一話 初めてのお菓子作り
本格的な冬がやってきた。
寒がりの私は居間にある暖炉の前を離れることができなくなり、一日の大半をそこで過ごすことになった。いつ建てられたのかもわからない古びた館には、居間以外には暖房器具が備え付けられていないのだ。
しかし、何もしないでいるのは退屈で、やがて自室から娯楽物を持ち出してくるようになって。
「……ほづみ。暖炉の前を自室にしないでもらえませんか」
その声に振り向くと、我が館のメイドのユキが、私にジト目を向けていた。
「あれ?」
わが身をかえりみると、椅子に座り、毛布を膝に掛け、ティーカップの乗った小テーブルを右手に置き、背中に設置された本棚から本を取り出しているところだった。
「いつの間にか快適空間になってる……」
「ほづみがしたんでしょう。さっさと片付けてください。居間が狭いんです」
ユキはやれやれと大きなため息を吐いた。
「でもでも、寒いし、お腹空いたし」
「なにナめたこと言ってるんですか。怠けるのもいいかげんにしないと、夕食作ってあげませんよ」
「えー……」
どうやら片付けないわけにはいかないらしい。
「……じゃあ、クッキー焼いてくれたらやる。もうすぐおやつの時間じゃない」
「あのですね」
ユキはずいっと顔を近づけてきて、声を低くした。
「ほづみは怠けすぎです。ダメ人間すぎます。一人じゃ何もできないくせに、わたしがいなければ生きていくことすらできないくせに、クッキーをせびろうなんて生意気すぎます」
ひどい言われようだ。
「どうなんですか。わたしがいなくても、生きていけるんですか。料理もできないくせに」
「で、できるわよっ。やり方を知らないだけで、教えてもらいさえすれば」
「ほう。言うじゃないですか。じゃあ、やってみてもらいましょうか」
……こうして私は、初めてのお菓子作りをすることになったのだ。
暖炉の前の片づけは後でやることにして、居間のすぐ隣にあるキッチンに移動し、本日のおやつ、クッキーを作ることになった。
「ヨーシ、やるわよー」
エプロンをつけ、なんか主婦っぽくなった自分の姿に感動した私はやる気満タン。ユキは普段通りメイド服。
「じゃあ、さっそく生地をつくっていきましょう。わたしが指示しますから、言われた通りにするんですよ」
しっかりできる――と、思っていたのだが。
早々に砂糖と塩を間違え(お約束)、分量の感覚がつかめない挙句にバニラエッセンスをホットケーキ作る時の牛乳みたいなノリでドバっと入れてしまい(修正不可能)、それでも味を修正しようと色んな隠し味を入れてみたりして(バカ)。
もう、散々で。
それでも一応、焼いてみて。
……オーブンから取り出したシロモノは、クッキーではなく粉だった。しかもなんか色が違った。
「どうしてこうなった!」
「……ボロボロに崩れてしまったんでしょうね。ちゃんと言われた通りにやらないから」
せめて、見た目だけでもクッキーであって欲しかった……。
投げやりな気持ちで粉をスプーンですくい、口に入れてみる。
まさか、クッキーをスプーンですくって食べる日が来るとは思わなかった。
「あれ……意外と、おいしい?」
「えぇっ!?」
「ユキも食べてみなよ。ほれ、あーん」
「へ?」
再びスプーンですくい、ユキの口につっこんだ。
「――――っ!?」
「どう? クッキーの味はしないけど、なんか甘くておいしくない?」
「な……な……」
何故か、ユキの顔はどんどん赤くなっていく。自分の口に入ったスプーンを凝視しながら。
「?」
私は、ユキの口からぬぽっとスプーンを抜いた。
「……わたし……ほづみと……ほづみと……きゃ――――――――――――――――っ!」
ユキは何やら叫びながら、物凄い勢いでキッチンを出ていった。
「なんだ……?」
呆然と立ち尽くす私。
……しばらくして、ユキは戻ってきた。まだ少し赤い顔のままで。
「あの……ほづみ? もう一口、食べてみようと思います、わたし」
「う、うん……じゃあ、食べれば?」
「食べれば? じゃなくて、ですね。食べさせてくださいよ。さっきみたいに、あーんってやって」
上目づかいでもじもじしながらすり寄ってくる。
「はぁ?」
「いいじゃないですかっ。いつも怠けてるんですから、こういう時くらい働いてくださいよーっ!」
どうしたんだ、ユキ……?
「はやく、あーんってしてください、あーんって!」
(続く)