神域(2)
「青龍、それが何を意味するか、よもや解らぬわけではあるまい」
朱雀が語気を強めて、言う。朱雀の感情の上下に傍らの聖火もゆらゆらと揺れる。
「ちょっと待って頂戴。まず、力を失ったってどういうこと? 青龍の力は確かに、あなたから感じ取れるわ」
「ああ、力は“ここ”にある。だが、神獣というものは天から巡る力を、与えられた地に配し、土地の気を治めるのが役目。だが近頃、天から俺に力が回っても、俺から土地にうまく力が回らなくなった。ほんの僅かずつだが確かに、土地が弱りつつある」
「ならば今、東の地はどうなっておるのだ? ぬしが土地を離れれば、余計に力は回るまいよ」
朱雀の問いに、シンは懐から一枚の鏡を取りだした。裏に瑠璃の玉のはめ込まれた細工物で、二枚一対の宝物だ。
「俺がいることで土地の力を奪ってしまうなら、そこから離れてしまえば東王宮の聖樹の、その根を通して土地には力が巡る。今は聖樹に掛けられた鏡から、この鏡を通してそれを看て、抜かりのないように回している。土地の護りは、王と臣下の蛟に委ねてきた」
ふむ、と朱雀が相槌を打つ。南王は難しげな顔をして、口を開いた。
「何か、原因に心当たりは?」
「わからん。だが、何かあるとしたら、俺にあるんだろう。神獣の力は四方均等でなければならないから、土地を弱めながらも尚、俺に力が回るということは俺そのものが弱りつつあるのだと思う。土地の力をその埋め合わせにしている」
「傷、ではなかろ。回復の力を持つぬしがそれまでに弱るとしたら何か他のことであろうの」
「ああ。――ところで、南王。貴方には“太祖の記憶”があるか」
「もちろん。この国の始祖、火王の記憶は代々の王に受け継がれるもの、私にも神魔大戦の戦いの記憶がある」
「……今の東王陛下には、それがない」
シンの言葉に、二人の顔が驚きを示した。始まりの王たちの記憶は、繁栄への願いと自戒の意をもって、代々の王に継がれゆくものだ。
「ならば、東王は」
朱雀の言葉を制し、シンは首を振った。
「いや、陛下が王であるのは間違いない。東の、俺の王は間違いなく陛下だ。だが、太祖の記憶を持たずに在位した例は今までにない。もし、それが何らかの意を示すというのなら、あの戦いとこの現状はおそらく関係していると思う」
それぞれがそれぞれ、一万年前のあの戦乱を思い出す。勝ちはしたが、どの国も深く傷を負った。
「俺はあのとき、王を守れなかった。それが今度は国を危ぶめている。ならば、俺がとれることは一つ」
過去の記憶から顔をあげて、シンは再び繰り返した。
「俺がこのままいれば、土地は死に絶え、王を失い、守るもののない獣が残るだけだ。そうなる前に俺は天に力を返し、新たな青龍を据えるように天に奏上する。もとより、天に任ぜられねば、土地に住むただの獣だ、難もあるまい」
言いきると、その場を再び沈黙が覆った。聖火の燃える音が微かに楽の音のように聞こえるばかりだ。