俺は、今まで使ってたお古のカメラを幼馴染にプレゼントした。ずっと狙ってたのか相当嬉しかったらしく何処に行くにしても肌身離さず首から紐でぶら下げ、俺と一緒に写真を撮っては見せ合いっこしたりしたもんだ。最初はドの付く下手クソだったけど1年後には俺と同じくらいの写真を撮るようになってた。2年後、飛行機事故で親父が死んでから俺は入選すらしなくなり、替わりにそいつが最優秀賞を取るようになった」
つまり、――そういうことだ。
そして『 』は今や世界を飛び回る写真家で賞も沢山取っている。
「だからエリートには転生してもご縁がないんだよ。例え魔術適性を持っていたとしてもな」
「……」
「――はいはい、この話は終わり! ちょっと休憩するわ。話し疲れちまった」
そう言い残して魔王から少し離れた位置で腰を下ろし、ゴロンと体を床にあずけ意識を闇の中へと落とした。
「……」
白い世界に悠然と佇む黒い人魂は先ほどまで嬉々として魔法について語っていたのが嘘のように静かになり、何かを思案しているようだった。
そして男の近くに行き、暫く漂ったかと思うと霧散するように死後の世界を後にする。
消え行く中、悪戯を企むような笑みを浮かべていたのだが、――男は知る由もない。