火、熾きる
東の空が紺色に変わりつつあるのを見て、シャオは今までにないくらい足を急がせた。もう少しで集落へ続く壁の切れ目だと言うところで、日没と閉門を告げる鐘の音が鳴り始める。これが鳴り終えれば、風水は完全にかかり、壁に隙間があろうとも、見えない壁が外と内とを隔ててしまう。
前に帰るのが遅くなった時は中に閉じ込められてしまって、壁に寄り添って朝が来るのをじっと待った。夜露が降るのがわかって、震えながら早く陽が昇らないかと膝を抱えていたのだった。あの不安な夜はもう二度と過ごしたくない。
それに今は、一晩過ごすほどの時間もないのだ。朝になれば、自分の家だけじゃない、集落全体があの羽根を使って、染付を始めるだろう。お金よりも命が大事。ジェンさんだって、きっとそう思ったから私に伝えてくれたのだ。生きていくのにはお金がいるけど、あの集落のみんながまずあの場所で生きているのが大事。今までも、みんなで肩を寄せ合って生きてこれたのだから、また前の生活に戻るだけ。きっとみんなもわかってくれる。鐘の音が終わろうとしている、切れ目はもうすぐ、あと少し。
わき目も振らずに走ったから、横から人が出て来るのに気付かなかった。
「おい、ちょっと待て!」
誰かにぶつかってしまったらしい。すぐに謝って、シャオファは壁の切れ目に向かってまた駆けだす。が、すぐに相手に腕を取られて、引きとめられてしまった。
「すいません! でも、急いでいるんです、私帰らないと――」
掴まれた右手を振り払おうとしたとき、相手の顔色が変わるのがわかった。恐怖の形相。腕を見てようやく、シャオはそのわけを知った。掴んだ相手の腕に、徐々に広がる紫斑。掴んだ男は悲鳴を上げながら、シャオファの腕を振り払う。
「こいつ! この娘だ、俺にうつしやがった!」
辺りに人が集まって、人だかりの円の中にシャオファは閉じ込められてしまった。最後の鐘の音が、人々のどよめきの中に呑まれて消えていく。シャオファは自分の手を見て、そんなはずはない、と首を振った。私は羽根には触れてない。それに、人にうつすほどなら、私が倒れていないとおかしい。
「違う……!」
この娘まさか、と誰ともなくシャオの素姓に気付いて、それを口にする。違う、そうじゃない、違わないだろうけれど、違う。
「外の奴らだ、奴らがこの病を広げてるんだ!」
鐘の余韻が消え、怒号が飛び始める。
「違う、違うの、私たちは――」
シャオファの声をかき消して、誰かの声が辺りに響いた。
「風水を解かせろ! 武器を持って壁の外へ!」
私の声はやはり届かない。涙が落ちた音が、自分にさえ聞こえなかったのだから。