赤の踊り子
「もう、話の途中でどこかへ行かないでちょうだい、二人とも」
南王が部屋に入ってきて、子を叱る母親のような口調でそう言った。そして、シンに紙を二枚渡して、説明する。
「こっちは患者のいる家の場所を描いたもの。面倒だから地図にしてもらったわ。あと、こっちは身分証明だと思って」
三つ折りの紙に、赤い朱雀の印が捺してある。
「南王の印。各家にこれを見せれば間違いなく通してくれるはずよ」
「確かに。では、すぐにでも行こう」
シンはこちらを見て、行くぞ、と目配せしてみせた。ファンもそれについて、簡単な荷物だけ持って、入口へ向かう。
「あ、ちょっと待って」
南王に呼び止められ、ファンは立ち止まって振り返る。
「なんですか?」
「これを」
南王はファンの荷物にあった朱雀の羽根を取りあげると、ファンにじっとしているように言った。南王の手が首の後ろに周り、ファンはどきりとして、体を硬直させる。
「はい、できた。朱雀の加護があるでしょうから、身につけておくといいわ」
そう言って、南王は離れた。自分では見えないが髪の辺りに違和感がある。朱雀の羽根を結い紐の間に挿してくれたらしい。慣れなさそうに首を傾げるファンを見て、南王は微笑む。
「……大丈夫、女々しく見えたりはしないから。それを持っていれば、下手な扱いは受けたりしないでしょうし」
いってらっしゃい、と南王は手を振る。朱明も気をつけるのだぞ、と大きく手を振って見せる。ファンは二人に一礼すると、先に歩いているシンの方へと駆けだした。
二人を見送り、南王――ランファはふふ、と小さく笑った。
「ねぇ、朱明。さっきあの子に朱雀の力上げたでしょう。次の王?」
「ん? 違うぞ。王ではないのに神獣の力を使えるというのでの」
朱明はひらひらと手を振って見せて、玉座の方へと足を向ける。
「今、この中つ国すべて探しても、余の王はぬしだけぞ」
「あら、そうなの。また、ただの踊り子に戻るってのも面白いと思ったのだけど」
扇を広げ、一節舞うようにその場で回ると、ランファも朱明について戻る。その言動に朱明は渋い顔で呟く。
「ううむ。余が選ぶ王はいつもそうだ。王座に興味がない」
「あら、別に王様やるのは嫌いじゃないわ。ただ、私はいつも楽しいようにやりたいのよ」
そう言って、赤い衣でくるくると回って見せる。踊り子の時に人を楽しませたように、王の時も直接楽しませられずとも、「楽」は与えられるはず。それが自分の生き方であり、指針である。
先に歩いていた朱明が足を止め、小さな声で問う。
「悔いておるか」
少年の悲しげな声にランファは朱明の後ろへ回って、その小さな体をそっと抱き締める。今、自分の体の中に流れる赤の気がこの背を通し、伝わってくる。
「いいえ、まったく。――神獣の人達って不思議ね。一万年も生きているのに、中身は見たまま」
「どうせ余は子供だ」
拗ねたような口ぶりで、朱明は言う。
「でも、その格好の方が私は好きよ。赤の国代々の王は美しいものが好き。で、あなたは美しい。あなたと一緒にいられるなら、私はずっと王様でいるわ」
「そうか!」
嬉しそうな声を聞き、こちらの顔も緩む。ランファは身を放して、玉座へ進んだ。何百とこの国の王たちが座ってきた豪奢な作りの王座を撫で、そこに座る。
「さて。仕事をしなくちゃね。この国の人々すべてが笑顔になるように」
満足そうな顔で朱明が同意する。東国の彼らは、そろそろ一件目の家に着くころだろうか。ランファは人払いを解き、調査にやっていた家臣を呼んだ。