毒は踊る(2)
結局、伝えられなかった。でも、仕方のないことかもしれない。私は酒場にすら入っていけないから、声の届くような近くには寄られない。シャオファはためいきをついて、踵を返した。陽がそろそろ暮れかけている。早く戻らないと、町の風水が掛ってしまったら、外に出られなくなってしまう。裏道を駆けていけば、まだ日暮れまで多少の余裕はある。
「待って」
つやのある声に呼びとめられて、シャオファは小道で後ろへ振り向いた。そして、目をみはった。あの踊り子その人が、こちらへ手を伸ばして声をかけている。その手の飾り環がしゃらしゃらと涼しい音を立てている。
「お嬢ちゃん、あの集落の子よね」
とっさに首を振ってしまって、しまった、と思う。何か言おうと思うほど、言葉に詰まってしまう。
「いいのよ、隠さなくても。頼みたいことがあるのよ、聞いてちょうだい」
おいで、と言われると、自然と足が出ていた。近くまで寄ると、何か香のような不思議な香りがした。
「急いで集落の人に伝えてほしいの」
ジェンさんはその表情を曇らせた。
「はい! なんですか?」
「今すぐに、あの羽根を手放して頂戴」
「え、なんて……?」
聞きとれてはいたけれど、信じられなくて、呟くように問い返す。ジェンさんは悲しそうな顔をして、続けた。
「知らなかったの、毒があるなんて。そうでなければ……私、ひどいことを」
瞳を潤ませて、ジェンさんがこちらの肩に手を添えた。毒。そういえば、父さんはあの染めを始めてから病気に――。
「お願いよ、すぐに伝えて。お願い……」
紅のさされたその白い頬に涙が伝う。
「は、はい! 伝えます、私。今すぐに!」
そういうと、ジェンさんは指で涙を拭うと、ようやく安堵したように微笑んだ。
「ありがとう。――そうだわ、あなたにお守りを。私の思いが込めてあるの」
彼女は腕輪の中からひとつ、シャオファの右手に付けると、お願いね、と繰り返した。
「急ぎます、きっと伝えますから! ……だから」
彼女はこちらをじっと見る。
「踊り、やめないでください」
彼女は微笑む。
「――もし私の願いがかなったら、もう一度逢いましょう」
シャオファはしっかりと頷いて、急いで駆けだした。今度こそ急がないと、町の外に出られないだけじゃない、ジェンさんの思いを無にしてしまう。
日暮れ間近になると、赤い日に照らされて建物の影はぐっと伸びる。少女の姿を見送って、ジェンはふう、と息を突く。
「さあ、あなたの言うことはすべてやったわ」
よろしい、と声が影の中から、姿なく響く。そして、小道に陽が入らなくなると、その声は告げる。
「さあ、仕上げです。期待していますよ、ジェン」