南の王、南の守護者(1)
「ようこそ、旅の者よ」
南王は明るい声でそう言うと、優雅に足を組み替えた。シンとファンは前へ進み出ると、その場で膝を折り、一礼する。顔を上げるように言われて、ファンは顔を上げた。女王は豊満な女性だった。人によって美しい人という評価は変わるだろう。だが、この人についていえば、誰からもその評価を得られるように思えた。朱を基調とした服は薄絹、装具の玉は煌びやかに、だが、嫌みなく王を彩っている。東王もそうであったから、王は国の色を纏うのが決まりなのかも知れない。南王ならば、赤。それがよく似合っていた。年はどうだろう、見た目だけならばシンよりやや上だろうか。
「朱雀門の衛士から報告があった。灼厄盤で大火を出した者がいると聞いたが、そなたのことか」
南王はシンの方を見つめて、不敵に笑む。シンも同じように笑んで返すと、堂々とした声でそれに応える。
「当方、青の国に仕える者、木行の気を持っていますから、火行の気を強めてしまったのかもしれませぬ」
「ほう」
南王は帯に差していた扇を広げて、自身を扇ぐ。
「ならば、そなたはもう獣人なのか。何のだ」
「国の始めより生きる、青き鱗の者にございます。赤き翼の王よ」
シンはニッと笑う。南王は扇いでいた扇を止め、口元を隠して、目線をこちらへ送る。黙って見合うこと数瞬。二人は笑いだした。
「あまりこれ以上からかわれても困ります」
シンは言った。ファンは何が何なのかよくわからないまま、その成り行きを見る。
「ふふっ、ごめんなさい。あの子が、来るわけないと言うものだから。でも、確かなようね」
南王はぱしん、と扇を閉じ、玉座の裏へと声をかけた。
「やっぱりあなたのお友達じゃない。出てきてちょうだい」
南王の声の後、玉座の後ろから少年が飛び出してきた。年の頃なら十かそこら。少年は赤い裳を身につけ、露わになっている上半身には右肩からたすきのように同じ色の布がかけてある。かなりの軽装だが、この国では丁度いいのだろうか。首と腕には、五色の玉の飾りを身につけている。南王の子供だろうか。少年はシンを見て、その顔を輝かせた。
「あいや、久しぶりだの、句芒!」
少年はシンに駆け寄ると嬉しそうにその肩を叩いた。シンを句芒、と呼んだその少年はまるで長きに渡る友であるように、シンに語りかける。
「まさか来るとは思わなんだぞ。来る前に連絡の一つでも寄こせばいいのに」
「朱明も元気そうで何より。ただの旅人として回っているから、あれこれと準備させるのも悪いと思ったんだ」
シンは立ちあがってそう答えると、こちらの方を示して、朱明と呼ばれた少年に紹介する。ファンも同じように立ち上がり、そちらへ一礼する。
「この年になって、弟子を取ることになった。バクという男を覚えているか?」
「神官長だったものか?」
「その者が今まで親となり育てた少年だ。この度預かることとなった。太極だ」
シンはそう言って、ファンと朱明を引き合わせる。朱明の目にまっすぐ見据えられて、僅かに怖じながらも、名を名乗る。
「初めまして、ファンと言います」
「なるほど、良い名だの。……ふむ、善い子であるようだ」
品定めをするような目で、朱明はこちらを見ながらそう言った。自分より幼い者に「よいこ」と言われるのは、なんだか奇妙な感じだ。あまりに視線が近いので、えぇと、とファンは僅かに後ろに身を逸らす。そうして、ようやくこちらの困惑が伝わったのだろう、朱明はぽん、と手を打った。
「おっと、そうであった。こちらも名乗らねばならぬの」
そして、王の傍らに下がり、にこりと笑った。そして、その瞬間、朱明の体を鮮紅色の焔が包みこんだ。
「句芒が人の姿で来たと聞いたのでの。だが、こちらのほうが解り易いか」
火焔が形となり、鈴のような音を立てて広げた翼からは、散った羽根が火となって宙に舞う。そこに現れたのは火から生まれたとされる神性の鳥。
「――余は朱雀。この中つ国において南方火行を預かり、南の地を守護する者ぞ」
一枚の大きな羽根がファンの手元に舞い落ちる。ファンがそれを手に取って見あげると、朱雀はあの少年の瞳でこちらを見つめていた。