毒は踊る(1)
シャオファは辺りを見回しながら、分祀を出た。昨日の子たちに会わないかどうか不安だった。ひとりでいるのを見つけられたら、また何かにつけて意地悪をされるだろう。ファンに会えればよかったのに。ファンがまた明日、と言って安心してしまったから、どこで会うか約束してなかった。ここにいれば会えるかと思っていたけれど、列に並んで見立てが終わっても、その姿はどこにも見当たらなかった。彼も素養が決まっていないと言ったけれど、もしかすると彼はそこまで焦っていないのかもしれない。彼はもう力を持っていたから。
力を貸してもらえるなんて知らなかった。素養が定まる前に旅をすることも、連れ出してくれる師がいることも、ああやって自分の意志をはっきり言えることも、全部がうらやましい。今の自分が言ったって、誰も耳を貸さない。聞いてくれたって馬鹿にされるだけだと思う。シャオファは朝から一つも減っていない花飾りを見て、ため息をついた。
もし、もう素養が定まっていたら? もし壁の内側で生まれていたら? 考えるだけ無駄だとはわかっている。現実は何も変わらないから。でも、そのままを受け入れられるだけの、力が自分にはない。こんな現実、見ているだけでも辛いのに、夢を見る間も与えられない。
(そうだ、ジェンさんのところ……)
彼女の踊りを見に行こう。彼女の踊りは綺麗だ。でも、それだけじゃない。何か、彼女が持っている意志を感じる。この国の火のように激しい感情を。どうしたらあれだけの強さを持っていられるのだろう。そして、どうしたら見捨てられかけた私たちを助けようとする優しさをも持っていられるのだろう。
花籠を持ち直し、シャオファは酒場のある通りの方へと足を向けた。もう何度も通っているから、陽の高さを見れば彼女の踊る時間がわかる。
「……なあ、聞いたか。あの踊り子、何でももうすぐやめるそうだぞ」
道行く人の声が耳に入って、シャオファは驚いてそちらを振り返った。その会話は気付かず道を歩いていってしまうから、追いかけるようにそっとその後についていく。
「ああ、聞いた。何でも別の夢が叶うからだそうだ、いい人でもいたのか」
「さぁなぁ。しっかし、いるとしたらうらやましいよ、あんな美人。王様は手が出せないけど、踊り子ならあるいは、ってな」
「ははは、おい、罰あたりだぞ。そんなこと言う前に鏡見て来いってんだ――」
会話がただの笑い声になるまで聞いて、シャオファは急いで駆けだした。
そんな、まさか。彼女の踊りが見られなくなったら、自分はもう何を支えにしたらいいのだろう。私の声なんかはきっと届かないけれど、届いたところで何も変えられやしないけれど、伝えたい。いや、もう他に声が届いていなくたって、ジェンさんにだけでも、伝えないと。やめないで、と、ただそれだけ。
酒場に着くと、彼女がよく踊る曲が最後の一節が流れていた。少しでも見えれば、と体を滑り込ませて、窓の枠にしがみ付く。
白い肌にあの羽根を身につけて、彼女は舞う。最後の節はより優美に、大きく、艶やかに四肢を躍らせて、腕輪と足輪を鈴のように鳴らす。演奏が止まった後に残る飾りの音が心地よい余韻を残すのだ。シャオファはため息をついた。これがもう見られなくなってしまうなんて。踊りが終わって彼女が舞台から降りると、窓から見ていた客も散り始める。シャオファはそれでも彼女から目が離せなかった。どこへ行ったら、彼女に伝えられるだろう。じりじりとした焦りを感じながら、シャオファはまだ窓にしがみついていた。
ふと、彼女が舞台袖からこちらを見る。遠いけれども、確かにこちらと目があっている。――綺麗なひと。思わずこちらの顔が火照ってしまう。目があっている、と思うと心臓がどきどきして堪らなかった。彼女はやはりこちらをみて、微笑を投げかける。心臓がひと際、どきり、と鳴った。その後すぐに彼女は向こうを向いてしまったけれども、それでもまだどきどきが収まらなかった。