暗渠へ
ファンは衛士の横を通り抜けて、集落に向かって町へ飛び出した。戻らない娘とはきっとシャオの事だ。きっとこの騒ぎに巻き込まれたに違いない。風水が切れても戻らないということは、その上に何かあったのだ。あの羽根を身に着けていた踊り子がこの騒ぎに何らかの関係を持っているとしたら、今シャオはきっと良くないことに巻き込まれている、そんな気がしてやまなかった。シャオはあの踊り子に心酔していたから。何度も、あの踊り子を見に行ったなら、向こうがシャオに気付いていた可能性がある。どう転んでも、シャオは傷つくだろう。何と声をかけるかはわからないけれど、早く見つけてあげないといけない。
龍化できればもっと早く走れるとは思うが、気持ちばかりが急いて、足がそれに追いついていない。それでも、精一杯足を急がせた。師匠にはきっと後で叱られるだろう。部屋を出る時に、師匠が止めるのはちゃんと聞こえていた。でも、止まるわけにはいかなかった。あの状況を見ていれば、シャオを探すための手をさく余裕がないのはわかる。きっと騒ぎが収まってくるまで他の人は動けないだろう。自分がいかないと。それに、もし逃げているのなら、居る場所はなんとなくわかる。だから、どうしても自分がいかなければいけないような、そんな気がしたのだ。
町は混乱していた。荷物を持って右往左往している人や、武器をとって集落の方へ向かう人、集落の方から逃げて来る人。それぞれの方向へ向かう人々はあちこちでぶつかり、転び、怒声が飛び、悲鳴が上がり、大通りはとても通れるような状況じゃなかった。集落の方の空が火で赤く照らされている。ファンは足を止め、辺りを見回した。小路の方なら通れるかもしれない。
踵を返し、暗い小路に向かって駆けだした。走り抜けられない大路よりもこちらの方がきっと早いだろう。暗い小路を、時々飛び出してくる人を避けながら進む。
「急がないと……!」
いくつか角を曲がって、あの麒麟印が見えようかというとき、急に足元がぬかるんだ。水たまりを踏んだように、飛沫が跳ねる。ファンは驚いて、足元を見る。――ただの水じゃない。一切の光を返さぬ、滔々と暗い黒い澱み。突っ込んでしまった左足から、沼にはまったときのようにずぶずぶと体がその中に呑みこまれていく。ファンは前のめりになって、それから這い出そうともがいた。
「誰か!」
叫んだが、小路の間を響いただけでファンの声は大路の雑踏に掻き消されてしまった。そうこうしている間に、黒い水たまりは波打ちながら腹の下から胸の方へと次第に広がって、とうとうファンが手をついていたところまで黒い沼になる。ファンは這い出ようとかけた力の勢いで、その中へ呑みこまれていった。
その遥か上で、翼のある黒豹が羽音もなく羽ばたいた。黒豹――窮奇は一部始終を眺めて満足気に微笑んだ。そして、王宮の入り口から出て来る龍の男を見つけて、よりその笑みを深めたのだった。