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勇者と魔王のはなし

作者: 周五

 まじでありえないんですけど。




 おれは、新聞の号外を握りしめてぶるぶる震えていた。


 寒いからじゃない。


 怒りからだ。


 号外の一面には、“伝説の勇者、魔王を倒す!”という見出しがでかでかと出ていた。


 旅に必要な傷薬などを補給するため、大通りを薬屋目指して歩いていたときだった。


 新聞を束で持っていた男が前を横切る人間に次々とそれを配っていたのだ。


 新聞を見て、喜ぶ人びと。


 抱きあって騒いでいる奴らもいた。


 おれも、号外を受け取るまでなぜみんながこんなに狂喜乱舞しているのがわからなかった。


 見出しと記事を読んで、頭が真っ白になる。


 そこには、この世界を恐怖で支配しようとしていた魔王が勇敢なる勇者とその一行によって倒されたとあった。


 その場で膝から落ちた。


 地面に両手をついたまま、しばらく動けない。


 おれを怪訝そうな眼で見ながら通りすぎていく人びと。


 憎っくき魔王を倒したというこのめでたい日に、なにを落胆することがあるのか、と。


 そりゃがっかりもするよ。


 だって。

 おれだって。

 勇者なんだから。




 とある町のとある宿屋の一室。


 おれはなけなしの金をはたいて同行者と2人、1人部屋に泊まっていた。


 宿屋の主人に拝みたおしてなんとか泊めてもらったのだ。


「どうした?」


 どこをどうやって帰ってきたのか覚えていない。


 なんとか宿屋まで戻ってこれたおれに、同行者が声をかけてきた。


「傷薬、高くて買えなかったのか?」


 懐事情がよくわかっている同行者は、おれが真っ青な顔色で戻ってきた理由をそうとらえたらしい。


 確かに傷薬は買ってきてないけどよ。

 ていうか、もう買う意味なくね?


 その瞬間、旅立ってからいままで張りつめていた緊張の糸が、ぶつんと音をたてて切れた。


「うわわわあああん!」


 絶叫しながら号泣。


 両眼から滝のように涙が流れ、鼻水は垂れ、のどの奥からほとばしり出る咆哮。


「なんだなんだ。店主に馬鹿にされたのか?」


「違わい!」


 店屋の主人からうさんくさい眼で見られるのなんか、もうとっくに慣れたわっ!




 魔王討伐にむかう冒険者を勇者と呼ぶようになってから随分たつ。


 勇者になるのに特別な血筋や特殊な能力はまったく必要ない。


 各国の王様に申請し許可を得れば、誰でも勇者になれる。


 だから“とりあえず勇者”や“なんちゃって勇者”で世界は溢れかえった。


 むかしは勇者の肩書きがあれば、宿屋や武器防具屋、その他の店で様々な恩恵を受けられたらしいが(例えば割り引きとか)、そのうちにそれを悪用する奴らも増えてきて、店側がひいきをやめた。


 遅咲きの勇者だったおれは、その余波をまともにくらってしまう。

 

 旅の出発に伴う王様からの激励の言葉はあったけれど、財政難という理由で支度金もなにも出なかった。


 おれだって本当は、勇者になんかなりたくなかった。


 先人たちのおかげであらかた狩りつくされているとはいえ、町から離れた場所にはまだまだ凶悪な魔物が生息している。

 魔王配下の魔族だって姿をあらわすこともある。


 そんな恐ろしいところに誰が好き好んでかわいい我が身を投じるか。


 まだ学生だったおれは、魔王の影に怯えながらもそれなりに楽しい毎日をおくってきたのだ。


 卒業したら、親のあとを継いで農家でもやるかーとか呑気に考えていた。


 そしたら。


 村の外れにある古ぼけた教会の神父がなにをトチ狂ったのか、「女神さまからご神託がありました。“ナオが勇者となり、世界を救う”と!」とのたまった。


 もうね、あほかと。


 親も親戚も村の奴らも神父の言うこと信じちゃって、大騒ぎ。


 当の本人の都合なんかガン無視で、あれよあれよという間に城まで連れていかれ、王様に謁見。


 面倒くさそうな顔で王様は、すでに何十回何百回と繰り返した激励の言葉を述べてくれた。


「まあ、死なない程度に頑張れ」


 おれの貧相な体つきをみて、王様はそうつけ加えた。

 この人なりに同情してくれたのだろう。


 自らすすんで勇者になるのならともかく、おれは“女神の神託”という、とばっちり。


 第一、この世に女神さまなんて存在するのかね?


 誰も姿を見たことのないただの信仰の対象物のいうこときくなんて、正気の沙汰じゃない。


 そうは言いつつも、それなりにおれは努力した。


 身内からもらった餞別でなんとか装備を整え、旅に出た。


 クソ重い銅の剣と気休め程度の革の服に歩きやすい革のブーツ。

 それに少しの傷薬を買ったら、所持金がなくなった。


 あとは賞金のかかった魔物を倒すか、ギルドに所属して依頼を請けるか、金持ちのパトロンを見つけるか…


 とにかく、いまの勇者たちはおしなべて貧乏な旅を続けている。


 おれは幸いなことに一人旅をせずにすんだ。


 これまた女神さまの神託で“城下町の裏路地の奥のおくに住んでいる大賢者が仲間になるであろう”と出ていた。


 期待して行ってみたら、確かに人はいたけれど。


 小汚ないおっさんだった。


 元々は何色だったのかいまではわからないほど黄ばんで変色してしまったローブ。


 もじゃもじゃの黒髪に無精髭。

 鬱蒼とした前髪から時折覗く眼光が鋭く、おれに「こいつは、ただ者じゃない!?」と思わせたが。


 直後、そのおっさんの腹からぐぅ、と緊張感をぶち壊す音がきこえて。


 単に、腹が減って気がたっていただけらしい。


「おまえ、なんか食うモン持ってないか?」


 きけばこの3日間水以外のものを口にしていないとのこと。


 気の毒に思ったおれは、村から携帯していた干し肉を少しばかりわけてやった。


 あまりおいしくないそれを一口ひとくちかみしめて食うおっさん。


「見たところ、旅の者か」


 空腹がまぎれると、おれをじろじろと観察し出す。


「ああ、これでも一応勇者だ」


「ゆうしゃあああ!?」


 おっさんは眼をむき、声をひっくり返らせて驚いた。


「失礼な。女神の神託で選ばれたんだぞ」


 無理矢理に押しつけられた勇者だが、他人に否定されるとそれはそれで腹が立つ。


「女神って…教会に飾ってある、あの像か?」


「教会の神父からのまたぎきみたいなもんなんだけど。」


 おっさんは急に真面目な顔になった。


 ローブの下で腕を組み、何かを考えている様子。


「ここへきたのも、その…神託ってやつか?」


 おれは素直に頷いた。


「おっさん、大賢者なのか? 全然そうは見えないんだけど」


「誰がおっさんだ、誰が」


 食いつくところはそこじゃないだろ。


「ここにいる大賢者が仲間になる、って神託だったから。あんた大賢者なのか?」


「あんた、じゃない。俺は…ダムルだ」


 おっさん…もといダムルはしばらくだんまりしていたが、やがて息をひとつ吐く。


「わかった。仲間になってやる」


 いや別に、おれ頼んでないんだけど?


 そんなに女神の神託って、強制力があるのかよ。




 長い回想終わり。


 結論を言えば、ダムルは大賢者どころか賢者でもなければ魔法使いですらなかった。


 汚れたローブを着た、普通のおっさん。


 おれとダムルは魔物に見つからないようにこそこそと移動した。


 街道を歩くときは、比較的人通りの多い時間帯を選んだ。


 強そうなパーティーを見つけると一緒に行動してもらったこともある。


 おかげで自分の村を出発してからいままで、魔物に遭わずに済んでいる。


 勇者としてどうなのか、という葛藤はとうに捨てた。


 それでもやっぱり。

 魔王が自分じゃない誰かに倒されたときいて、ショックだった。


 確かにおれは魔王を倒すための努力を何もしてこなかったよ。


 いまもし目の前に魔王が現れて、戦いを挑まれたとしたら、多分一瞬で殺されるだろう。


 たかが神託でなった勇者だ。


 誰かが倒してくれて、喜ぶべきところのはず。


 なのに。

 悔しくて。


 果てしなくこぼれ落ちる涙。


 ダムルもどうしていいのかわからず困ったような様子でおれの顔を見つめていたが、やがておれの手に新聞が握られているのに気づき、それをとりあげる。


「………なるほど。魔王が倒されたのか…」


 一面の見出しから想像がついたらしい。


「まあ、よかったじゃねーか。おまえもこれで元の生活に戻れ…」


「よくない!」


 自分でも信じられないくらい大きな声が出た。


 ダムルは眼を丸くしている。


 あたりまえだ。


 勇者めんどくせえ。がおれの口癖だった。

 誰かが倒してくれねーかな。も。


 新聞を片手に小躍りして帰ってきてもおかしくなかったはず。


 でも、おれの心境は複雑で。


「おれは…おれは、女神の神託で勇者になったんだ…」


 神父のたわごとだと口では言っていたけれど。

 心のどこかでは“女神から選ばれた”という優越感があって。

 いずれはおれが魔王を倒すんだろーな。とか漠然と想像したりして。


 実力がともなっていないのを棚に上げていた。


「だけど結果はどうだよ…? おれは本物の勇者じゃなかったんだ…」

 

 その気になって、乗せられて。


 ベッドに腰かけていたダムルが盛大にため息をついた。


「はー、情けねえ」


「何が?」


 おれは目元を手の甲でがしがしとこすった。


 ダムルはおれのその手をやんわりとつかみ、側にあったタオルを差し出した。


「これで拭け」


「…ありがと」


 おれは素直にタオルを受け取ると、涙と鼻水をごしごし拭く。


「俺はな、実は密かにおまえに期待していた」


「へ?」


 顔を拭く手が止まる。


「初めて会ったとき…俺は一目見ておまえが“勇者”だとわかったよ」


 突然のダムルの告白に、おれはタオルから眼だけを出して彼を見つめた。


「おまえになら、俺はよかったんだ」


 ダムルは立ち上がり、おれの顔半分を隠しているタオルをはぎとる。


 じっと見つめられ。


 なんだかどきどきしてきたような…


 いや、これはまずいだろ!

 雰囲気に流されちゃいかん!


「ダムル…あの…」


 ぎゅっと抱きしめられた。


 黄ばんだローブのしたに隠されたダムルの腕が意外とたくましいことをおれは知っている。


「離せっ…」


「そんなに邪険にするなよ。傷つくだろ」


 おれが身をよじって離れようともがいても、びくともしない。


「勝手に傷ついてろ! エロ親父!」


 金さえあれば、一緒の部屋で寝たりなんかしない。


 野宿のとき、おれが暗闇や魔物さえ怖くなければくっついて寝たりなんかしない。


 おれがこのおっさんを好きだとかでは断じて、ない。


 全部、不可抗力なんだ。


「ていうか、“俺はよかったんだ”って、どういう意味だよ?」


 ダムルがにやにや笑った。


「言葉が足りなかったか? 俺は、おまえになら、倒されてもよかったんだよ」


 ………?


 …倒されてもよかった?


 おれが、ダムルを…倒す?


「意味がわからない」


 おれは、唸った。


「なんでおれがおまえを倒さなくちゃならないんだよ」


「おまえが勇者だからだ」


 ダムルにそう言われたときのおれの顔は、多分いままでで一番間抜けに見えただろう。


「はあ?」


「まだわからないのか? その頭の中に詰まってるのは綿かなにかか?」


 頭のてっぺんをこんこんと叩かれ、おれは頬を膨らませた。


「勇者が倒す相手といえば、魔王と相場が決まっている。俺は魔王だ」


 さらりと普通に言われ。


 おれも聞き流しかけたけれど。


「!!!!!」


 とりあえず、驚愕の表情を浮かべてかたまってみた。


 思考がついていかない。


 いま、ダムルはなんて言った?


 勇者とか魔王とか言ってたよな。


 勇者はおれ。


 魔王は………ダムル?


「ヘンナ冗談イワナイデクダサイヨーだむるサン」


 顔をひきつらせ、おれは無理矢理笑おうとした。


「魔王ハ勇者ニ倒サレタジャナイデスカーイヤダナー、人ヲカラカッテ」


「魔王ダムルンド。きいたことないのか? 勇者のくせに」


 おれを抱きしめたまま、ダムルがあきれたような声を出す。


 聞いたこと…ある。


 そういえば、神父が言ってた気がする。


「でも倒されたじゃん」


「影武者がな」


 おれは口をぱくぱくさせた。


 あいた口がふさがらないとは、このことを言うのだろう。


 信じられるわけがない。


 仲間が、魔王だなんて。


「おまえ、色々と警戒心なさすぎ」


 ダムルがおれの額に口づける。


 あわあわと慌てるおれ。顔真っ赤。


「1年近く旅をしてきて一度も魔物と遭遇したこともないとか、普通は変に思うレベル」


「う…」


「まさか本当に俺に全幅の信頼を寄せてたわけ? こんなうさんくさいおっさんを」


 自分で認めた。うさんくさいとかおっさんとか。


 ああ、いまはそんなこと考えてる場合じゃなくて。


 どうしよう…全然ダメだ。頭が働かない。


 脳みそが理解するのを拒否してる。


「女神はどうしてまた、俺を大賢者だと騙ったのかね? …過ぎた話だが」


 ぎゅうぎゅう腕に力をこめられ、苦しいはずなのだが、かたまったままの体は言うことをきかず、抵抗もしない。


「裏切られた、のか?」


「何をもって、裏切りとする?」


 わからない。


 危害を加えられたわけではない。


 むしろ、大事にされている。


 いまだって、おれを見つめるダムルの瞳からは慈愛が溢れている。


「女神の神託は、本物だよ。俺はおまえになら、倒されてもいい」


 そんな眼で、おれを見ないでくれ。


 “愛している”と語る瞳で、そんな残酷な選択を迫らないでくれ。


 選べるわけ、ないだろう。


 倒せるわけ、ないじゃないか。


「おまえが魔王って証拠、あるのかよ?」


 最後の悪あがき。


 ダムルはおれの体を少し離すと、無言で自分の服を捲し上げた。


 胸にひろがる、禍々しい紋章。

 漆黒で描かれたそれは、魔王の証。


 ああ………


「魔王…なんだな」


「どうする? いまから俺を倒して、勇者の名乗りをあげる?」


 俺の死体を持っていったら、間違いなく信じてもらえるよ。


 気味が悪いくらい清々しい笑顔でダムルが言った。


「…馬鹿野郎」


 おれはダムルの襟元を両手でつかんだ。


「倒せるわけ、ないだろーが!」


 ダムルはおれにとってかけがえのない仲間だ。


 村の友人たちは、おれが勇者だと神託をうけた途端、近寄らなくなった。


 おれを別世界の人間だとでも思ったのだろうか。


 それが、かなしくて。


 ダムルはおれが勇者となって初めて親しくなった人間。


 情だって、移っちゃうよ。


「それでこそ、俺のナオだ」


 再びぎゅうと抱きしめられ、ダムルの広い胸に顔を押しつけられる格好となり、息が苦しい。


「俺は世界を恐怖に陥れるとか、人間を皆殺しとかするつもりはなかった。影武者である側近が俺になりすましてしようとしていたみたいだが」


 髪を撫でられ、ついうっとりとしてしまう。


「勇者はいずれ必ず俺を見つけ、戦いを挑んでくるとわかっていたから、それなりの覚悟はしていた。だが…」


 顎を指でつままれ、上をむかされる。


 あっと気づいたときには、ダムルの唇がおれのそれに重なっていて。


 ひんやりとした感触。


 魔王の唇って、冷たいのな。


「まさか女だったとは、な」


 ダムルに下唇をちゅうと吸われる。


「や、やめ…」


「死ぬまで愛してやろう。魔王と契ればその命は不死に近くなる」


 ち、ちょっと待って。


 まじでありえないんですけど。



いい加減、おっさん出すのやめたほうがいいですね…しつこい。

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― 新着の感想 ―
[一言] おっさん。大好物です
[良い点] どうしてこうなった [一言] おじさん好きな私にビンゴなお話でした 続きがあるならぜひ読みたいです
[一言] なんというか、おっさんの色気(?)むんむんですね。続きが気になります。
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