あけの音
明け鳥の声で目を覚ましたファンは、寝台の上でゆっくりと伸びをした。シンはまだ眠っている。外も薄暗く、東の空だけがうっすらと赤みを帯びているようだ。夜の間に冷えた空気が心地よかった。充分に眠れたようだ。
シンを起こさないように静かに寝台をおりて、さらにしっかりと体を伸ばす。息を整えながら、自分の内側へ意識を巡らせた。木々を揺らす風のような青の力も、体に熱を与える赤い力も、眠ったように静かだ。起きる気配もない。もう一度深く息を吸って、来た時のように力を揺り起そうとしたが、何も変わる様子はなかった。元より、手掛かりのないものだから、起こすにも何かきっかけ必要なのかもしれない。ファンは姿見の前まで行って、朱の紐で髪を結った。
玻璃の張られた窓を開けて外の空気をいれると、寝汗をかいていた肌がひやりと風に撫でられた。鳥の声が少し近くなる。すると、それに交じって微かに、楽の音が聞こえてきた。外からのようだったが、町ほどには遠くない。竪琴のような、弾み流れる音だ。王宮で誰かが弾いているのだろう。今までにファンが聞いたことのないような澄んだ音色だった。
「綺麗な音だ……」
ほう、と息をつくと、後ろで身じろぐ音がした。
「ん、何だ……もう起きてたのか、ファン」
シンが寝台の上で上体を起こし、こちらへと視線を向ける。返事をして、ファンは寝台の方へと戻る。
「外から、何か綺麗な音が」
尋ねると、シンも外の音に意識を向ける。そして、しばらくしてシンは微笑して応えた。
「朱明だろう。あれはこの国の初代が持っていた竪琴の音だ」
「初代の……一万年も前の、ですか?」
「ああ、神器として太祖が残したんだ。相変わらず、良い音だな」
「はい、なんかこう、心が洗われるみたいな」
相槌を打って、シンが立ちあがる。額に眉まで覆うように孔雀藍の布を締めて、荷物を改めながら言う。
「昨日言っていた壁の外の集落にどのくらい病人がいたかわかるか?」
「正確な数はわからないですけど、見ただけでも三十人はいました。家の中で寝ている人もいると思います」
「そうか。なら、早めに出よう。朝の内ならそう人目にもつかないだろうし、羽根のことが外に漏れたら面倒だ」
外から聞こえていた琴の音が止むと、続いて開門を告げる鐘の音が響き渡った。朝焼けの空が薄紅に広がって、鳥の声と琴の音だけだった町に、人の動く音が徐々に混じっていく。
「朝餉を終えたら出発するぞ。支度を済ませておいてくれ」
ファンは頷き、まとめておいた荷を解いた。朱雀羽を忘れないようにしなければ。