黒羽根の踊り子
シャオに連れられ、ファンは細い裏路地を歩いていた。思っていたよりも道は複雑に入り組んでいて、これはシャオがいなければおそらく迷っていただろう。案内のおかげもあって、町の七割はもう回ったらしい。
「黒緑色の装飾品?」
こちらの言葉を復唱して、シャオが振り向いた。
「うん、妙に流行ってるみたいだから。不思議な色だし、なんかきっかけとかあったのかなってさ」
細かい部分は隠しつつ、ファンはそう尋ねた。さすがに病の元になっているといえば、驚くだけでは済まないだろう。知れ渡れば、きっと病以上に町を混乱させる。
「あー、あれはね。ジェンさんって人がいるんだけど……知らないよね?」
ファンは頷く。
「ジェンさんは最近人気の踊り子なんだよ。もう、すっごく美人で! すっごく踊りが上手いの! ちょうど通り道だし、見に行こう!」
シャオは俄然はりきって、楽の音の聞こえる方へと走り出した。
「ち、ちょっと待って、シャオ! その人がさっきの話と何か……」
「見ればわかるから!」
ファンはシャオの後を追いかけ、道に置いてあった木箱を飛び越えた。住居と住居の間の細い道を抜けると、外にまで列の出来た酒場が目に入った。人だかりをくぐり、小さい窓から中を覗き込んだ。席はすべて埋まっていて、踊り子の人気ぶりを思わせる。店内の明かりは少ないが、奥の舞台はかがり火が近いのもあって、外から見ても充分に照らし出されていた。
「あ、来た!」
隣で窓の桟を掴んでいるシャオが、舞台袖を見て小さく歓声をあげる。それと同時に舞台脇に控えていた楽人が演奏を始める。軽快な調べだった。そして、舞台の上に、踊り子が進み出て、踊り始めた。豊かな黒髪に、黒い羽根を飾りにしたつやのある衣装。そして、身に付けた宝石も同じ色。ただ、肌の色だけが対をなしてより白く見えた。舞台を照らす火にその踊り子の装身具が、きらりと緑色の光を返している。妖艶な、という言葉がぴったりだった。
「綺麗でしょ。ジェンさんがあの色を着て踊ってから、もう大流行」
シャオが小声で言う。なるほど、と応えて、目を凝らした。美人だけれど、誰かに似ている。踊り子がくるりと回って、客席に向かって艶やかに笑むと、ようやくそれが誰だかわかった。曲が一層盛り上がると窓にも席の一部になったようで、後ろから押されて、二人は通りの方へ押し出された。
「ね、流行の理由わかったでしょ? 憧れちゃうよね、誰だって」
シャオファは興奮冷さめやらぬ、といった様子で言う。
「うん。そういえば、あの人、王様に似てるね」
「王様……って、王様? ジェンさんが?」
「うん、南王様に似てるなって思って」
ファンがそう言うと、意外そうな声をあげてシャオはもう見えない踊り子のほうを見やった。
「そうなんだー。私、遠くからしか王様見たことないから、わからなかったよ。ファンは会ったことがあるの?」
「うん、まぁ……」
言わないほうがよかったかもしれないと、ファンははぐらかして答えた。けれどもいろいろ聞かれるかと思ったのに反して、シャオはただ感心したように酒場のほうを見ていた。