二話 クー子、美少女化作戦
夜中に目が覚めてしまった。感じたのは、尿意。
「寝る前にトイレ行っとかなかったからだ……」
寒くて、布団から出るのは億劫だが仕方ない。私は毛布を身体に巻いて部屋を出た。
長い廊下をそろそろと歩く。私の部屋は館の一番端にあり、トイレが遠い。真夜中の洋館には明かりが存在しないので、魔法で指先から火を灯しているが、周囲1メートルくらいしか見えない。
暗闇が全ての音を吸い取ってしまったような静寂に包まれている。正直、かなり怖い。
ビビりながら進み、曲がり角を曲がった瞬間――ゾンビがぬっと現れた!
「きゃ――――――――っ!!」
頭になんか刺さってる! なんか刺さってるぅぅ!!
思わず尻餅をついたところ、相手も尻餅をついていた。
…………。
長い沈黙の後。
「…………ほ、ほづみ、なの……?」
どうして私の名前を呼んで……あ。
「……もしかして、クー子?」
「うん……トイレ行こうと思ってたとこで……」
指先の火を相手の顔の前に持っていって確認すると、館の同居妖怪、クー子だった。
「なんだ、びっくりした……おしっこ漏らすところだった」
「こっちこそ……ほづみ、布団巻いてるから、幽霊に見えた」
「あんた、頭に刺さったボルトが怖すぎるのよ。グロテスクすぎなのよ」
恐怖の後の安堵感で、文句を垂れながら二人でトイレに行った。
次の日の朝のこと。居間の暖炉の前にクー子を呼んでいた。
「あんたは、そのボルトがいけないと思うのよ。こめかみ辺りをぶすっと貫いてるでしょ」
「やっぱり、そうかなぁ」
「そうよ。見た目が怖いもん。可愛くないもん。そのままじゃカレシなんてできないわよ?」
「できないかなぁ」
「できないできないっ。絶対できないわね。私、カレシいたことないけど」
「どうすれば可愛くなるのかな」
「大丈夫、任せて。私は夢を叶える魔法使いだから!」
クー子、美少女化作戦のスタートである。
私は自室に走っていって、ごちゃごちゃとした机の引き出しの中をあさり、ソレを持って来た。
「じゃじゃーん! 透明シール!」
「……何も持ってないように見えるけど」
「そう見えるのは、このシールが透明だからよ。これを貼ると、貼った部分が透明になるの。つまり、」
「そのシールを、私のボルト全体に貼りつければ……!」
「その通り! えっへん!」
「すごいっ! ほづみじゃなくて、そのシールが!」
ということで、さっそくぺたぺた貼り付けてみた。
……貼り付け終えると。
そこには――
――ただの美少女がいた。
「……クー子、だよね……?」
「そ、それってどういう」
「いや、なんか……あまりにも可愛すぎて」
頭を貫くボルトが印象強すぎて今まで気づかなかったのだが、クー子はかなり整った顔立ちをしていた。緑色をした長い髪も、艶があってすごく綺麗に思える。
「こんなの……クー子じゃない!」
それが本音だった。
「えぇ!?」
「やっぱりボルトがないとダメよ! ボルトあってこそのクー子だわ!」
「でも、でも、ボルトがあったらカレシなんてできないってさっき、」
「大丈夫よ。誰ももらってくれなかったら私がもらってあげるから!」
「ええええ!?」
透明シールをべりべりと剥がす。
「せっかく可愛くなれたのに――――っ!?」
剥がし終え、ボルトが露わになったクー子の姿を見ると。
「やっぱりグロテスクだ!」
「ダメじゃん!」
「いやいや。でも、やっぱこっちの方がしっくりくるわよ。私はこっちのクー子がいい」
「はぁ……そう」
――クー子、美少女化計画、終了。
その後、クー子は自室に戻っていった。私は暖炉の前のまま。
「ほづみ、お手紙が届きましたよ。それと、怠けすぎです。毎度ながら」
居間に入ってきたユキが手紙を渡してきた。
「手紙?」
「クー子からです」
「はぁ?」
渡された手紙を開き、中を見てみる。そこにはたった一言、
『ありがとう』
まぁ……。
「どうして直接言わないのかしらね」
「あの子は、恥ずかしがりですから」
「私、なんか感謝されてるみたいよ。感謝されるようなことしてないのに」
「自分のことを気にかけてくれたのが嬉しいんじゃないでしょうか」
そう言ってユキは、さぁ洗濯物干すのを手伝ってください、と私を起こそうとするのだった。
(続く)