謁見
「やはり慣れないな」
おれもです、とファンが相槌を打ち、髪を結び直している。結い紐は、帰ろうとした二人に店主がせめてこの国の色だけは、と付けてくれたもので、さすがにこれまでは断れずに、そのまま貰って来たのだ。金に近いファンの髪に朱の紐は鮮やかだ。
服を買った後一度宿に戻り、二人は今度こそ王宮に向かって歩き出した。改めて歩くと顔色の悪い者をところどころで見かける。年寄りや子供に流行るならわかるのだが、見る限りその者達に共通性は見当たらない。
「妙な空気だな」
シンは呟く。街を吹き抜ける風は初夏のもの、心地よいくらいだ。だが、その中に瘴気のような、微かな毒気が混じっている。
「悪い物でも出回ったんでしょうか」
「のようだな。だが、食べ物ならこうも広がる前に誰かが気付くと思うが……」
二人は奇異に思いながらも、通りを歩き抜けた。朱雀門からのびる大通りを行けばすぐに王宮へとたどり着く。王宮の門を見張る衛士に、シンは名を名乗る。
「昇化の為、王にお目通り願いたい。名はシンという。青の国より来る」
それにファンも続く。
「その弟子、ファン。同じく東より」
「朱雀様にもお伝え願えるか。東野の足のある蛇だと」
シンは続けてそう言った。衛士は少し待つように、と言って中へ入っていった。
王宮は都の中央に据えられている。嫌みのない絢爛な王宮は確かに美を司る国にふさわしい。衛士はすぐに戻ってきて、二人を王宮の奥まで案内してくれた。中の細工は更に細かく施され、建国の神話が謁見の間までの廊下に天井画として描かれていた。金で描かれた人物を先頭に、四方の色を纏った人物と神獣が魔を討つ場面だ。ファンがそれを見あげているのに気付いたのか、シンは小声で注意する。
「あまりきょろきょろするな。余所見していると躓くぞ」
ファンはっとして前に向き直す。目に入れないようにしても天井画はやはり気になる。あの青い服を着た人物は、シンだろうか。いや、神獣が描かれているならば、人物達は初代の王たちということになるだろう。一万年も前の王、神獣たちに選ばれた最初の人間。どんな人たちだったのだろう。
「ファン!」
また小さく注意されてファンは顔を上げた。目の前はすでに謁見の間だった。螺鈿の細工がついた引き手が引かれ、扉が開かれた。
まず目を引いたのが王自身。国号の色に身を包み、艶な様子で座るその女性こそが、赤の国を治める南王その人。紅の口元を鮮やかにたわめ、彼女は微笑んだ。