表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神獣記  作者: かふぇいん
赤の国の章
70/199

南の禍霊(1)

 日に何度かある舞台を終えた踊り子が、店の奥の小部屋へ戻って、椅子にどさりと腰を下ろした。舞のための扇を煙管(きせる)に持ち変えて、その先にそっと火をつける。酒場の店主がその日の給金を持ってこちらにやってきたが、踊り子は不機嫌そうに煙を吐き出して、すぐにそれを追い返した。扉の閉まる勢いで、部屋の明かりがゆらりと揺れる。同じく揺らいだ影の中から人の姿が浮かびあがると、踊り子は再びため息交じりに煙を吐いた。

「機嫌が悪そうですね、ジェン」

 暗がりの中、その人影が優しい声音で言う。影が踊り子の方に近づくと、薄明かりにその姿が照らされた。すらっとした痩身の若い男の姿だ。薄明かりにもその端整(たんせい)な顔立ちが映える。

「私はいつまで踊っていればいいのかしら。もうふた月。病も思ったほど広がらないじゃない」

「もうそろそろですよ」

「もうそろそろ、がひと月続いてるじゃない。あなたの言うその時は一体いつなの?」

 煙草盆(たばこぼん)に高く音を立てて煙管を打って、踊り子は言った。転がった灰からあっという間に火が引いていく。男は優しげに微笑み、繰り返した。

「だから、ようやく今その時が来たんですよ。僕の望んだものがやっと」

「本当に?」

 踊り子は立ち上がり、男の瞳をじっと見つめる。毒々しいほどに赤い紅が、嬉しそうに(つや)めく。

「本当ですよ。僕の踊り子」

 男はそう言って、踊り子に唇を重ねた。踊り子は慌ててその身を離し、頬を赤らめながら、倒れるように椅子に座る。

「いつか死んだって知らないから!」

 甲高い声で、踊り子はそう言うとまた不機嫌そうな顔で煙管に煙草をつめた。

生娘(きむすめ)でもないでしょうに。可愛い人だ」

 男は悪びれもせず、そう言って笑う。

「あなたの舞も近く最後になるでしょうね。その時は一層美しく舞ってください」

「ちゃんと言われた通りにやるわ、あなたのおかげでここまでこれたんですもの」

 踊り子の顔の先で、落日のような火が灯る。よろしい、と男は微笑み、また元の影の中にゆらりと溶けた。煙管と、自らの望みに夢中になっている踊り子に、見えないように口元を拭いながら。

窮奇(きゅうき)様……」

 踊り子は唇に触れて、切なそうに紫煙を燻らせた。そして、数服して、また盆の上に灰を叩きだして立ちあがった。その唇は、その時にはもう別の者への呪詛(じゅそ)を呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ