壁
「南王様は、壁の向こうの集落を知っていらっしゃいますか?」
そう尋ねると南王はその表情を曇らせた。そして、頷く。
「知っているわ。私もこの町の生まれだから」
「この色の装飾品は今、あの集落で作られていました。この羽根のことを教えてくれた友達は、そこの子です。あの場所は町よりも大勢の人が病んでいます」
ファンは集落の光景を思い出す。寝込んでいてもおかしくないような状態で、なおも毒羽根に手を染めて働く人々。
「そこの人々はそれが毒だと知っているのか」
シンの問いに、頷いて答える。
「今は。でも、少なくとも最初は知らなかったはずです。その子のお父さんから聞きました。お金が入るようになった半面、自分たちの中から病が広がり始めて、ようやく気付いたと」
ファンは南王を見つめて座り直し、頭を下げた。あの父親がやったのと同じように。
「頼まれました。原因が羽根であることは黙っていて欲しい、と。羽根はすぐにでも手放すそうです。毒を広げた罪は死を以て償う、ただ、毒に関わらなかった者、子供たちだけでもこのまま都で暮らしていけるようにして欲しい、それが彼らの願いです」
でも、とファンは下げた頭を更に下げて、額づく。
「おれは彼らも死なせたくありません。どうすれば皆が救えるのか、俺にはわからないんです。魔獣が関わっているのなら、尚更俺一人ではどうにもできないでしょう。……言われたように働きます。だから、あなた方の力を貸してください」
床の敷布を額で感じながら、ファンは請い願う。
「頭をあげなさい」
南王の声に、ファンは顔をあげた。
「出来る限り力を尽くしましょう。ただ、どこまでやれるかはわからないわ。壁の向こうはただでさえ危うい立場にある。少しでもその話が漏れれば、暴動になるでしょうね」
「もともと両者とも不満を抱えておったのだが、きっかけがなかっただけだしの」
朱明が窓の方へ歩いて行って、外を見やる。あの集落の方向か、城は高いからよく見えるのだろう。
「ついこの間出来たように思っておったが、随分経つのか。我らは時間に疎くて困る」
「嘆いてる暇はないわ。とりあえず、やらなきゃいけないことを考えましょう。まずは、あの集落にある羽根と飾りは全部焼いてしまわないと。広がってしまった物は、後々口実をつけて集めていけばいいわね。とはいえ、私たちは王宮を離れられないから……」
南王が朱明に目配せし、朱明はそれに頷く。
「少年、その羽根を借りよう」
朱明がファンの髪に挿してあった羽根を取り、何ごとか呟くとそれをまたこちらへ寄こした。
「毒羽根を集めたら、そこに投げればよい。毒を焼き切る」
ファンは羽根を預かり、再び髪に挿した。その様子を見て、シンが申し出る。
「ならば、病んだ民については俺が預かろう。ファン、案内してくれ」
「はい!」
ファンは王と二柱の神獣に向き直り、また頭を下げた。
「ありがとうございます! 俺、頑張ります」
顔をあげると三者の笑みが返る。
「よし、そうと決まれば、あとは明日を持つのみよの」
「夕餉も用意してあるわ。ゆっくり休んでちょうだいね」
「はい!」
夕餉、の言葉にさっきと同じような返事をしてしまって、くす、と南王が笑う。それを皮切りに他の二人も笑い、結局はファンも含めて、皆で声をあげて笑ったのだった。