南の禍霊(1)
日に何度かある舞台を終えた踊り子が、店の奥の小部屋へ戻って、椅子にどさりと腰を下ろした。舞のための扇を煙管に持ち変えて、その先にそっと火をつける。酒場の店主がその日の給金を持ってこちらにやってきたが、踊り子は不機嫌そうに煙を吐き出して、すぐにそれを追い返した。扉の閉まる勢いで、部屋の明かりがゆらりと揺れる。同じく揺らいだ影の中から人の姿が浮かびあがると、踊り子は再びため息交じりに煙を吐いた。
「機嫌が悪そうですね、ジェン」
暗がりの中、その人影が優しい声音で言う。影が踊り子の方に近づくと、薄明かりにその姿が照らされた。すらっとした痩身の若い男の姿だ。薄明かりにもその端整な顔立ちが映える。
「私はいつまで踊っていればいいのかしら。もうふた月。病も思ったほど広がらないじゃない」
「もうそろそろですよ」
「もうそろそろ、がひと月続いてるじゃない。あなたの言うその時は一体いつなの?」
煙草盆に高く音を立てて煙管を打って、踊り子は言った。転がった灰からあっという間に火が引いていく。男は優しげに微笑み、繰り返した。
「だから、ようやく今その時が来たんですよ。僕の望んだものがやっと」
「本当に?」
踊り子は立ち上がり、男の瞳をじっと見つめる。毒々しいほどに赤い紅が、嬉しそうに艶めく。
「本当ですよ。僕の踊り子」
男はそう言って、踊り子に唇を重ねた。踊り子は慌ててその身を離し、頬を赤らめながら、倒れるように椅子に座る。
「いつか死んだって知らないから!」
甲高い声で、踊り子はそう言うとまた不機嫌そうな顔で煙管に煙草をつめた。
「生娘でもないでしょうに。可愛い人だ」
男は悪びれもせず、そう言って笑う。
「あなたの舞も近く最後になるでしょうね。その時は一層美しく舞ってください」
「ちゃんと言われた通りにやるわ、あなたのおかげでここまでこれたんですもの」
踊り子の顔の先で、落日のような火が灯る。よろしい、と男は微笑み、また元の影の中にゆらりと溶けた。煙管と、自らの望みに夢中になっている踊り子に、見えないように口元を拭いながら。
「窮奇様……」
踊り子は唇に触れて、切なそうに紫煙を燻らせた。そして、数服して、また盆の上に灰を叩きだして立ちあがった。その唇は、その時にはもう別の者への呪詛を呟いていた。