神域(3)
「それではまるで暇乞いではないか、青龍」
静寂からしばらく、羽根の焔を褪せさせて、朱雀は言った。同じように顔を暗くした南王は先ほどと同じ問いを繰り返す。
「それを、本当にあの子が、東王陛下が承知したの?」
同じ問いなのに、今度は何故か答えかねた。東王宮を出る時の彼女の悲しげな笑みは、なぜか太祖のそれとよく似ていて、殊更に応えた。シンはただ、ああ、と頷いてだけみせた。
「なら、私にはそれを止めることはできないわね。貴方と、東王陛下が覚悟の上なら、私はそれが好い方へと向かうように祈るだけ。東王陛下には、何かあればこちらを頼るように、貴方から伝えて頂戴」
ため息交じりに、南王はそう言った。句芒、と朱雀が呼びかける。神獣としてより、友としての声音に近かった。
「御柱へ向かうがよかろ。天はすべてを正しく治める、きっと道を示してくれよう」
「……そうしよう。すまないな、朱明」
朱雀は首を振る。
「よい。なにより今は陽山の気が揺らいでおる、西へ行くに陽山越えの道は使えぬ」
「そうか。なら、ファンのこともある。一度、御柱に向かおう」
二者の頷きを受けて、シンは立ち上がった。
「助言、感謝する。遅くまで済まなかった」
「構わぬ、ぬしと余の仲だ、国にも関われば当然のことよ」
朱雀の応えに、シンは笑む。
「話せて良かった。朱明、南王、貴方らの益々の息災を願う。――では、失礼する」
踵を返し、シンは廊下へと続く扉を叩いた。外に誰もいないのを確かめ、扉を押し開く。
「では、また明朝に」
神獣と王に静かに頭を下げ、シンは扉を閉めた。明かりも既に落とされた廊下を、部屋に向かって歩く。そういえば、都に着いたら連絡すると王と約束したのだったか。この件が終わったらまた繋ごう。御柱に向かうことになったと、伝えておかねば。
「青龍の癒の力は、心には届かぬものなのか」
閉まった扉を見つめて、朱雀は呟いた。
「余とてあの戦の後、大いに悔いた。だが、長き時を経てそれも癒える。だのに、句芒はまだ、否、今になって更に病んでいるように見える」
「朱明、貴方は東王の顔を見た事がある?」
ランファは傍らの神獣に問いかけた。あれは自分の中にある火王の記憶が勝手に脳裏に煌めくほどの驚きだった。首を横に振った朱雀に、ランファは答える。
「今の東王は東の太祖、木王に生き写しなのよ。きっとそれが余計に、彼の中の戦いを呼び起こしている」
そうか、と小さく応え、朱雀は深くうなだれた。
「ここしばらく色々なところで気の歪みが起こるの。西の凶荒、陽山の火……」
朱雀はゆるゆるとかぶりを振る。
「天が全てを知っておられるなら、何故にこのようなことが続くのだ」
ランファはその鳥の朱の羽毛をそっと撫で、静かに応えた。
「それこそ、天のみぞ知ること。私たちはやれることをしましょう、そして、それがいつも最善であるように」