再会
酒場は大通りに面しているが、都を囲う城壁にもほど近い。飛びだした先は無差別な騒乱で溢れていて、剣戟の音が建物の間をこだましていた。ファンはすぐに上を見あげ、町の上空へと火の粉を落とす鴆の獣人を捉えた。まっすぐにそちらへ飛びあがる。飛び方など知らないが、ただそちらへと向かう意思だけは確かに持って、強く地面を蹴った。
踊り子は火を払い落し、煤のついた顔でこちらを見た。髪も息も乱れ、睨む目だけが鋭く、こちらに輝いた。羽根の色と同じように妖しく、だが、怒りに満ちた目だ。
「その輝く羽根も、何でも掴む腕も、曲がらない意志も何もかもが厭わしかった……」
上空で対峙した踊り子は目こそこちらを向いていたが、彼女が見ているのは自分ではなかった。この朱雀の羽根を通して、別のものを見ている。
「その手が掴むものは、すべて私が得ようとしていたものなのに。いつも横から攫い、得るのはあっち」
ファンは眉を寄せて、怪訝に踊り子を見る。ぶつぶつと呟きながら、彼女は一度羽ばたき、焼けて減った毒羽根を元通りに揃えた。
「あんたさえいなければ、私はもっと愛された。半分ずつ与えられるものまであんたが全部持っていった。あんたがいなければ、いなくなれば、いなくなれば……」
踊り子の羽音に交じって、呪いの言葉がこちらに届く。
「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ」
伏せられた視線が、再びこちらに戻る。押し寄せる怨嗟に、背筋が強張る。
「死ね」
毒羽根が矢のようにこちらにいくつも向かってくる。ファンは振り払うように、火の残る腕で必死にそれを払う。羽根は羽毛を通らず、落ちる途中で燃えつきた。踊り子に視線を戻し、凍りついた。宙を舞う、無数の毒羽根。それは雨のように、広く下で暴れ、惑う人々に無差別に降り注ぐ。
「やめろ!」
ファンは火を体の周りに広げる。演舞のように空を踏み回り、ファンは届く範囲の毒羽根を焼くが、舞に関しては毒羽根の主の方がうわてだ。下を見れば惨憺たる場景。足元で広がる叫喚に、ファンは宙で立ち尽くす。
「やめろよ!」
その叫びと同時、空を切る音とともに閃光が尾を引いて、踊り子の片方の翼を貫いた。射ぬかれた傷からは紅炎があがり、踊り子の体が傾ぐ。突き刺さる矢羽が炎と同じく赤く輝き、踊り子は射られた遥か後方を憎悪のこもった目で睨んだ。王宮のある方角。
「南王様?」
その人はまるで火の玉のように明るく鮮やかに、そして、まっすぐこちらへくる。とたんに、ファンの体の周りの火は小さくなり、花火のように瞬いた。体の内の朱雀の力が不安定に揺れる。
(落ちる!)
体の火は翼や朱雀たるそれらを伴って消えた。ファンは足場を失って、ばたばたともがきながら下に落下する。幸い、翼のあるうちに少し降りていたおかげで、落ちたところはそれほど高い場所ではない。家の屋根の上を転がって、瓦の上で踏ん張って止まる。顔を上げると、そこには弓を手に矢を携える、南王その人の姿があった。
「ファン君、ここは任せて、その子のところへ行ってあげなさい」
武具を纏い、朱雀の力を具現させた南王は、勇ましく鮮麗に鴆の昇化に対峙している。毅然とした表情に、どこか悲しげな色を混ぜて、南王は踊り子に語りかける。
「やっぱり、あなただったのね、グィファ」
「その名前で呼ぶな!」
踊り子は叫び、無造作に翼に刺さる弓を抜いた。ファンは上空の二人を見あげ、見比べる。よく似た顔の二人だ。やはり、踊り子は王が言っていた彼女の妹なのだろう。
「早く行きなさい」
南王の言葉に、ファンは屋根から飛び降り、再び酒場の中へと駆けこんだ。