鷺を鴉
「息女のことも伝えるよう頼んでおいた。――さて、これらか私の言うことは、黙って聞いていて欲しい。問われてもこちらに合わせるように。たとえ事実と違っても」
ルーユウは腕の朱布を外し、内側に刺繍された南王印を見えるように、身につける。帯びていた剣を鞘ごと外して持つと、町人と集落の者の間、町人に対するように立ち、刀を杖のように中央に据える。
「武器を下ろせ! 眼前の、王の御印が見えぬか!」
辺りに響き渡る声で、ルーユウは吠えた。あまりの音量に、ひるんだ町人は石を投げたりしていた手を止め、ルーユウに視線を映す。
「何故に、この集落の者に、そのように乱暴をはたらくのか! 否、答えなど知っている。死に至る病を都に流行らせたのが、彼らだと言うのだろう」
頷く顔がいくつか見え、ルーユウは続ける。
「誰か、その真偽を確かめた者がいるのか!」
怒号の飛んでいた辺りが、瞬間的に静まる。追って微かにざわめきが聞こえて、声が二つ三つ返る。
「この集落の人間が病をうつしたのを見た者がいるぞ!」
そうだそうだ、とそれを押す声が聞こえる。ルーユウは頷き、再び問う。
「ならば、誰かこの病の原因を知っていた者はいるか?」
またも辺りは水を打ったように静かになり、今度は返る声がなかった。
「聞け! 今回の奇病にいち早く気付き、その原因を突き止めたのがこの集落の者だ。しかし、広くそれを知らせれば混乱になると危ぶんだ陛下が、ここの者たちに病の原因を集めるように言ったのだ。ここの者は都を救うために、危険を顧みず毒を集めていたのだぞ」
町人の中にどよめきが広がり、それぞれが向かい合わせる顔が増えた。
「それでもまだここの集落を襲おうというのなら、いいだろう。善なる民を護るため、私が相手になる。前へ進み出るがいい」
武器を下ろす者が出始めたのを見て、ルーユウは続けた。
「詳しい話は追って王府から通達が出よう。この場は下がり、都の中に戻れ。風水が切れているのだ、獣が出ぬとも限らんぞ」
慌てた様子の町人が城壁の方へとそれぞれ足を向ける。帰っていく町人達をみて、集落の男たちがルーユウのもとへと駆け寄る。
「ありがとうございます、しかし、あのようなことで、町人は信じるでしょうか」
不安げな男たちに、さらり、とルーユウは返す。
「あのような嘘、今夜持てばいいくらいだろう。しかし、今はこの場が収まればいいのだ。正気でない者に、真実を言っても伝わらぬ。何、陛下の御名を出したことならば、私が償えばいい。責務を為すための罰なら、いくらでも受けよう。――貴公らと同じだ」
ありがとうございます、と男たちは頭を下げる。ルーユウは剣を再び腰に挿すと、息をついた。今夜はここに留まっているべきか。戻ってくる者がいても厄介だ。燃え残った木箱に腰を下ろし、陛下がいるであろう王宮の方を見やった。彼らが言う者とはおそらく、あの東都からの客人だろう。何の気負いもなく、朱雀の間に入っていった人間だ、正体はおおよそわかっている。
ふと、夜空が揺れた気がして、ルーユウは目を凝らした。こちらを見返す獣の目。それはすぐに闇に溶け、壁の向こうへ戻ったはずの町人たちの中から、狂気に満ちた声があがる。それは空気を震わし、ルーユウの背筋を強張らせるような暗い気を含んでいた。
「まさか、魔の者……」
今度は町の中から、剣戟が聞こえてきた。その狂気はもはや相手を選んでいないのだ。空へ飛べば、その正体もわかるだろう。しかし、足が、翼が、押しつけられたように動かないのだった。そして、それが恐怖によるものだとわかったとき、ルーユウは頭を振って、呟いた。
「このような時にこそ、私は動かねばならぬのに。陛下――」