再び、町へ
屋根から屋根へ渡り、シンは都を囲う城壁を踏み越えた。辺りは相手を構わず、誰彼なく都の人々が争っていた。獣のような吼え声を上げ、口から血の泡を出しながらも、さらに戦い続ける。濃い血の臭いが鼻をついた。
集落の前で狂い暴れる町人を一手に止める者を見て、シンはその人だかりの中に飛び込んだ。黒い羽根こそ見て驚いたが、寄って見れば王の近衛の獣人だった。
「王の御客人か!」
尋ねる声に応えて、シンは腕を龍化こそすれ、傷つけぬように町人を数人気絶させる。その横で近衛の者も目の前の者を黒い鱗のある脚で蹴り飛ばす。
「守るのと倒すのを両方やれとは、王も酷なことをおっしゃるものだ!」
そう言って、近衛はこちらに近づくと後ろの方を指して言う。
「集落の者が一人、毒にやられている」
「ここの者は治したはずだが」
「町人を止めるために、自ら再び被ったのだ。貴公を待っている、行ってやってほしい」
シンは頷き、再び戻る、と告げて、踵を返した。奥へと走っていくと、地面に寝かされる者とそれを介抱する者を見つけた。少女の父親だ。
「ダーシュさんか!」
傍に駆け寄ると、紫斑は既に全身にわたっていた。すぐに龍化した腕をかざし、体を回復させる。
「どうしてまた、こんなことを。毒の威力はご存知のはずだ」
「私は知っていても、武器をとった者達の多くは知らなかったはずでしょう。それにここを守らねば、ここの者は帰る場所を失い、都の人々に何の弁明も償いもないまま、国を彷徨います。――きっと戻って来られると信じておりました」
幾分かよくなった顔色に、笑みを混ぜてダーシュは言う。シンは言葉に出来ず、ただ息をつき応えた。
「この治癒はあなたの体の力を使う、今はゆっくり休まれるように」
小さく礼を言い、ダーシュが頷いた。シンは続けて問う。
「ご息女は帰られただろうか。弟子が、ファンが一緒にいるそうなんだが、心当たりがないだろうか」
「……あの子が行くとしたら分祀か、あの踊り子がいるという酒場だと思うのですが、詳しい場所までは」
ダーシュがゆるゆると首を振った。やはり、町の中をしらみつぶしに探さねばならないのか。窮奇は都の地下に潜んでいるのだろう。空にあった邪気は今、町の狂気に混じってわかりにくくなってしまった。
「ならば、私は戻ろう。この騒ぎだ、探さねば」
シンは立ち上がり、都の方を向く。ダーシュは体力がつきかけているのだろう、閉じかけた目で、頼みます、と呟いた。そのまま意識が閉じたのか、静かになった。介抱していた者にその場を任せ、シンは近衛のところへ戻る。
「やはり、貴公はただ人じゃあないようだ」
空中から数人を押さえ倒して、近衛が近くに着地する。応えるように、確かに、と頷いて見せ、シンは言う。
「弟子を探さねばならん、魔の者が狙っている。ここを任せていいか」
「大いに任せられよ、東の守よ! これでも、王の近衛を任せられた者。これしきできねばお傍になど帰れん!」
ならば、とシンは手足を龍化させ、ぐっと地を踏みこむ。強く蹴って、渦巻いた風で人だかりを巻き込み押し返すと、そのまま都の方へと駆けこんだ。