選択
傍らで、シャオが体をぎゅっと縮こまらせて震え始めた。額には玉の汗が浮いている。
「寒い、寒いよ……」
「シャオ、しっかり!」
シャオの体を抱きかかえて、声をかける。見覚えのない腕輪をしている。あの色のものではないが、おそらく踊り子が与えたのだ。ファンはそれを外し、床へと投げる。からからと音をたて、腕は舞台の上を転がって、客席の方へと落ちていった。
「そんなに揺すって。毒のまわりが早くなるわよ。どう? 大人しく従えば、その子の毒を抜いてあげるわ」
踊り子がその口元に嘲笑を浮かべて、こちらを見下ろす。
「シャオは関係ない、毒を抜いてくれよ!」
「あら、関係ないなら放っておけばいいじゃないの。……違うでしょう? 私は抜いてあげようって言ってるのよ、あとはあなたが条件を飲むかどうか」
ぎり、とファンは歯噛みする。
「そっちについていったとして、おれなんかがそっちの役に立つとは思えないけど。お前らの言うことなんか絶対聞かないし、まず魔獣の手先になんかなりたくない」
「生意気な子。あなたが役に立とうと立たなかろうと関係ないわ。私は“太極の少年”に“同行することを承諾させる”ように言われてるの」
「どこへ連れてく気なんだよ」
踊り子はふわり、と飛び上がり、舞台から客席のほうへと降りて、椅子に座る。
「さあね。もたもたしてると、本当に死んじゃうわよ。それとも、死んでしまった方が、かえってあなたは動けるのかしら。いつだって力のない者は足手まといだものね」
その言葉に、体を丸めるシャオが僅かに身じろぎする。
「ファン……もう、いいよ。もう、私、生きてく意味がわからないの……だから、せめて邪魔にならないように」
「弱気になったら駄目だよ、絶対に助ける!」
踊り子はため息をついて、羽根のついた扇で自身をあおぐ。
「助ける、でも、こちらの要求はのまない。何もかも得ようとする、得られると思っているなんて傲慢じゃない? それとも、神獣に選ばれた人間はそういうものなのかしらね」
その言葉に、ファンはじっと踊り子を見据え、言う。
「少しでもいい方法があるなら、傲慢だとしたってそっちを選ぶ。何者に選ばれていてもいなくても、この意思はおれのものだから」
ファンは踊り子の方から顔をそむけ、シャオの方を見やった。焦燥に胸を焼きながら、シャオの額の汗をぬぐおうと懐に手をやって、気がついた。
朱雀羽根。包みを取り出して、開くと朱の羽根が傍らの篝火より明るく赤く輝いた。
「これは……」
邪を焼き払う神鳥の羽根は、鴆の毒気を含んだ空気から澱みを払って、掌の中で微かに温かくなる。毒消しの羽根だ。ファンは羽根を握り、シャオファの方を見やる。これを使えば助かるかもしれない。
羽根を手にするファンを見て、舞台の下で踊り子が立ちあがり、気色ばんだ声をあげた。
「朱雀羽根! なんでそんなものを……寄こしなさい!」
ばさり、と羽音を立てて、踊り子が舞台へと躍り上がる。毒羽根が辺りに散り、羽ばたきに舞いあげられる。踊り子の白い手がこちらにのびてきて、ファンは朱雀羽根をもった手を振り上げた。毒を焼き切る羽根。昨日の夜、謁見の間での朱明がふと頭によぎった。毒を焼き切る羽根、毒の染みた石を毒もろとも焼き切った浄化の炎を。シャオ自身を焼かないと言えるだろうか――
振り上げた手をぎゅっと握り固めて、ファンは踊り子を睨み据える。そして、ファンはその羽根の根元を、向かってくる踊り子に向かって振り下ろした。
「何を――」
問いの続きは悲鳴となってかき消えた。踊り子に触れた羽根の根元から鮮紅色の炎が広がり、それは瞬く間に踊り子を包みこんで燃え上がった。握っていた羽根から出た火はファンの体にも移り、掌から全身へ走る。
「忌々しい!」
踊り子は火を振り落とそうと羽根と手足をばたつかせていたが、消えないことがわかると酒場の扉から、外へ向かって飛び出していった。
ファンについた火は消えなかったが、ファンは羽根を離さず、立ち上がった。体の外に走る火に応えるように、同じ色の気が起き上がって内側を巡る。それを促すように青い風も応えて吹く。
火は体を覆う朱の羽毛になり、焔の煌めきは尾羽の彩る五色に変わる。脚は赤銅色の蹴爪をもって、火の輝きを照り返している。ファンは揺れる扉を見て、またシャオを見やる。
「シャオ、絶対に戻ってくるから」
汗を滲ませた顔でシャオが僅かに微笑み、頷いた。
「頑張って」
二人の声が重なって、ファンは踊り子を追って外に飛び出した。