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四神獣記  作者: かふぇいん
赤の国の章
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夜鴉

 王の命を受け、ルーユウはその黒い翼を広げて、火の手の上がる集落の方へと向かった。本来ならば、このような時は王の傍を離れてはいけない。近衛とはそういうものだ。だが、その王が護衛を断って、こちらへ送ったのだ。民を護れと、自分に命じた。

 それでもやはり、不安な気持ちになるのは、王が魔の者の話をしたからだろうか。いや、違う。自分より民を、という王だからこそ不安なのだ。民がいてこその王だと、王は日ごろ繰り返していたが、王はただ一人しかいないのだ。どんな命にも代わりは無いが、王と言う存在の代わりはそれこそ数十年に一度出るかどうかなのだ。王の代わりはいない。頭が取れれば体も死ぬように、王がいなくなれば国は間もなく倒れる。日ごろの言い分からすれば、何かあればあのお方は出てきてしまうだろう。だから、心配なのだ。大事があっては困る。やはり、意見してでも残るべきだったのか。

 とはいえ、王の意を伝えよ、と陛下は言った。まずはそれを伝えねばならない。今、自分に任された仕事はそれだ。しかし、伝えたところで、あの集落の者はそれを必要としているのだろうか。王への不満を抱えていてもおかしくはない。王の言葉を受ける者がいるのだろうか。当たり前のように庇護(ひご)を受けてきた我々には、それを推し量ることはできない。

 夜と同じ色の翼をはばたかせ、風水の無くなった城壁を飛び越える。壁に殺到する人々。すでに一部が壁を乗り越え、集落に松明を持って押し寄せていた。集落は火の海だった。夜ではさすがに遠くまでは見通せないが、都を離れていく明かりがいくつか見える。集落の者達だろうか。しかし、逃げているならば、集落に集まる人だかりに説明がつかない。ルーユウは一度それを飛び越してから、都の人々に向かう形で集落の中に降り立った。

「誰だ! 都の人間か?」

 誰何(すいか)の声が聞こえて、ルーユウは獣化を解く。身なりを見るに、集落の者のようだった。ルーユウは答える。腕に巻いた朱の布を示してそれに答える。

「南王の近衛を務める者だ。こちらの状況を確かめに来た」

「王府の……?」

 見ると、集落の男たちが都の人々と睨みあいを続けていた。手に柄杓(ひしゃく)を持ち、大きな壺を盾に、武器を持つ町人と対面している。あの壺の中身が、王が言っていた病の元凶たる毒なのだろう。応対した男が、睨みあいの場に向かって、誰かを呼ぶ。そして、しばらくしてその男に助けられながら、一人の男がこちらにやってきた。

「王府からの使者がきたと聞いたのだが」

(からす)の昇化で、ルーユウと言う。この場の状況を確かめ、集落の者に王意を伝えるように、言い付かってきた。何故、お前たちは逃げなかったのだ?」

 男は失礼、といって、その場に崩れるように座り込む。そして、憔悴しきった表情で、こちらを見あげて言った。

「我々を護ってくれると、死ぬなと言った者がいたからだ。彼らがそう言ってくれるのなら、この火が収まるまでここに留まり、この毒と向き合う義務がある。だから、すべてに見捨てられた我々を護ると言ってくれたその者が、ここに再び現れるのを待っている」

「その者が現れなければどうする。毒を広げたのは事実、町人の怒りは当然だろう」

 ルーユウは問い返す。しかし、その男は僅かに笑みを浮かべて、それに応えた。

「現れなければ、やはり我々は見捨てられた民だったいうことだ。これで死に、この場を追われようとも、それが我々に対する罰だ。それには死で償うか、生きて償うかの違いしかない。我々は元より死で償うつもりだったのだ、何も変わらない」

 しかし、と男は言葉を止める。そして、一つ息をついて、答える。

「しかし、我々に生きろと言ってくれる者がいるならば。我々にも人と同じ価値を認めてくれる者がいるならば、我々は生きてこの罪に立ち向かわなければならない。そして、この地の民として、精一杯に生きなければならない。我らを護ると言ってくれた者を信じ、それに報いなければいけない」

 男はそこまで行って咳きこんだ。飛んできた火矢が傍らの家を燃やし、男の姿を照らし出す。ルーユウはそれを見て、息を飲んだ。

「その腕……! 毒か!」

「せっかく東国の御仁が治してくれたのだが、町人を止めるにはこうするのが一番だったのだ。何より、先ほどの誓いに対して私には覚悟が必要だった。私の生死如何が、我々の求めてきた問いと答えそのものになる」

 額の汗が頬を伝い、(あご)から地面へ滴り落ちる。ルーユウはそれをじっと見つめ、王の言葉を頭の中で反芻する。そして、理解した。この現状を知れば、王は間違いなく、この場に出ようとするだろう。しかし、王は王宮を離れてはならない。だが、彼らに自分の言葉を伝えなければならない。だから、自分にそれを任せてくださったのだ。自らの代わりにと、自分をここに送ったのだ。他でもなく、自分に。男は言う。

「――現状と、我々の思いはこの通りだ。南王陛下はなんとおっしゃっていたのだろうか。お聞かせ願いたい」

「陛下はただ一言、彼らは私の民だ、とおっしゃられた。この度の争いに内外の区別なく、すべて南王府の民として護るよう私は命じられた」

 男はそれを聞いて、はっと顔を上げるとすぐに俯いた。

「ならば、我々は民として、人として、彼らと同じように生きてもよいのだろうか」

 男は再び繰り返し、しばらくして、良かった、と一言、落涙した。

 ルーユウは心を決めた。そして、喉を押さえ、鴉の声で空に向かって鳴く。同じような声が遠くから返るのを聞いて、ルーユウは頷いた。

「お前たち――いや、失礼した。貴公らの言葉は私から確かに王に届けよう。そして、私は南王府の獣人として、貴公らを護ろう。少し待ってくれ」

「ありがとうございます。……あの、都の中に、娘が一人でいるのをみませんでしたか。赤い服を着ていたのですが」

 首を振ると、男は頭を垂れた。

「私の娘が朝から戻らぬのです、この集落の娘ですからもしや、と」

 しばらくする鸚鵡(おうむ)の獣人である文官が、都の中の方から飛んできて降り立った。そして、王に言伝を頼み、それが返るのを再び待った。

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