鴆の羽根
「町で、俺と同じくらいの女の子に会いました。道に詳しいというので、案内してもらったんです。この装飾品の色は黒羽根色と言います。ふた月ほど前に来た、ある踊り子が身に着けて舞って、流行しているそうです。」
「ふた月前……は時期があうわね。踊り子?」
南王の問いにファンは答える。
「ジェン、という踊り子だそうです。そして、その踊り子が持ってきた羽根を染料に、この装飾品が作られていました。その紙の中に」
朱明が油紙の中身を改めて、なるほど、と呟いた。そして、それをシンに渡す。
「覚えがあるか、句芒」
「ああ。……随分昔のことだが」
朱明はまた羽根を受け取って、こちらを見て言った。
「少年、これは鴆という鳥の羽根だ。羽根の根元に毒があってな、これ一枚でも相当人を殺せるものぞ」
でも、と南王が言葉を継ぐ。
「この鳥はもう存在しないの。神話の時代に絶滅しているから」
ファンが判じかねていると、シンがそれに応えるように言う。
「幻獣、妖獣に属するものは、自然にはもう存在しないだろう。だが、地上から滅びた種でも、獣人としては存在しうる」
「獣としての容を失っても、地の力にはちゃんと存在しておるからの」
「じゃあ、その鴆って鳥の獣人がいるってことですか?」
ファンはなるほど、と思って尋ねたが、朱明と南王が顔を見合わせ、答える。
「でも、今はいないはずなのよ。昇化ならここに来るはずだし」
「化生の者が生まれれば御柱から触れが出るが、余はここ数百年聞いておらぬ」
今度はシンとファンが顔を見合わせる番だった。はじめの町で出会ったあの二人組を思い出す。素養とは違うものをその身に棲ます者。シンが頷く。
「獣堕の行動にしたら周到だ。……ここにも来てるぞ、朱明」
「窮奇か」
深くため息をついて、朱明はその場に座る。
「あやつが鴆の昇化のまがいものを作ったか。――あやつは嫌いだ。余と似ておる」
「何にせよ、その“もどき”を捕まえなきゃね。ファン君、町を見てきて、何か心当たりはある? そうね、その踊り子についての話とか」
ファンは頷く。すこし言いだしづらく思うが、話しておかなければ。
「友達に連れられて、その踊り子を見ました。遠めでしたけど……南王様に似ていたように思います」
そう言うと、南王ははっと顔色を変え、口元に指をさして問う。
「ここにほくろがあったりしなかった?」
「ごめんなさい、そこまでは」
今改めて見ると、南王には左に泣きぼくろがある。細かいところまでは見ていなかったが、見れば見るほど、やはり似ていたように思う。ファンの答えを聞いて、南王はその整った眉を曇らせた。
「嫌な予感がするわね」
「知り合いか」
シンが問う。
「たぶんね。よく似た妹がいるのよ。しかも、私を嫌ってる」
南王はため息をつき、疲れたように玉座に座りこんだ。
「杞憂であればいいんだけれど。魔の者と一緒にいれば厄介だわ」
全員が黙りこんで、夜風が明かりを揺らす。しばしの沈黙を破り、シンが口を切る。
「ともあれ、窮奇のことだ。策を練っているのなら、こちらの動きも見ているはずだ。対して、こちらは向こうが動くまではろくな手は打てない」
「ならば、急務はばらまかれた毒をどうするか、だの」
朱明は散らばる黒羽根色をいくつか拾い上げると掌で包んで、赤い火で焼いた。毒の染みた部分だけが焼け、他は焦げ一つなく残った。それを見て南王は焼け残ったものを手にとって言う。
「見つけ次第焼けばいいのでしょうけど、出所が知れないうちはいたちごっこになるわね。とりあえず、都すべてに通達を……」
「待ってください!」
南王の言葉を制止して、ファンは息を整えた。三人からの視線が注ぐ。
「南王様、朱雀様、そして、師匠。その装飾品の出所を知っています。――でも、それに関して、お願いがあるんです。聞いてもらえますか?」
頷きが返ってきたのを確認して、ファンは口を開いた。