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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひな

作者: 糸川草一郎

俺がひなに逢ったのは社会人になりたての頃

彼女はまだ十六だった

兄貴のバイクを借り

高原を走った

それから川のある坂を下った

山女が棲んでいるようなきれいな川だ

泳ぐには冷たい水だったけれど

結局遊んでいるうちに

二人ともずぶ濡れになってしまった

ひなの濡れた身体は天使みたいだった

短い夏休みが終わった

それから

手紙が来た

ひなは

「出来ちゃった」としか

書いてこなかった

その頃

俺は建設会社にいたけれど

給料なんて冗談みたいに少なかった

けれど俺がひなを

抱いた末に芽生えた命だ

それをないことになんかできなかった

血の出るような思いで働いた

贅沢なんかできるわけがなかった

俺はひなに贈る指輪と

役場へ着てゆくための安いスーツを買った

二人でサインをし、判を押した

二人の生活が始まった

子供が生まれた

女の子で「花」と名付けた

家計が苦しいからひなも働きはじめた

その間花はお袋に見てもらった

けれどパートの給料なんて高が知れている

だから俺の給料日、俺は奮発して

ひなの好きなケーキと花束を買って帰った

そのことで却って喧嘩になったこともあった

彼女が買いたい服も買わずに

我慢していることも知っていた

ひながつらい日は俺が料理を作り

洗濯をした

助け合って生きてきたけれど

暮らしはちっとも楽にはならなかった

彼女の誕生日

やむなく大好きなギターを質入れした

毎日頑張っているひなに

どうしても新しい服を買ってあげたかった

ひなの喜ぶ顔が見たかった

彼女にボーナスが出たからと嘘をつき

ブティックへ連れて行った

ひなの生き生きした瞳を久しぶりに見た

ジャンパースカートを買った

けれど

あとで本当のことを知ったひなは

俺に物をぶつけ泣いて怒った

「そんなことされてまで私、

プレゼントなんか欲しくない!」

ひな、俺の気持ちもわかってくれ

お前が欲しい物も買わずに

我慢しているのを見ていると

お前が気の毒でたまらない

ひな、こんなに暮らしがつらいのに

お前は夕食の時

「今日も一日ご苦労さま」と

俺に麦酒を注いでくれる

麦酒だって高いんだ

発泡酒でいいじゃないか

けれどひなは首を縦に振らない

一生懸命働いている人に

私、発泡酒で我慢して、なんて言えない

どこをどう切りつめて遣り繰りしているのか

女ってやつは、これだから世話が焼ける

お前、ちゃんと食べているのか

お昼はどうしている、辛かったら俺に言え

俺が何とかするから

笑うな、笑い事じゃない

お前一人の身体じゃないんだ

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