こたえ
宮殿の上空でランファは扇を広げた。建国の王が残した琴の軽やかな音に乗って、空に足を踏み出す。こうして踊るなど、いつぶりのことだろう。きっと、王になってからはきちんと舞うことなどなかったはずだ。人より修練に長じていた妹に負けぬように、一番心血を注いだ舞。好きだった舞を踊れなくなったあの日ほど妹を羨んだ日はなかった。それは二人を決定的に分けてしまったけれど、これは天の定めたことだったのだろうか。判然としない思いを抱えたまま、ランファは王宮の周りをぐるりと回り、朱雀の力を解放した。
「この都にあるすべての穢れを、心のくもりを、体を蝕む毒を焼き、その温もりを持って人々を守りたまえ、朱雀の火よ」
ランファを中心に、この国を示す明るい焔が広がる。それは花が咲き広がるように、何を傷つけることなく、いつくしむように都の外へと広がっていく。それを確かめながら、ランファは再び舞う。
そして、王宮の屋根の上で琴を弾く朱明と顔を見合わせる。
「朱明、私ね、この美しい都に気に入らなかったものがたった一つあったの」
「奇遇だの。余もそうだ。いつ消してやろうかと思っていたのだが」
二人は頷きあい、ランファはぱちん、と扇を閉じ、都の外の方を指し示す。
「人を守れない時点で、城壁はもう役立たず。心を隔てる壁なんていらないわ。――焼けよ、城壁!」
都を囲っていた城壁が瞬く間に炎に包まれる。ランファがくるくると回るのに合わせて、火は強くなり、都を覆っていた、集落と都を隔てていた壁は跡かたもなく焼き払われてしまった。
「ここから見える人はすべて赤の国の民――王たる私が守るべき、安寧を供すべき人々」
朱明が満足気に微笑むのが見える。もう少し踊ろう。届けられなかったあの子の分も、人々にこの思いが届くように。もう失わずに済むように。
南王が舞う間、十重二十重にも温かな火の輪が広がって町を包んだ。それを見ながら、シンは下に降りた。しゃがみ込み、掌を地に伏せる。この広がりにのせれば、火の届くところに、治癒の力を届けられるはずだ。
「少し土地の力を借りるぞ、朱明」
体に青い光を纏い、シンは呟く。朱雀の浄化の火にのせ、シンは青龍の力を委ねた。
この世のものとは思えない美しい琴の音に、空を舞い踊る朱の踊り子。踊りはもしかしたら、ジェンさんの方が上手かったかもしれない。ずっと見ていたから、その違いを確かに感じる。でも、舞と共に届いた温かな火とそこに載せられた想いは、ジェンさんのものよりもしっかりと届いた。優しくて、温かくて――そして、切ない願いがのせられた舞だった。ずっと見ていたから、それが何なのか気付いた。これは都の人々に向けられた、ジェンさん宛ての舞。それは懺悔にも似て、覚悟を示した舞。気付けば、声を上げて泣いていた。
「シャオ、見て」
ファンに声をかけられて、涙を拭って顔を上げる。都の内外を隔てていたあの壁が、炎に包まれていた。炎が消えると、あの壁はすっかりなくなっていた。集落が見える。煙が見えていたけれど、集落はちゃんと、あの場所にあった。
「これで壁の中も外もあるまい。とはいえ、すぐにすべてが変わるわけではないが」
一度下に降りていたファンの師匠だという人がそれを眺めて言い、ファンも続ける。
「でも、遮るものがなくなれば、王様の目は届くよ。きっと大丈夫」
二人の言葉に、何度も頷いて返し、シャオはしっかりと涙を拭った。
「うん。王様が答えをくれたから、私たちは大丈夫。ううん、これからが大変だよね。頑張らないと」
頷きが返り、シャオは微笑む。南王様の舞と琴の音はしばらく、東の空から日が見えるまで続いていた。