わかる
シャオはもう、走って逃げたりはしなかった。ただ、残った路地を案内する間、しばらくずっと口を開かなかった。全部回った、と言うまで、シャオは気まずそうに俯いていた。町が橙に染まる頃に、シャオはようやく言葉を発した。
「この町には、よそから来る人に秘密にしていることがあるの。ううん、別に秘密なんかじゃないけど、誰も言わない」
シャオが町の外側に向かって歩き出し、ファンもそれに続く。
「この町の賑わいを求めて、あちこちから人が集まってできた場所があるんだ。町を覆う城壁の外に、しがみついているような小さな集落。私の家もそこにある」
シャオがふいに足を止め、旗袍の裾をぎゅっと握りしめる。
「壁の外だって、私はこの町で生まれたから。ここより辛いところがあるって言われたら、貧しいところがあるって言われたら、そうなんだって納得してきたよ。でも! 本当にそうなのかな、この町しか知らない私は、この町がすべて」
その頬を涙がつたって落ちる。わかるよ、と言いかけて、ファンはそれを飲みこんだ。こういうことは解ってほしいと思う反面、容易に解ってもらいたくないから。そこまで解るから、なおのこと言えなかった。
「……あのさ、この力、俺のじゃないんだ」
シャオが振り返る。結った髪がりんと揺れる。ファンは続けた。
「師匠に貸し与えてもらったものなんだよ。俺のものって言えるものはすごく少ないし、足りないものはいっぱいある。けど、俺はもらったものだっていっぱいあるのを知ってるよ」
この命ですら、拾い上げてもらったものだから。上も下も見ればきりがないし、自分が不幸だというのは楽だ。不幸の数を数えれば際限なく出てくる。けれども、幸運の数だって決して少なくないことも、今だからわかる。
「俺は、やらなきゃいけないことがいっぱいあるよ。やりたいことも。シャオは?」
ファンはシャオをじっと見る。涙の跡が夕日に照らされて、光っている。
「うん。……そうだね」
シャオがぐいと涙を拭う。そして、花籠を持ち直し、また歩き出した。
「私の家を紹介するね、ファン。ついてきて」
町を覆う壁には開けられたような穴があって、その向こうにも町が続いていた。だが、きちんと建てられた家は少なく、幌をつないだようなものもいくつかあった。城の周りの家から見れば、随分な違いだ。
「ここが壁の外。みんな、宝飾品を作る下請けで生活してるの。売れるならなんでも作ってきたけど、今はみんなが一つのものを作ってるんだ」
「それって……」
「うん。あの色の宝飾品は、みんなここで作ってる。今、この集落は、あの宝飾品のおかげで、ようやくちゃんとお金が入るようになったんだ」
壁の裂け目をくぐって、ファンは町の外に出た。目につくのは、落陽に照らされながらも、艶やかな緑色を返す、様々な宝飾品だ。そして、それ以上に目立つのは、紫色の斑紋を浮かべた、そこの住人達だった。